モードリンの決意
ガイザーン帝国の話からはなれ、王太子から暴言を言われて、王宮から戻ってきた翌朝にもどります。
モードリンは早朝に目が覚めた。
昨日は、衝撃が強くって心弱くなってしまったけど、このままではダメだ。
公式な婚約者を退けて男爵令嬢を正妃にするなど、貴族社会を混乱させるばかりだ。
王家の求心力に問題がでるし、第一にレプセント家と大きな溝ができてしまう。
この国の為に、この2年間頑張ってきたのだ。
今一度、エルモンド王太子と話し合ってみよう。
たとえ婚約解消するにしても、こんな形では遺恨が残る。
エルモンドも興奮して思わず言ったのかもしれない。それでも許す気はないけれど、合意のうえで婚約解消にするのだ。
そう決めると、侍女を呼び身支度を始める。
ドレスを選ぼうとクローゼットを開けると、エルモンドから贈られたドレスが目についたが、とても着る気にはなれない。
もう二度と着ることはない。
「何のために、私は・・・」
こぼれそうになる嗚咽を抑える。
「この真珠に合わせてドレスを選んでちょうだい」
モードリンは真珠のネックレスとピアスを侍女に見せる。
清楚な輝きが、最高質の真珠だとわかる。
レースと小花で飾られた薄い紫のドレスには、王太子の色は入っていない。
準備ができて食堂に行くと、すでにユージェニーが食事中だった。
「おはよう、モードリン。調子はどうだ? 顔色が良くなっている。ドレスもよく似合っている」
隣に座ったモードリンを、ユージェニーが誉める。
モードリンの前に卵料理ののった皿が置かれた。
昨夜は食べずに寝たのでお腹が空いているはずだが、モードリンは食欲がない。その様子を見て、ユージェニーは給仕をする使用人に、フルーツを持って来るよう指示をする。
食が落ちているモードリンに食べさすためだ。
兄は私が起きないために、どれほど心配したのだろう、とモードリンは思う。
兄といると、心が温かくなってくる。これが家族なんだ。
モードリンは運ばれてきたフルーツを手に取り口に運ぶ。
「美味しい」
ポツリと呟くモードリンの声に、ユージェニーが笑顔を浮かべる。
「お兄様、出来るだけ早く王太子殿下にお会いしたいです。
このままでは、我が家の名誉にかかわります」
モードリンは背筋を延ばし、覚悟をこめてユージェニーを見る。
「昨日のうちに、陛下から書簡が届いている。
私も付いて行くから、至急に謁見の申し込みをしておこう」
王の元にも王太子の言葉の報告が届いているのだろう。
王太子が男爵令嬢を娶っても、何の利もない。それどころか、レプセント辺境侯爵家を敵に回すのだ。
だが、このまま結婚というこには出来ない。
王の子は王太子一人だが、王位継承権を持つ者はたくさんいる。
王太子のすげ替えも可能性がある、それほどの失態なのだ。
謁見の申請の返事はすぐにきて、その日の午後には王宮に登城することになった。
王宮に向かう馬車の中で、ユージェニーはモードリンに問いかけた。
「どうしたい?」
逡巡してから、言葉を選ぶようにモードリンは答えた。
「正しい答えはわかりません。
ですが、私は流されてきた、と反省したのです。
この国の為にいろいろ犠牲にしてきた、と思う事で自分を甘やかしたのかもしれません。
今もお兄様に頼って自分の力ではどうすることも出来ない、というのを思い知りました。
王太子殿下と結婚したいと、もう思っていませんが、マークス男爵令嬢に婚約者を奪われた可哀想な辺境侯爵令嬢、とだけは言われたくない。
王太子殿下と男爵令嬢の噂を知っていたのに、何もしませんでした。
もう、何もしない私ではなくなりたい。
絶対に負けたくない、惨めに逃げたりしません。王太子殿下と対立します」
もう、可哀そうな私はいない。とモードリンは決意する。
もう、決められた道はない、自分で選んでいきたい。




