父と娘
塔の階段を降りていても、不気味なほど人がいない。
王太子暗殺未遂犯を西の塔に監禁すること、見張りの兵が二人ということも異様である。王と王太子の真意は分からないが、それを知ったメイリーンがモードリンを排除に動いた結果がこれなのだろう。
壁にもたれながら階段を降りるモードリンは痛々しい。
美しい顔は殴られて腫れあがり、抵抗した身体は擦り傷に血が滲み、打撲で歩く姿は片足を引き摺っている。
だが、その抵抗があったから助けが間に合ったのだ。 諦めていたら、手遅れになっていただろう。
塔の出口に近づくにつれ、外が騒々しいのが分かってきた。
塔の外は戦乱のようだった。
血まみれで走って来る男の後ろを、大勢の騎士達が追いかけていた。
男は近づいて来る騎士に剣を振るうと、一撃で跳ね飛ばす。圧倒的に男の力が上だったが、なにぶんに多勢に無勢だ。
「お父様」
男の姿を見て、モードリンが声を出す。
「レプセント辺境侯爵閣下でいられるのか?」
モードリンが頷くのを見て、ゲーリックが加勢の為に走って行く。
「あれがレプセント騎士団の総隊長、イグデニエルの騎士達と力量が違う」
モードリンを守る為に残ったシャードは、ジェイコムの剣技に感嘆する。
「閣下、助太刀いたします」
ゲーリックはジェイコムに声をかけて、追いかけて来る騎士に向かって剣を振り上げた。
「お前は?」
ジェイコムはゲーリックを横目で見ながら、次々と襲い掛かってくる騎士達を斬りつける。
隠し持っていた小さな剣で地下の牢から逃げ出し、途中で斬り倒した騎士から剣を奪い、娘を助けに来たのだ。背中も腕も斬りつけられた傷から血が噴き出ているが、ジェイコムはモードリンが閉じ込められている西の塔まで来た。
、
「ここで名乗るわけにはいきませんが、敵ではありません」
イグデニエル王国の王宮でイグデニエルの騎士と剣を交えているのが、ガイザーン帝国の騎士だと知られる訳にはいかないのだ。
父と娘はお互いの姿を確認して、驚愕した。
「うぉおお!」
ジェイコムは、乱暴されたとわかるモードリンの姿に雄たけびをあげた。
「モードリン!」
「大丈夫です!彼らが助けてくれました」
モードリンは父親を安心させようとするが、安心させれるような姿ではない。
ジェイコムは近くにいるゲーリックに声をかけた。
「頼む、あの子を連れて逃げてくれ。ここは私が引き受ける」
「もちろん、必ずお守りします。閣下も逃げましょう」
ジェイコムとゲーリックだけでは、数で勝るイグデニエルの騎士達に押し負けるのは時間の問題だとわかっている。
「これをあの子に渡してくれ、ユージェニーに渡すように伝えて欲しい」
ジェイコムは指から指輪を外すと、ゲーリックに持たした。
「行け!」
ジェイコムはゲーリックの背中を押して、モードリンの方向に押し出した。
それを見たシャードは、失礼します、と言ったと同時にモードリンを担いで走り出した。
その後をゲーリックが追う。
娘が逃げる時間を作るために、ジェイコムは残ったのだ。
イグデニエルの騎士達が娘を追いかけないように、ジェイコムは斬りつける。ジェイコムの剣を逃れて追いかける騎士達を、シャードの後ろを走るゲーリックが斬り捨てる。
「お父様!お父様!」
シャードの肩に担がれたモードリンが、遠ざかる父親を呼ぶ。
多くの騎士に囲まれる父親の姿が見えなくなっていく。
戻って父を助けて、とは言えない。
この二人も、自分を助ける為に命をかけてくれているのだ。
ゲーリックが門兵に斬りかかった隙に、モードリンを担いだシャードが駆け抜ける。
モードリンは強い振動で舌を嚙まないように口元を押さえていた。
王宮から離れると、物陰に隠していた馬車に乗り込んで、モードリンを椅子に座らせた。
「手を」
ゲーリックは、モードリンの手に指輪を乗せた。
「侯爵閣下からお預かりしました。ユージェニーに渡してくれ、とのことです」
モードリンはその指輪を見て、身体を震わせた。
「これは・・、代々のレプセント辺境侯爵が身に付ける指輪です」
もう枯れ果てたと思っていた涙が、頬を流れ落ちる。
ギュッ、と指輪を握りしめて、モードリンは身体を丸めた。
「お父様、必ずお兄様にお渡しします」
それは、モードリンの誓いのような言葉。
もうすぐ夜が明ける。
明け方の街を、馬車は駆け抜けていく。




