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トマト  作者: ヒルマ・デネタ
Chapter 2
4/17

トマトな男



 里波はブレッドの白い腹をなでる。ブレッドはされるがままで、気持ちよさそうに目を細めている。

「ブレッド、太り過ぎじゃね?」

 里波は、ぷにぷにしたブレッドの肉をつつく。ブレッドは起き上がると、ソファの下でうずくまった。

「怒った?」

 顔を傾けて里波はブレッドの機嫌を伺うが、猫はもう客人に興味をしめさなかった。須永がテーブルに白くまアイスを置くと、あぐらをかいた。

「夏バテしてないのはいいことだよ」

 飼い主は愛猫を庇いながら、スプーンを渡す。

「そうだね」

 里波はスプーンを受け取る。蓋を開けて、最初にキウイを食べた。

「お前、就活どうすんの?」

 須永が聞く。

「なーんも考えてない。そろそろヤバいよなぁ」

 里波は他人事のように喋る。

「まあ、俺も似たようなもんだけど」

 須永が返す。

「野菜、あんなにいつもサンキュ。里波のとこのトマトうめぇ」

 冷蔵庫には里波がお裾分けした、トマトときゅうりが入っていた。

「俺もうめぇと思う。秋津さんの育て方うまいんだよ」

 里波はサクランボを食べる。里波は仮保護人として秋津と暮らすのをきっかけに、アパートから借家に引っ越した。そこには小さい庭があって、夏が近づいてくると秋津が家庭菜園をはじめた。

「秋津さん、米作ったことあるんだって」

「へぇ」

「あと、白菜とキャベツと大根も。葡萄と檸檬もやったって。あとワサビ」

「めっちゃ色々やってんな。人生の厚さが違う」

 長さが違うから厚さも違うんだと里波は、心のなかで呟く。

「今度、ナスも持ってくる」

 里波が言った。

「ナス好きー」

 須永は真顔で喜ぶ。里波は気がついたら伸びる前髪を手でよける。けれど、冷房の風がまた里波の前髪を揺らした。

「髪切りに行くか? 俺、茶色に染めようかなって。就活はじまったらさ、できねぇし」

 須永が聞く。須永の髪はプリンを過ぎて、黒髪に戻っていた。それは、里波も同じだった。

「ううん。最近、秋津さんが切ってくれるから」

 里波の前髪だけは、秋津が切っていた。秋津の髪も里波が切っているが、秋津は基本的に伸ばしているため、「森」の時を含めて、二回しか里波は切ってやっていなかった。

「器用な人だな」

 須永は感心する。

「本当にそう思う」

 里波は同意するしかない。

「でも、兄貴が前の色よく似合ってたって、言ってたぞ。ほら、昔さ、赤に染めてただろ?」

 里波は笑う。

「昔って、去年の話じゃん」




 里波は赤い髪に、カチューシャを付け直す。出されたハイビスカスティーをひとくち飲んで、里波はすぐにグラスから口を離した。

「苦手だった? ごめんね、コーヒー以外がそれしかなくて」

 里波の顔を見て、関本は謝った。関本の前にもハイビスカスティーがある。

「これ、貰ったんだけどね。ごめんね」

「飲めないことはないっす」

 里波はもう一度飲むが、舌にも喉にも慣れなかった。

 秋津の髪をはじめて切った日から、一週間が経っていた。奥野が松崎と相談すると説得し、秋津は刃の先を自分のまぶたから離した。その後も、里波は秋津の身の回りの世話をした。メモ帳には一日の仕事を漏れなく書いた。まぶたにはジェルを毎日、里波が塗った。秋津はそれまでより、ずっと里波に優しくなった。里波はそれが不気味に感じた。そう感じることに悲しくなった。

