嵌められた陰謀
前作から、ずいぶん間が空いてしまいました。
これから、頑張って連載したいと思っています。
レプセント家の長男ユージェニー、長女モードリン、次女セリア、それぞれの恋愛、国への想いを書いていきます。
応援いただければ、うれしいです。
『レプセント辺境侯爵家長女モードリンが王太子暗殺未遂』
火急の知らせに、王都にあるレプセント辺境侯爵邸は騒然とした。
軍の将校であるユージェニー侯子の部下達が、軍を抜け出して知らせに来たのだ。
軍ではレプセント辺境侯爵家を包囲し、侯爵夫人とユージェニー侯子、セリア侯女を捕縛すべく出動命令が出ていると言う。
レプセント辺境侯爵家の長女モードリンは、王太子の婚約者だ。
だがその婚約も、辺境侯爵家は解消へと動いていた。
王太子が子爵家の令嬢に熱をあげ、モードリンを側妃にすると表明したからだ。
王太子妃としての資質に問題のある子爵家令嬢では、公務を遂行できないと王太子もわかっている。
なにより、レプセント辺境侯爵家は豊な領土と魔獣を討伐できる私兵隊を有し、万能薬である魔核を供給できる家である。そして、隣国ガイザーン皇家の血筋でもあるモードリンを手放したくないからだ。
そんな都合のいいことを辺境侯爵家が認める訳もなく、婚約を解消してモードリンはガイザーン帝国へ留学の予定だったのだ。
「嵌められた!
モードリンが王太子を殺そうとするはずがない」
声を荒げながら、長男ユージェニーが母親のケイトリア、妹の次女セリアの部屋の扉を叩き、非常事態を告げる。
モードリンに罪をきせることで、レプセント辺境侯爵家を手中にいれる罠である。
「王宮にいるモードリン、父上は拘束されているに違いない」
そう言いながら足早に屋敷中に指示を出す。
「カイザフ、使用人をすぐに逃がせ。金目の物を持って行くがいい。どうせ王家に没収される、屋敷の物は何でもいい。すぐに軍が来る、急ぐんだ。
必ず連絡するから、皆を頼んだぞ」
王都の屋敷の家令であるカイザフが深く礼をすると、使用人に指示をだし、侍女頭のシルコットともに貴重品室に走る。レプセント辺境侯爵家代々の宝飾品を守る為に持ち出すのだ。
「セリア、母上をお連れしてガイザーンに向え。目立つから使用人はつけられない。
できるな?
母上を頼んだぞ」
ユージェニーはセリアの肩を抱き、ずっしりと金貨の入った袋を渡す。
「ユージェニー、私は残ります。少しでも王国軍を攪乱出来たなら、貴方達が逃げる時間稼ぎができます」
ケイトリアは毅然と背筋を伸ばして立っている。
「母上、お気持ちは察しますが、母上こそがガイザーン帝国への人質になることを理解されているはずです。母上は絶対に王国軍に捕まるわけにいかないのです」
ユージェニーが言う事が正しいと、ケイトリアは分かっているが、子供達を逃がしたいのだ。自分が一緒では足手まといになってしまう。
ケイトリアはガイザーン帝国の公爵家の娘で、皇帝の従妹である。ケイトリアが人質になれば、ガイザーン帝国が介入してレプセント家を助けることを妨げてしまう。
「私は領地に行き、兵をたてて王都に戻って来る。
それまで、モードリンと父上が存命であることを願うばかりだ」
魔獣の広大な生息地に接しているレプセント辺境侯爵領は、王国軍に数では圧倒的に劣るが、精鋭揃いのレプセント騎士団は大隊に引けを取らない。
長く戦争のない王国軍より、魔獣の脅威と戦っているレプセント侯軍の士気は高く、実戦豊富である。
王太子とレプセント辺境侯爵令嬢の婚姻は、レプセント侯軍を押さえる意味も含まれていた。
ユージェニーは、蜂起して王家からレプセント辺境侯爵と辺境侯爵令嬢を取り戻すと言っているのだ。
それは、謀反と呼ばれるものである。
「わかりました。お兄様もお気をつけて」
母の様子を見ながら頷くセリアの頬は涙で濡れている。
ユージェニーは妹を強く抱きしめ、母親には礼を取ると踵を返した。
振り向いている時間はない、ユージェニーの後を副官が追う。
ここで別れたら、もう二度と会えないかもしれない。
父も姉も王宮で拘束されて、すでに生きていないもしれない。
自分が生き残れるかもわからない。
確かなことは、すぐに王国軍が自分達を捕縛に来ることだ。
セリアは母親の手を取ると上着をかけた。
「セリア、もしもの時は私を置いていきなさい。
あなただけなら逃げられる」
ケイトリアは辺境侯爵夫人らしく毅然として、セリアに向き合う。
首を横に振るセリア。
「もしもの場合ですよ」
ケイトリアは微笑むと、時間がないと歩き出す。
若いセリアと、貴婦人として過ごしているケイトリアでは体力の差は歴然である。
それでも王都の貴族より、辺境領の夫人と令嬢は胆力が違う。
魔獣狩りに出立する男達を見送ってきた、生きて帰れない兵士もいた。
「お兄様は馬で行かれるでしょうから、私達は街に紛れて、町人の服を手に入れましょう」
セリアとケイトリアは、逃げる使用人に紛れて屋敷を出た。
辺境侯爵家の使用人達はお仕着せの者だけでなく、侍女として低位貴族のドレス姿の令嬢もいるので、セリアとケイトリアが混ざってもドレスが目立つことはない。
ドレスを着替えている時間などないのだ。
ユージェニーはダミーの馬車を反対方向に出したので、辺境侯爵家の人間は馬車で逃げたと、追手は思うはずである。
レプセント辺境侯爵家は、集結する日を願いながら散会した。
ユージェニーの部下たちが王国軍の出立を遅らせているが、僅かの時間稼ぎにしかならない。
王国軍が辺境侯爵邸を奇襲するまでに、逃げ出さねばならないのだ。
別れの挨拶をすることもなく、それぞれが屋敷を飛び出した。
「お母様、息の続く限り走ります」
セリアはケイトリアの手を握りしめる。
絶対に離さない。 そう固く心に誓い、逃げ出す侍女達に紛れて屋敷を出た。
まだ夕暮れには早い時刻なのに、屋敷の外は冷たく感じた。
妹と母が出るのを確認して、ユージェニーは馬の腹を蹴った。
ユージェニーの後を男達が付き従う。10騎あまりの軍馬が土煙をあげて爆走する。
それは目立つ集団で人の目を惹き付け、女達が逃げるのを隠した。
ユージェニーの馬が嘶くと、レプセント辺境侯爵邸に向かっていた軍がユージェニーを追う隊と侯爵邸に向かう隊に別れた。
1話はちょっと長くなってしまいました。
楽しんでいただけたでしょうか?