皇妃の茶会
隣の席の令嬢が話しかけてきた。
「レプセント辺境侯爵とお聞きしましたが、イグデニエル王国の辺境侯爵家ですか?」
軍がイグデニエル王国に侵攻したのを知らないはずがないが、たとえ敵国であっても隠す必要はない、とモードリンは頷いた。
令嬢は嬉しそうに微笑み手を胸の前で組んだ。
「私はファンブラック伯爵家のデビアナと申します。
レプセント辺境侯爵家より皇家に献上された魔核で、弟の命が助かりました。
もう10年も前のことです。長く病に苦しんでいた弟は危篤状態におちいりましたが、魔核の服用で健康を取り戻すことができました。ありがとうございます」
モードリンの手を握らんばかりに、デビアナは喜色満面で礼を言う。
厳しい訓練をされたレプセント辺境侯爵領の騎士でさえも、危険が大きい魔獣狩りである。
瘴気が充満している魔獣生息地に侵入できるのはレプセント領騎士だけで、他の騎士や挑戦者が侵入できても魔獣と対戦できるほどの戦力を発揮できる体力は無くなっていた。
イグデニエル王家、ガイザーン皇家に献上、市場にも出しているが、数が少なく安定的に流通させることは出来ない。
「そう言ってくださると、騎士達が喜びます。魔獣生息地で戦うために、想像を絶する訓練をしているのです」
モードリンが微笑めば、美貌に磨きがかかる、まるで大輪の花が咲いたようだ。
間近で見たデビアナが頬を染める。
「モードリン様は、どうしてこのお茶会に?
対戦国の貴族令嬢がここにいるのは、よく思われない令嬢もいらっしゃると思います」
声を潜めてデビアナが言う。
「ましてや、皇太子殿下の婚約者候補ということで集められていますのよ?」
皇妃は、皇帝が認めた皇太子の婚約を認めないと表明したということね。
モードリンは、皇妃の行動に愚かな、と思う。たとえ、気に入らなくとも皇帝の決定は絶対だ。ましてや、他国から嫁いできた皇妃ならば後ろ盾は弱い。
女性貴族を牛耳っているつもりだろうが、国内貴族の繋がりは強い。
「私は、メルデルエ公爵の姪として滞在しております。
皇帝陛下と皇太子殿下に招かれて、皇宮に部屋をいただいてますの」
まだエルモンド王太子との婚約が継続されているかもしれないから、モードリンはアンセルム皇太子の婚約者と名乗ることは危険だと判断する。
国内最大貴族のメルデルエ公爵、皇帝、皇太子の名を出せば、デビアナは少し驚いたようだが、皇妃に気づかれないよう視線を移したが、すぐに視線を戻してモードリンに向き合う。
「そうでしたか。
どうか、不自由な時は私をお使いください」
モードリンもデビアナの賢さに目を見張って、笑みを浮かべる。
「こちらでは、知り合いは限られてますの。話し相手になってくださると嬉しいわ」
「光栄です。
皇太子殿下が婚約者を決めないのは、心に決めた方がいると周知されていますもの」
デビアナが確認で聞いているのは分かっていたが、モードリンは言葉ではなく笑みを浮かべる事で答える。
きっと、デビアナは察するだろう。
モードリンは皇妃と対峙するには、力が足りないと実感していた。
皇太子を信じてないわけではないが、この帝国の妃となるには自分の力だけではダメなのだ。
戦争も、戦争が終わった時にも貴族達の力が必要なのだ。
この帝国の血を濃くひきながら他国の人間である自分は、貴族の支持が必要だ。
皇妃は帝国に嫁いでからの年月、貴族を掌握しようとしたきたはずだから、それを奪い取るのが皇妃に勝つ方法だと思っている。
イグデニエル王国をさらに豊かにしたいと知識を増やし、行動してきたが、それをガイザーン帝国でしたいと思う。
帝国に貢献できれば、民も貴族も認めてくれるはずだ。
皇妃に勝つとは、そういう事だと思っている。
そんな話をしているうちに、マリオネ岬の詩の順番になってしまった。
何の準備もしてなかったモードリンとデビアナは、肩を震わせて笑いあった。
皇妃はにこやかに様子を見ていたが、内心は怒り狂っていた。
ファンブラック伯爵家は領地に鉱山をもち、帝国でも豊かな家の一つで取り込みたい家であるが、モードリンと仲良さそうなのが気にくわなかった。