 関本が椅子を引く。その音に、里波は正面の関本を見た。

「松崎から、里波が秋津の仮保護人になる許可が出た」

 関本は自ら喋りながらも、まだ信じられない気持ちだった。

「契約期間は今日から一年。両方の同意があれば、更新はあり。もう一年ね。その時にたぶん、奥野が個人面談すると思うから」

「はあ」

 理解が追いつかないまま、里波は気が抜けた相槌を打つ。関本はボールペンで頭をかいて、ハイビスカスティーを飲んだ。

「好き嫌いがわかれる味よね」

「そうっすね」

 里波は同意する。

「あなたと分かちあえてるみたいで、ちょうどいいかも」

 関本は苦笑いをした。そして、ボールペンをテーブルに置く。

「まだ断れるよ。そしたら、松崎が喜ぶ」

 なぜか関本の脳裏に、ロビーで話したときの奥野の横顔がよぎった。

「秋津さんは残念がるでしょ。あんな脅しまでしたのに」

 里波の指は、秋津の温もりを覚えている。

「とりあえず、一年はやってみる。そこまでもたなかったら、ごめん」

「それは気にせず言いな」

 ふたりを挟むテーブルには、ハイビスカスティーのグラスがふたつ、ボールペンが一本だけだった。

「これから口頭だけで、秋津の説明をします」

 関本の口調が変わる。

「秋津の見た目は平均三十歳に見えるが、百二十年以上生きてる、スーパーおじいちゃんです」

「スーパーおじいちゃん」

 神妙な顔で里波は繰り返した。

「理由は血筋。ある家系から、まれに老いにくい人間が生まれる」

「森に保護されている人たちは、みんな老いにくい人?」

 里波が聞く。関本は頷く。

「血筋を辿れば、皆、その家系にいきつく。篁家っていって、もう直系はいない」

「タカムラケ……」

 里波の頭では「高村家」の漢字で変換された。

「でもね、老いにくい血を持っていても、誰かに、何かに、強い愛情を向けるようになると年齢を重ねることができる」

 あまりにもストレートな条件に、返す言葉が見つからず、里波はハイビスカスティーを半分ぐらい飲んだ。関本は続ける。

「秋津は愛惜を持ちにくい」





 里波は須永のアパートからの帰りに、スーパーに寄って牛乳を買った。秋津は毎朝、牛乳を飲んだ。豚バラ肉とレタスも買う。秋津と住んでいる借家は前に住んでいた里波のアパートよりも大学に近くなった。奥野の計らいだった。「森」から帰ったあとも、少なくとも二か月に一度は例の中華屋で里波と奥野は会った。その間に秋津は松崎と会っていた。里波は、松崎と一度も顔を合わせたことがない。

 里波たちが暮らす借家は平屋だった。築四十年弱。瓦の屋根で、玄関は引き戸で開け閉めするたびにカラカラカラと転がるような音を立てる。

「ただいまー」

 返事はない。台所に入ると、よく効いた冷房に里波は身震いした。冷房の温度を上げた。縁側の窓を開けると秋津が、小さな庭の小さな畑からナスを収穫していた。秋津がふり返る。

