出立を巡る思い
ガイザーン帝国は、すぐに近隣諸国にイグデニエル王国に侵攻する正当性を公布した。
『ガイザーン帝国が承認した、イグデニエル王国王太子とレプセント辺境侯爵令嬢の婚約が不履行となった。
イグデニエル王国王太子が低位貴族令嬢を正妃とするために、正当な婚約者の辺境侯爵令嬢に王太子暗殺未遂の冤罪をかけ、監禁をして暴行を行なった。
母親であるガイザーン帝国メルデルエ公爵の妹は、行方不明である。
ガイザーン帝国は厳重な抗議と行方不明者の探索の為に、イグデニエル王国に進軍する』
ガイザーン帝国のイグデニエル王国に対する宣戦布告である。
政略結婚とは、そういう事であると証明している。
モードリンとイグデニエル王国王太子エルモンドの婚約は、ガイザーン帝国の第二の王家と言われるほど王家の血筋が濃いメルデルエ公爵家の令嬢としての意味もあるから、婚約が決まった時にガイザーン帝国に報告に来たのだ。
その令嬢を、王太子暗殺未遂の嫌疑があったとしても、監禁して暴行したのだ。
ガイザーン帝国では緊急招集で侵攻軍を構成し、夜明けと共に出兵することになった。
兵士、騎士だけでなく、補充部隊、偵察隊、万を超す人間の移動、馬や武器、装備品の準備。
軍事大国であっても簡単なことではない。皇宮中が夜を徹して動いていた。
客間に滞在しているモードリンも、皇宮の喧噪を感じていた。
戦争が始まる。
その起爆がモードリン自身であることの罪悪感に怯えるが、それよりも、アンセルムが戦争に行くことが恐ろしい。
ケガをするかもしれない。死ぬかもしれない。帰ってこないかもしれない。
そう思うと、深夜になっても寝る事もできなかった。
小さなノック音がして、アンセルムが部屋に入って来た。
「まだ、起きていたのか? 傷のところが痛むのか?」
アンセルムは窓の外を見ていたモードリンの手を取って、ベッドに座らせ自分も横に座る。
モードリンはアンセルムに身体を預けて、首を横に振った。
「痛いのは身体ではなく、心です。どうか、無事に帰ってきてください」
アンセルムはモードリンの肩を抱き寄せると、その体温を確かめる。
「寝顔だけ見て行くつもりだった」
そっと唇を重ねる。
「見送りはいらない。ここで待っていて欲しい。
母のことは処理する時間がなかった。状況は変わっていない」
「大丈夫です。殿下も戦場にいかれるのです。
私も負けません」
もっと、もっと言いたいことがあるのに、言葉が出て来ない。
いかないで、側にいて。
イグデニエル王国など壊して。
矛盾する思いで言葉を選べない。
「行ってくる」
アンセルムが立ちあがり、扉に向かうのをモードリンは追いかけた。
「好き、とっても好き」
モードリンの言葉に、アンセルムは振り返り、モードリンを抱きしめると、もう一度キスをする。
そして、今度こそ部屋を出て行った。
残されたモードリンは泣きながら、床に崩れ落ちるように座った。
皇宮の前庭に、侵攻軍が整列していた。
総司令官のアンセルムが列の最前列に並び、王が宣誓をした。
「イグデニエル王国に正義の剣を撃つのだ!」
「おおぉぉぉぉ!!!」
地響きのような歓声があがり、侵攻軍が興奮に揺れる。
「向かうは、イグデニエル王国!」
アンセルムが剣を振り上げ、馬を駆ければ、それ出陣が始まる。
土煙をあげ、たくさんの軍馬が正門を駆け抜ける。
王と共に王妃が出陣を見送っていた。
あの女に似た女の娘のせいで、戦争が始まる。
王妃は朝陽で空が明るくなっていくと、王妃は踵を返して皇宮に入って行った。




