皇帝の怒り
金属片に気がついたのは、ケーキの中に押込みきれずに端が見えていたからだ。
実行犯の可能性は、厨房にいる人間、お茶を菓子を運んできた侍女等、かなりの人間がいる。だが、あまりにも幼稚な行いと思えた。
皇帝のしずかな怒りが伝わってくるほど怒っていた。
モードリンは自分で対応をしたいと思っていたが、皇帝の様子を見るととても言えそうになかった。
ましてや婚約を公表できない状態で、モードリンに捜査をする権限は何もなかった。
「陛下」
モードリンが声を掛けると、部下に指示をしていた皇帝が振り返る。
「軍事でお忙しいところに、このような事までご負担をさせ申し訳ありません。
どうか、お身体はいとわれますようにお願いいたします」
侵攻以来皇帝をはじめ、多くの人間が寝る間もないぐらい忙しいのは、知られている。
皇帝は、ケイトリアの娘に心配されて、嬉しい。
「私に娘がいたなら、君のようだったろう」
これで、モードリンはこの件では傍観者となることに徹底する。
今は何よりも、この国での地盤作りが重要だ。
皇妃が犯人ならば、皇帝自身が犯人探しに乗り出したのは、すぐに伝わるだろう。
当分は目立った行動は控えるに違いない。
皇帝は事件を内密にせず、関係したであろう人間を拘束し、大々的に捜査を指示をした。
それは、モードリンを排除するよう指示をした人間の逃げ道を塞ぐためでもある。
それに伴い、モードリンの存在が注目された。
戦争の対戦国の貴族令嬢。
戦争の引き金となった令嬢。
皇家の血を引く、美しい令嬢。
モードリンは、帝都の教会に通い始めた。
礼拝堂で祈る姿が話題になるのに、時間はかからなかった。
すぐに、デビアナが側に控えて一緒に祈るようになった。
『参戦している大切な人の無事を祈る』
その行いに追随する夫人、令嬢が増え始め、教会ではモードリンの後ろに控える女性でいっぱいになった。
それは、貴族も民も同じだった。
モードリンが華美を省いたドレスを着ているのも好まれ、戦時中は派手な茶会や夜会は控えるようになった。
それは、進行前と変わらず盛大な夜会を開いていた皇妃に反する事であった。
次第に皇妃の夜会から、人は減っていった。
「多くの国民が戦っているというのに、己の欲望を優先させて、派手な夜会をするとは嘆かわしい」
皇帝が、皇妃を呼びつけて予算の削減を言いつけたのだ。
そんなに遊ぶ金は必要なかろう、と。
それも大勢の家臣の前だった為に、皇妃は屈辱で返事もできずに頭を垂れていた。
部屋に戻った皇妃は、怒りを周りに当たり散らした。
ガシャーン!!
花瓶は倒れ、飾り皿は投げつけられた。
「いい子ちゃんぶったあの娘のせいよ!」
ハァハァと肩で息をしながら、皇妃は目をひからす。
「こんなことまで、あの女にそっくり」
許さない、許さない、許さない!
皇妃の息のかかった侍女や、侍従が、モードリンの食物に金属片を混入させた疑いで拘束されていた。
それらの苛立ちもあって、夜会で遊ぶのが派手になっていた。
皇妃である自分が、処罰されるはずがないと確信していたが、不安とモードリンに対する妬みは増えるばかりだった。
皇妃の様子を、遠巻きに見ているのは皇妃付きの侍女達だ。
その中に、皇帝の子飼いが紛れ込んでいた。