「あ、おかえり」

 秋津は優しい笑みを浮かべる。里波は秋津の笑顔を観察した。秋津は自分の顔を触る。

「なんか付いてる?」

「別に。ただいま。豚バラ買ってきたよ」

 里波は台所に引き返し、冷蔵庫に買ってきたものをしまう。ついてくるように、秋津も台所に来て、シンクにナスを転がした。

「どれも小ぶりだけど、数はある」

 秋津は水を流し、ナスを洗う。食卓には朝、収穫したミニトマトがザルに盛られている。

「須永がトマト、おいしかったって」

 里波は冷蔵庫から麦茶を出す。

「それはよかった」

 ナスを洗う音にも秋津の声は混ざらず、消えない。蛇口を止める。里波は麦茶を注ぎながら言った。

「サラダは俺が作るよ。あ、米」

「もう、予約してるよ」

 里波が炊飯器を見る。

「何合?」

「四合。冷凍ご飯なくなったから」

「ありがとう。俺ちょっと、部屋にいるから。支度はじめたら教えて」

 グラスを持って、里波は居間の隣の部屋に入って、ガラス戸を閉めた。中学生の時、お年玉で買った猫のキャラクターが派手な折り畳みのテーブルに里波は麦茶を置いた。赤いまるいクッションを座布団に、壁を背もたれにして、里波は図書館で借りた本を開く。「森」にいた時の、関本に本を借りたことをきっかけに里波はその作者のものを読むようになった。その作者は多作であり、また、里波も読むのが遅いため、もうすぐ一年になろうとしてもその作者を読破できていなかった。折り返しはもう過ぎているため、今年中に読破するのが、里波のささやかな目標だった。二十ページほど読んだぐらいで、秋津がガラス戸の向こうから声をかけた。

「里波。ご飯が炊けたから、そろそろ夕食の準備をしよう」

「わかった」

 里波は栞をはさむ。栞はレシートの印字を内向きにして折ったものを使っていた。本の上から栞を確かめると、まだまだ序盤の方だった。しかもこの作品は上下巻だった。下巻もすでに借りているけれど、延長しないとな、と里波は思った。

 台所に行くと、秋津はすでにフライパンでナスと豚バラを炒めていた。秋津が食卓に、器とレタスを出してくれていた。里波はレタスをパッケージから出すと、洗う。コンロの横にみそがあった。

「みそ汁すんの?」

 里波が聞く。

「みそ炒めだよ」

「めっちゃおいしいじゃん」

 里波の感想が先走る。それに秋津は、喉を揺らして笑った。

「秋津さんも好き? みそ炒め?」

「飽きはしないかな」

 秋津に好物はない。それでもこうやって里波は時々、確かめる。秋津は一度も「好き」という言葉を口にしたことはない。けれど「嫌い」も、しかりだった。

 水気を切ったレタスを里波はちぎって、皿に盛る。ミニトマトも彩りにする。みそ炒めとサラダ、自家製キュウリの漬物、インスタントの玉子スープをちゃぶ台に運ぶと、ふたりは向き合って食べる。みそ炒めは里波の想像通りおいしかった。秋津が作った料理が今まで不味かったことは一度もない。いただきますとおいしい。ふたりの食事中の会話はそのくらいだった。ただ無言で食べる、飲み込む。そして、夕食はいつも秋津の方が食べ終わるのは早かった。

「ごちそうさま」

 秋津は食器を重ねる。里波は残り少なくなったみそ炒めをごはんにのせ、かきこむ。麦茶に手を伸ばすと、ふいに秋津の指が里波の前髪に触れる。里波は秋津の眼を見る。秋津の眼はありきたりな黒目だった。

「なに?」

 里波にすぐ答えず秋津は、里波の髪に指を通して、おでこを撫でるようにかき上げた。

「前髪、邪魔じゃない?」

「ちょっとね」

 里波は言った。

「カチューシャは? 久しく見てないけど」

「どっかいった」

 部屋の引き出しにしまっているのを里波は覚えている。

「新しく買おうか?」

「いらない」

 里波は頭を横に動かして、熱い手から離れようとしたが、秋津はしつこかった。

「ちょっと!」

「あははっ! ごめん、かわいくてね。明日、切ってあげるよ」

 秋津の手がやっと、離れる。

「風呂掃除するよ。洗い物よろしく」

 秋津が台所に消える。里波は秋津が漬けた浅漬けを口の中でポリポリ音を立てる。秋津は里波のことをかわいいと思っている。けれど秋津はけして、里波が好きではない。一緒に暮らしはじめてもうすぐ、一年経つ。更新をするかどうか決める必要がある。



 関本はハイビスカティーを飲む。苦い顔をする。

「秋津の視界を頑なに奪っていたのは、松崎の指示。視界の情報を奪うことで疑心暗鬼にさせ、周囲の人間を警戒させるためだった。その上で、里波以前の世話人は、松崎の息がかかった人間のみだった。私も出来る限り見張ってたけど、わざと、秋津にストレスを与えていたみたい。全員、返り討ちにされて、病んで帰って行ったけど」

