ガイザーン帝国の決定
アンセルムはモードリンと離れ難かったが、やらねばならない事が山積である。
公務を放棄してイグデニエル王国に向かった為に、処理しなければならない書類。
王妃への牽制。
モードリンとの結婚の準備。
王、重鎮達との会議。
軍部隊の編制。
王の執務室に行くと、すでに人員は揃っていた。
「もっと遅くなると思っていたぞ」
片眉をあげて王が言うが、それに動じるアンセルムではない。
「彼女の名誉を汚すようなことはしません。結婚するまでは我慢しますよ」
最速で結婚式をするために労力は惜しみません、と心の中で付け加える。
アンセルムが席に着くと、横から副官のファントマが書類を机に置く。
書類を手に取ると、アンセルムは口を開いた。
「すでに陛下から聞いていると思うが、私から説明しよう」
周りを見渡すと、今までに何度も婚約者候補を連れてきた貴族達がいる。国の重鎮と言われる面々である。
「いろいろ心配をかけたが、婚約をした。彼女との結婚は翻ることはない」
自家の娘を王太子妃にと狙っていた男達の反応は鈍い。
「モードリン・レプセント辺境侯爵令嬢、イグデニエル王国王太子の婚約者を奪ってきた」
アンセルムの言葉に否定の声があがる。ガイザーンの責で戦争を始めるのは、近隣国への影響が悪いのだ。
「イグデニエル王太子は、自身の恋人の男爵令嬢を正妃にし彼女を側妃にすると公言して、正当性を持たす為に、瑕疵のない彼女に冤罪をかけ暴行をした。
我が手の者が彼女を助けだしたが、顔は殴られて腫れあがり、手足には数多の傷があった。
彼女は、ケイトリア・メルデルエ公爵令嬢の娘である」
ガタンと多くの男達が席を立ちあがった。
ケイトリア・メルデルエ公爵令嬢、それは男達が若い頃に憧れた美貌の令嬢の名前だ。
甘く美しい、青春の思い出にいる姫君。
「我が王家の血筋の姫を婚約者としながら、側妃に貶め、冤罪に暴行、許せるものではない」
王が声を荒げれば、重鎮達も続く。
「ご令嬢に暴行など、恥ずべき行いだ」
国務大臣、外務大臣が王に続き、怒りを表すとそれぞれが戦争に向けて動き出す。
ガイザーン帝国がイグデニエル王国に侵攻するにあたり、近隣諸国に正当性を示せねばならない。それには、王太子暗殺未遂が冤罪であるとアピールする必要があるのだ。
アンセルムは王がイグデニエル王国を崩壊させようとしている、と考えている。
モードリンの傷の説明を受けた時に、王は自分と同じように怒っているのを感じていた。
そして、大臣達を緊急招集し、イグデニエル王国への侵攻を提案したのだ。
イグデニエル王国軍がレプセント辺境侯爵邸を急襲し、ケイトリアが行方不明になっているのも、大きな要因であろう。
「王太子を侵攻軍の総指揮官とする。
外務大臣は近隣諸国との調整をし、各大臣は戦争の物資補給を中心に進めてくれ」
王が言えば、反対する者などいない。
「ユージェニー・レプセントがイグデニエル王国内で蜂起しています。我が軍はそこに合流する形にします」
アンセルムがイグデニエル王国の地図で、レプセント辺境侯爵領を指し示す。
軍務長官が各部隊長を招集し、侵攻する軍隊の規模、ルート、武器の運搬、準備が進められる。
ガイザーン帝国とイグデニエル王国の間に大きな亀裂が入った。
両国を守ろうとしたモードリンが、諍いの原因となる。
そして、ガイザーン帝国が参戦することで、イグデニエル王国軍はレプセント辺境侯爵軍とガイザーン帝国軍両方を相手にするために、戦力を分散せざるを得ないのだ。




