王太子の愚行
謁見室には、王と王妃、王太子がいた。
そしてユージェニーは、自分の考えが甘かったと判断した。
王は王太子の愚行を諫めると思っていたが、それは間違いだった。
「レプセント辺境侯爵令嬢が婚約者という地位にことかいて、王太子の公務の邪魔をしていると聞いている。
他にも王太子妃として恥ずべき行動があることも聞いているが、レプセント辺境侯爵家は我が国にとって重要な家系である。王太子の妃として側妃を遇したい」
王の言葉は、モードリンには理解できない話であり、即座に対応したのはユージェニーである。
「妹が公務をするようになったのは、王太子殿下からの要請で、それは陛下も認可された事です。
最近の公務を疎かにされているのがどちらかは、誰がみても分かっているはずです。
ましてや、妹の恥ずべき行動とはなんでしょうか?
妹には侍女や護衛が常に一緒なので、それが何であっても否定する証拠はあります」
怒りを隠すこともなく、ユージェニーの声は低い。
王太子が男爵令嬢に入れ込んで、連れ歩いているのは有名だ。王太子妃の公務だけでなく、王太子の公務のいくつかはモードリンに任せて、遊ぶ時間を作っているのだ。
「モードリンが男達と密室に籠っていると、目撃者がいる」
王太子エルモンドが、モードリンの恥ずべき行為を言う。
「その目撃者とは誰ですか?
先ほども言ったように、モードリンが一人になる隙はありません。
殿下の公務を請け負っているのですから、時間もありません」
軍の将校であるユージェニーがエルモンドを睨めば、エルモンドは反論できずに拳を握る。
「まさか、目撃者というのは殿下の恋人と言われているマークス男爵令嬢ですか?
立ち入り禁止区域で、男達と大声で騒いでいたご令嬢ですよね?」
ユージェニーはここぞとばかりに、エルモンドにたたみかける。
「だまれ! 王太子への非礼である。
レプセント辺境侯爵家の総意としていいのか」
王が王太子を庇うように、ユージェニーを非難する。
「はい、そう思っていただいて結構です」
それまで黙って話を聞いていたモードリンが返事をした。
「2~3日のうちには、父が領地から王都に到着する予定です。改めて婚約解消の話をさせていただきます。
結婚式まであと3か月だというのに、側妃などと言ったのは王太子殿下です。結婚を推し進める事はできません」
「どういうことだ!
側妃に納得したのではなかったのか!?」
モードリンの反応に驚いて、王はエルモンドを見た。王はエルモンドから、モードリンが側妃として結婚すると聞いていたのだ。
王家にとって、レプセント辺境侯爵家を失うわけにいかないのだ。
「モードリン!
お前は僕のいう事を聞いていればいいんだ!
今までも、ずっとそうだったじゃないか!」
子供の頃から、モードリンは王太子であるエルモンドに反抗はしなかった。
婚約が決まった時も、公務をするように言った時も、はい、と常に王太子の意に沿っていた。
「私は男性と密室にいたことなど、ありません。
殿下は私ではなく、その目撃者を信じているということが、結婚は無理だと証明してます」
高位貴族令嬢は美しい令嬢が多いが、その中でもモードリンは美貌の母に似て格別に美しい。
モードリンは薄い色のレースのドレス、アクセサリーは真珠だけ。
それはモードリンの美しさを引き立て、儚く清楚である。
エルモンドは、モードリンに見惚れてしまう。
モードリンは自分の言う通りになると思っていたし、モードリンが自分から離れるなど考えていなかった。
だから、メイリーンを妃に望んだ時に、モードリンを手放すことなく側妃にすると言葉が出たのだ。
「モードリン!」
モードリンはエルモンドに答えることなく、視線だけを動かしたがすぐに無視をして優雅に立ちあがった。
エルモンドの視線を惹き付けて、自分の美貌を見せつける。
エルモンドがモードリンに未練が残るように、少しでも苦しませたかった。
エルモンドの恋人の男爵令嬢に負けているところなどない、後悔するがいい、とモードリンは決別する。
同じく立ちあがったユージェニーが下がる礼をする。
「王家にもレプセント辺境侯爵家にも、有意義な時間ではありませんでした。
不名誉な虚言で妹を側妃にするなど、レプセント辺境侯爵家の王家への信頼は無くなりました。
父が改めて謁見させていただきます」
ユージェニーが腕をだすと、モードリンがエスコートをされて謁見室を出ようとする。
王家とレプセント辺境侯爵家の決裂ともいえる謁見で、王が扉を守る衛兵に二人を止めるよう指示を出そうとして、王妃が止めた。
「陛下、これ以上の醜態はおやめください」
モードリンは振り返ると、王妃に一礼をして謁見室を出た。