 関本は遠くを見てから、目を伏せた。

「毎回来る人間が松崎の指示と分かっていても、拒めなかった。軽蔑でしょ?」

 自嘲する関本に、里波は困るしかなかった。

「だから、奥野に頼んだの。うまいこと松崎を出し抜いて、マシな人間寄こせないかって。そして来てくれたのが、里波。ぶっちゃけ、秋津が、ああまでして、里波を仮保護人にしたがったのは理解できる。里波を逃したらまた来るのはクソだかんねぇ」

 関本が松崎に逆らえないが、すごく嫌悪しているのは里波にもよく分かった。信用するなと言った関本を里波は「森」で唯一信用していた。

「奥野は昔から人を見る目があった。なのになんで、あんな男に……」

 関本は唇を噛んでから、話を戻した。

「まあ、秋津は老けにくいことを除けば、ありきたりの人間よ。人を愛さない人間なんて地球には、ごまんといる。だからまあ、心身ともに悪影響を及ばさない程度に仲良くしてねってことぐらいしか、私からお願いすることはない。お金のことについては、奥野に任せてある。ここまでで聞きたいこと、ある?」

「あの、ちょっと気になってるだけなんっす、けど。仮保護人が正式な保護人になることってあるんですか?」

「あるよ」

 関本の返事は早かった。

「秋津が里波を好きになったら、里波は保護人になれる。好きにはいろいろあるけどね。どの好きでも、好きに感じれば、好きだからね」



 


 秋津は牛乳を飲む。バターが染み込んだトーストをかじる。里波は先に、卵かけごはんを食べ終えた。朝食は各々で好きにする、昼食はタイミングが合えば一緒に、夕食はできる限り一緒に。それが、生活の中で自然と出来上がったルールだった。里波は自室のノートパソコンからフィンランドの父親にメールを送っていた。最低でも、月二回生存確認もかねて、連絡を取り合っている。

 里波は共同生活をはじめてすぐ、両親に秋津のことを伝えていた。秋津はルームシェアをしている大学院生という設定だ。ビデオ通話で里波は秋津と両親を対面させた。秋津は百歳以上生きているおかげもあってか、嘘が上手だった。秋津は胡散臭い人間が嫌いなのに、本人は胡散臭いと里波は感心まじりに呆れた。里波の両親は秋津に、いい印象を抱いている。そのことに里波は良心を痛めている。

