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超次元電神ダイタニア  作者: 真上悠
第三部:《異界決戦編》
95/135

第九十五話「還るべき場所へ」

「ここで足掻かなきゃ、いつ足掻くのよ……ッ!!」


 あたしはアウマフに備え付けられた収納ボックスを開け始める。

「今から何とか魔力を集めてみる。アース、力を貸して!」

「はい!」

 彼女もあたしに倣い、手近の収納を物色しだす。


 確か、アースフォームにも入れておいたハズなんどけど……。

 お願い! あって!

 収納ボックスからは雑多な生活用品が飛び出す。探すが、無い。

 冷たい汗が背筋を伝わる……。


 あたしは青ざめた顔で勢い任せにその手を最奥へ突っ込んだ。

「ッ!?」

 指先に触れた感触に、息が止まる。

 口元が少し緩み、あたしはそれを掴み取った。

「あ……あった……ッ!」

 掴み出したそれは――()()()()()だった。


「こちらにもありました! バナナ味です!」

 アースは額を汗で濡らしながらも、得意気に戦利品のチョコバーを高らかに掲げた。

 アースと視線が合う。

 何も言わず、互いに小さく頷いた。



 結局、見つかった“おやつ”はチョコバー二本と、飴玉一つだけ。

「はい」

 あたしはチョコバーを一つアースに渡す。

「え?」

 驚くアースに笑顔で返す。

「食べて……」

「いえ! これはまひるが! 少しでも魔力を回復して《勇者力(ゆうしゃぢから)》に――」

 相変わらず予想通りの反応を返してくる彼女に、あたしは苦笑する。

「……一人で食べるとか、ナシだから……」

「…………」

 アースがそっとチョコバーを受け取ってくれた。


「……何を食べるかより、誰と食べるかが大事なんじゃない?」

 あたしはそう言いながらチョコバーのパッケージを剥いていく。

「……はい」

 アースの顔は、まだ険しい。

 あたしはそんなアースに、また何とか笑顔を作り、向ける。

「だから……一緒に食べよぅ?」

 語尾が、震えてしまった。

「はい」

 察っせられてしまったのか、彼女は小さく頷き、チョコバーを剥きだした。

 そして、二人で並んで座ると、その一本を食べ始めるのだった。



「ん~……やっぱりコレが一番ッ」

 あたしは大袈裟に顔を綻ばせるが、隣のアースはまだ少し遠慮がちだった。

 ここまで来て、下手な演技をすることも、ないか……。


「……怖い、ですね……」

 あたしは彼女の口からそんな言葉が出たことに驚いた。再会した時、あれほど弱みを見せてくれていたのに……!

