西の塔の一夜
暴力の表現があります。お気をつけてお読みください。
ガッチャン!
モードリンは手が届く範囲の物を投げつけるが、男達は簡単に避けて近づいて来る。男達に当たらなかった食器や本が壁や床に打ちつけられて割れて散らばる。
どんなに逃げても部屋の中という限られた場所だ。 男三人が女一人を追い詰めるのは難しいことではない。
「いや、近寄らないで!」
ジリジリと追い詰められて、モードリンはテーブルの反対側に回ろうとして腕を取られた。
そのまま力任せに引き寄せられて、男の腕に抱き締められる。
「すっげぇ柔らかいぞ!」
男が顔を寄せて来るのをモードリンは避けて、男の腕に噛みついた。
「うわぁ、こいつ噛みやがった!」
男の力が緩んだすきに逃げ出したが、一気に間合いを詰めた男に殴られて倒れ込む。
ダーン!
倒れたモードリンの上に男達が群がり、ドレスが引きちぎられる。
「きゃああ!」
殴られたところが痛いなどと感じている余裕はない。腕を振り回して男達を撃退しようとしても、その腕を押さえつけられる。
絶対に思い通りなんてさせない。
気持ちは強くとも、男達との力の差は歴然だ。それでも、抵抗は止めない。
気持ち悪い! いやだ! いやだ!!
「いやああ!」
モードリンの絶叫が響く。
モードリンを掴む男の力が急にぬけて、動きが止まった。他の男二人の姿が視界から消えたと思ったら、横に倒れ込んだ。
ポタ。
モードリンに血が滴り落ちてきた。
モードリンに覆い被さっている男の胸に、背中から貫通された剣先が見える。その胸から血が流れ落ちているのだ。
男達の後ろに二人の男が立っていた。
二人とも兵士の姿である。
二人の兵士は、男達をモードリンからどかすと止めとばかりに剣を振り上げた。
「助けにくるのが遅くなって申し訳ありません。
我々は、アンセルム王太子殿下の命を受けて潜入しておりました。
私は、シャード・セブリエ。こちらは、ゲーリック・ダウトマンです」
二人はモードリンに片膝をつき、騎士の礼をする。
アンセルムの名を聞いて、モードリンも少し落ち着いてきて身体を起こす。
そのモードリンの様子を見て、シャードが慌てて上着を脱いでモードリンに着せた。
モードリンの髪は乱れ、ドレスは引きちぎられ、下着も破れているところがある。手足は傷だらけだ。
そして、殴られたところは色が変わって腫れている。
「ありがとう・・」
叫んで枯れた声でモードリンは礼を言うが、それ以上は涙で言葉が続かない。
最悪の事態は免れたが、モードリンを無傷で守ることはできなかった、とシャードとゲーリックは自責の念に囚われるが、今は時間がない。
夜の闇に紛れて塔の壁を登り窓から二人が侵入したら、部屋の中でモードリンが襲われていたのだ。男達に斬りつけ、モードリンを助け出したが、モードリンは傷だらけである。
窓からロープを垂らし、モードリンを連れて逃げる予定だったが、傷だらけのモードリンにはそれは無理だと判断する。出口の扉から逃げるしかない。
「侯爵令嬢、歩けますか?外に出ます」
ゲーリックが扉に張り付いて外の様子を伺い、シャードがモードリンに確認してくる。
「はい、大丈夫です」
モードリンは立ちあがり、破れて足をひっかけそうになっているドレスの裾を引きちぎる。
絶対に大丈夫ではないだろう、とシャードは思うが、モードリンの覚悟を尊重する。
「シャード、扉の外は静かで兵士がいそうにない。
少し遠くから、ケンカしているような騒ぎ声が聞こえる」
「分かった、急いだ方がいいな」
シャードとゲーリックがモードリンの方を見る。
「行きます」
モードリンが扉に向かうと、シャードとゲーリックが前後を守る。
静かに扉を開ければ、兵士が一人倒れていた。
その横を静かに通り、階段を降りていく。