 メールを送信し、里波はパープルのサコッシュを肩から提げると、居間を通る。よく効いた冷房に二の腕をこする。

「寒すぎんのよ」

「俺はまだ暑い」

 一緒に暮らして揉めることはほぼないが、どうしてもふたりが合わせられないのが、冷房の設定温度だった。

「もう出かけるの?」

 秋津が皿とバターを持って、台所に行く。

「うん」

 そのあとを里波も行き、食卓にある紙袋を覗いた。ナスが三つあった。

「それ、須永君の。よさそうなのを選んでおいたから。寄っていくって言ってたよね?」

「うん。ありがとう」

 里波は紙袋を取る。

「そのまま遊ぶのか?」

「須永、バイトだから。図書館行く。昼はテキトーにするから。いってきます」

「いってらっしゃい」

 秋津は洗い物をしながら顔を里波に向け、見送る。里波はもうスニーカーを履いていた。

 須永はアパートの一階に住んでいる。須永は白いTシャツを干していた。

「おはよーっす」

 里波が声をかけると、須永が手を上げる。

「ナス!」

「おおー」

 ベランダ越しに須永は紙袋を受け取り、ナスを手に取る。太陽の光にナスは艶やかになる。

「なんかめっちゃナス」

「当たり前じゃん」

「いいナスだってことだよ。サンキュ」

 須永はナスを褒めた。里波は何も言わなかった。

 図書館に行くと、普段より賑わっているように里波は感じた。一階会議室に人が出入りしている。「サークルバザー」と書かれた模造紙がパーテションに貼られている。

「地域のサークル活動をしている方々が、バザーをやっておられるんです。もしよければ、どうぞ」

 立ち止まって様子を見ている里波に、にこやかな警備員が声をかけた。

「あ、そうなんですね。あとで覗いてみます」

 里波は貸出の延長手続きをして、適当に選んだ地域情報誌を取ると窓際の席に座った。秋津と暮らすようになって、里波は図書館に来るとできる限り時間を潰すようになっていた。秋津と同じ空間にいるのが気まずい訳ではない。けれど、時々、里波は秋津がそばにいることに違和感があった。秋津は馴染んでいない。馴染んだふりをした、存在。透けたふりをした、空気。それが里波にとって、何とも言えない罪悪感があった。秋津が優しければ、優しいほど、その時々が里波を心苦しくさせた。

 雑誌五冊で、里波は二時間ほど潰した。昼にハンバーガーでも食べて帰ろうとすると、警備員が目に入る。里波はバザーのことを思い出した。会議室の方に足を向けた。

 婦人会、合唱団、工芸部、手芸部やら、里波が想像していたより会議室は広く、ブースも人も多かった。パウンドケーキや巾着、手提げを売っていたり、本棚を商品にしているところもあった。里波は一周して、竹の栞をひとつ買った。白いうさぎの絵柄のやつを選んだ。

「里波」

 外へ出ると、秋津がいた。里波は驚く。

「どしたの、秋津さん」

「図書館行くって言ってたから、一緒に昼ごはんどうかと思って。このあと、約束とかあった?」

「ううん」

「じゃあ、よかった」

 秋津は目尻に皺をつくって、優しそうに笑う。

「この近くに前、ひとりで行ったイタリアンがあってね。里波を連れて行きたかったんだ」

「あ、それさっき雑誌で読んだかも」

 秋津が連れて来たイタリアンは図書館から五分と少し歩いたところにあった。開店してすぐだったおかげで、すんなり入れた。

「日替わりランチのパスタは黒板に書いてあるものから選んでください。三種類から選べます」

 ポニーテールの店員が壁の黒板に目線をやる。夏野菜とベーコンのペペロンチーノ、トマトクリーム、ボロネーゼとあった。

「トマトクリームのパスタで」

 里波が頼む。

「俺はペペロンチーノください」

 秋津が見なかったメニューを閉じる。店員が厨房に注文を通す声がふたりによく聞こえた。

「食後の飲み物はいいのか?」

 秋津が聞いた。

「水でいいよ。帰りにコンビニでアイス買って帰ろ」

「いいね」

 サラダが運ばれてきた。キャベツの千切りにカットトマト。シーザードレッシングがかかっていた。

「最近、トマトばっかり食べるね」

 秋津がトマトをフォークでさしながら言った。里波はトマトを目で追った。そして、すぐに視線を落とし、サラダを食べ、邪魔な前髪を横に流す。秋津が頼んだペペロンチーノの具はナスとオクラとパプリカだった。里波はトマトクリームをよく混ぜる。里波は、秋津をトマトのような人だと思っている。サラダに入っているトマトのような人。どこにでも混ざるけど、混ざらない人。秋津はどんな人間とでも、関係を保てる。けれどけして、深入りはしない。その理由は、ほぼ不老だからと最初は里波も考えていたが、それは秋津の本能だと今は思っていた。社会に馴染み、人に深入りする。そうすれば、彼は老けることができる。里波は秋津に「老けたくないのか」と尋ねてみようと思ったことがあるが、それはあまりにも残酷過ぎる質問だとすぐに気が付いた。愛惜を持たない、それが秋津の逆らえない、本能なのだ。秋津がナスを口に運ぶ。口の端からオイルが垂れた。里波はナプキンを一枚抜いて渡した。ありがとう、と秋津は口元を拭いた。

「里波はいい子だ」

 秋津はできるだけ「いい」のを選んだだけだと。艶やかなナスを選ぶのと同じように自分を選んだだけだと、里波は冷静に受け入れていた。

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