 もう、彼女は盲信的にあたしを護ろうとする騎士じゃない。

 あたしの大切な、友達なんだ。

「……うん。怖い……」


 あたしはチョコバーをかじりながら、いつぞやの事を思い出していた。

 コクピットの警告灯が、無情に点滅する中で――


「……思い出すね」

「……はい」

「あの時もさ、あたしのMPが切れちゃって散々騒いで、色々食べたよね」

「そうですね。知らない食べ物ばかりで、とても興味深かったです……」

 そして今、宇宙で隣り合ってチョコバーをかじっている。


 彼女の声と存在が、目の前の漆黒に呑み込まれそうになるあたしの心を、辛うじて踏みとどめてくれている。

 チョコバーは甘いはずなのに、どこか味が遠かった……。


「……バナナ味、美味しい?」

「はい……。まひるの、キャラメル味は?」

「……うん。美味しい、よ。ひとくち食べる……?」

「……いえ。折角ですが、それは地球に戻ってから、戴きます」

 お互いの手が合わさり、コクピットの外の黒に目を向ける。

 既に星の輝きにも心躍らず、ただただその闇が恐ろしかった。

「絶対に、帰ろうね……絶対……ッ!」

「はいッ……勿論……必ずッ!」



『…………あなたたち、何を呑気にお菓子なんて食べてるの?』

 コクピット内に天照(アマテラス)の少し呆れたような声が響いた。

「あ、これは――」

 あたしが慌てて説明しようと腰を上げると、すかさず天照が被せてくる。

『説明不要よ。あのね? 今ツクヨミも、その隣りにいるあなたたちも、惑星の重力圏に近づいてるの! ここまでいーい?』

「あ、はい……」

 天照の有無を言わさない語気に、つい縮こまるあたしとアース。

『……で? 少しは使えそうなの? あなたの言う《勇者力》』


 あたしは残りのチョコバーを片手に、先程見つけたイチゴ味の飴玉を取り出した。

「やってみなくちゃ分からないけど……はい! 天照」

 そして、彼女の声がするスピーカーに向け差し出した。

『……何の、つもりよ……』

 刺々しくもあり、呆れた声……。


「……一緒に、食べよ? ほら、あなたの力、《素粒子書き換え》でこの飴もらってよ!?」

『あのねまひる、わたしに経口接触なんて概念、あるわけ――』


 天照の言葉が途切れた。

 あたしの宙に差し出した手が、震える。

 ダメだ、表に出すな――

 もう片方の手で震える手首を押さえる。

 行き場のないピンク色の小袋が手のひらの上でカサカサと揺れる。


『…………』


 また静寂だけの宇宙に戻った。

 そう思った時、あたしの手のひらから飴が消えた。


『……戴くわ。味は分からないから、概念だけ、ね』


 その掛けられた声に、あたしは声にならない返事を返した。

「……あぃ……が、とぅ……ッ」


『……お茶会なら、他に飲み物も欲しいところね』

 だけど、天照が粋なことを言ってくるので、ついあたしは噴き出してしまった。

「……ふ、ふふっ」

『……帰るわよ。全員で!』


挿絵(By みてみん)

『超次元電神ダイタニア』

 第九十五話「還るべき場所へ」



 時間が静止したかのような錯覚を覚える宇宙空間。

 それでも、ツクヨミとアウマフは着々と惑星(ダイタニア)の重力に引かれ始めていた。


『両機の融合を始めるわ。この距離なら《素粒子変換(ニュートリノリライズ)》さえ出来れば、アウマフでツクヨミの穴を塞げるハズよ』

 凛とした天照の声がスピーカー越しに届く。

「……出来れば、じゃなくて……やるんだ! いくよッ!」

 あたしは目を閉じ、《勇者力》を信じる。


 あたしは元々、《勇者》なんて柄じゃない……。

 この力を授かったのだって、偶々飛鳥(あすか)ちゃんとゲームしてたから……。

 でも、授かってしまったから。

 今、自分にしか出来ないことなら、やるしかない。

 これは、使命感とか義務感……とか、そんな高尚なものじゃない気がする。

 あたしは、ただ――


「生きるためにッ!!」


 アースフォームが光り輝く。

 天照が力を貸してくれているのも、この温かい光を通して伝わってくる。

 フレーム同士が噛み合い、軋みながらも固定される感触が伝わった。

 目を開けると、あたしとアースはコクピットはそのままに、ツクヨミの空いた腹部に収まっていた。


『……ふ。ここまでは良い流れよ。あと少し、ツクヨミとアウマフの隙間を融合させれば――』

 天照が言いかけた直後、物凄いハウリング音がコクピット内に走った。

 咄嗟に耳を塞ぐ。


「どうしたの!? 何かあったッ!?」

 あたしが問いかけて、少ししてから彼女の声が響く。ノイズが一瞬、途切れるように揺れた。

『……問題ないわ。続けましょう』

 声が一瞬遅れて聴こえたような気がした。

「そう……」

 あたしはどこか腑に落ちないまま、ゆっくりとシートに座り直した。乱れた息を整えながら、また意識を集中させる。

 今のだけで回復した分の魔力はほとんど持っていかれた……。

 まだ、隙間はわずかに埋まっていない……。


『まひる、ここまででいいわ。後はわたしが変換して穴を埋める。ちょっと通信が不安定になるかも知れない……』

「わかった……。あたしに出来ることがあれば、言って、ね……」

『…………』

 天照の声が遠のく。



 その時、アースの内側にだけ、声が届いた。

『聴こえてるわね? 隙間は何とか埋めたわ。少しまひるを休ませてあげて』

『ッ!?』

『アース。まひるのこと、頼んだわよ』

『天照!』

『……それと、仮面のこと……悪かったわね』

 その声は、どこか少しだけ、深みがあった。

『……本当は、もっと早く言うべきだったのかもしれないけど』

 それだけ言うと、彼女の声はそこで途切れた。

 そして、アウマフを埋め込んだツクヨミがいよいよ重力の腕に捕まった。



 天照は真剣な瞳のまま、偶に頬を膨らませたりと、何やら口の中をモゴモゴさせていた。


(……地表を離れて、能力を使い過ぎた……穴は埋まったけど、様無いわね……)

 天照のホログラムの体は下半身が消え、胴回りは背景と同化したように透けていた。

 演算領域が熱を持ち、ツクヨミの深層からデータが剥がれ落ちていくこの感覚……。


(……やれることは、やった。後は、激突する直前に、二人を《転移》させる――)

 そよが見せた《召喚転移》が天照に一縷の望みを見出させた。

(“()()()()()()を好きな場所に転移させる”ね……。そよ、あなた、エゴが強いわよ。SANY(サニー)だったくせに……)

 くすっと小さく笑うと天照は燃え落ちる宙を見た。


(この世界に居る人は、わたしの所有物、()()()――)

 その大気摩擦の現象をただの“燃焼”と捉えず、何故かこの時、“儚い”と感じ取った。

(けど、彼女たちの心は、誰にも犯せない……。陽子(ようこ)……わたし、は――)


 天照はそっと目を閉じ、口の中で何かを転がすかのように呟いた。

『イチゴ味って、案外()()のね……』



 天照が計算した突入角でツクヨミは直立の姿勢のまま大気圏へ突入していく。


 アースとふたり、アウマフのコクピットにしがみつく。いくら自動水平維持機構のコクピットと言えども、大地震が起きているかのような揺れ。

 手摺りから手を離せばどうなってしまうか――


「ッ……!!」

 コクピット内にアラートが鳴り響く。何を報せる音なのか分かりもしない。

「アース! 天照!」

 あたしは何とか叫んだ。しかし、返事はない。

「く……ッ」

 微かに開いた目から視える外は、赤く燃えていた。


 さっきまで黒かった宇宙が、赤い……。

 あたしは回らない頭で「黒よりも赤のほうが怖いんだ……」と、歯をガチガチと鳴らしていた。


「ッ……《地殻(グラン)障壁(バリア)》……ッ!」

 アースが何かを呟くと、一瞬だけ落下の衝撃が和らいだ気がした。

 だが、それも長くは保たず、また同じようにただ落ちていく。


 しばらくして空の色が赤から青に変わった。機体はまだ分解することなく形を保ってくれている。

「……天照ッ」

 あたしは少し前から声が聞こえない天照のことが気にかかっていた。

「天照ッ……! あなた、無事!?」

 返事がない。やはり通信機能が壊れたのだろうか……。


 窓の外に目を凝らせば青と白が交互に映し出される。

 これって、もしかして、雲?

 空だ! あのテクスチャーの欠けた空! 宇宙を抜け出せた!?

 雲間を突き抜け、その下にダイタニアの大地が見え始めた。

 地表が、近い……!


 ブレーキを――

 どうやって!?


 絶望と希望が交互に素早く切り替わって行く中で、あたしの頭と感情は目を回す。

 天照は、何か言ってなかったか?

 あたしは、どうする?

 どうしたら、助かる――


 その時、アウマフのスピーカーが微かにノイズを拾った。

『……地表……見え……たわね……』

 途切れ途切れに聴こえてきたその声は――

「天照ッ! 無事だったのね!?」

『……データのわたしに無事も何も無いでしょう? 力を温存していたのよ。最後の仕上げのために』

 彼女の声は相変わらず淡々としていたが、確かな熱を帯びていた。


「最後の、仕上げ?」

 天照の声色とは裏腹に、あたしはその言葉に不穏な気配を感じた。

『ええ。ツクヨミはこのままだと地表に衝突するわ。だから、そうなる前にあなたたち二人を、逃がす』

「逃がすって、あたしたちだけ!?」

『そうよ。大丈夫。やり方はそよが教えてくれたわ。ただ――』

 一拍置いて、彼女は少し寂しげに呟いた。

『ここで、役目は終わりね……』

「…やだ……そんなの……ッ」


(……わたしだって、ね……ようやく、あなたの気持ちが、解りかけてきたのに――)


 あたしはなりふり構わず叫んだ。

「あたしは、あなたを置いて帰るなんて選ばない!」


(こんなこと言うのよ? あなたに似てるって言ったら、笑われるかしらね、陽子――)


『あなたがそう言うのは想定内。アース、この我儘娘を頼んだわよ?』

「…………」

『アース?』

 天照の言葉に、アースは黙って眉間にしわを寄せている。

 そして、落ちて行くコクピットの中、誰よりも冷静に言い放った。


「それは、承知できない」

『は?』

「……私は、あなたに生きていて欲しい……!」

 あの天照も彼女の返答に面食らったようで、珍しく感情的な声を上げる。

「天照、自分で言ったことをもう忘れたのか? あなたは、“まひるは誰一人欠けても負けと考える”と言ったばかり……」

『憶えてるわよ。だから――』

 天照の言葉に有無を言わさずアースが被せる。

「その中に、どうしてあなた自身が含まれていない!? まひるは……私も、三人で助かるつもりでいる……!」

『…………ッ』


「アース……」

 先に言われた。言いたかった言葉を――


『……でも、仕方ないじゃない……散々人々をデータ化したわたしが、今更何を願えると言うのよ……?』

 弱々しい天照の声。

『名前も、知ろうとしなかったのよ……』

 こんな声色は、初めてだった。

「……今更でも、いいじゃん」

『……』

 あたしは続ける。

「それでも生きたいって思ったんでしょ!?」

『……あなた、言い過ぎなのよ。そんなの、そう思いたくなっちゃうじゃない……ッ!』


 天照……。


「……みんなで帰るって言ったよね? あたしは、最後まで諦めないよ……」

『……想いだけで現状が打破出来ないことは、散々見てきたハズよね?』

 天照の言うことは、いつも鋭く胸を突く。だから、一瞬次の言葉が出なくなる。

「ッ……」

『……でもね? その想いの力が繋いだから、今がある。胸を張りなさい、まひる、アース』

 天照のその言葉にハッとして顔を上げる。

「天照……」

『いい? 地表に近づけばわたしの力も元に戻る。そこであなたたち二人を先に《転移》させるわ』

 天照がいつものように淡々と最終ミッションの説明を始める。

 だけど――


『あなたたちが地表に戻ってから、まだ足掻こうが、何をしようが、わたしの知った事じゃないわ』

 語尾に微笑が混じっていた。

『最期に、ひとつ教えてあげる。このツクヨミの落下予測地点。あなたたち、日頃の行いが良いのか悪いのか――』


『――落下予測地点は、《箱庭(はこにわ)》よ』


 それを聴いてアースと顔を見合わせる。息と共に唾を呑み込む。

 そして、ふたりして迫る地表を睨んだ。

「……やる」

 あたしは奥歯を噛み、決意を新たにする。

「天照、ヒトと精霊の悪足掻き、とくと見てなさい」

 アースも髪のリボンを一度握り、また手摺りを強く握りしめた。


 スピーカーが天照の微笑を拾う。

『ふ……。期待しないで、祈ってるわ……行きなさい、《召喚転移》!』


(……どちらにせよ、わたしの役目はここで終わる。ようやく、あなたのもとに――)





 体が一瞬ふわっと浮いたかと思ったら、あたしとアースはもう地上にいた。

 膝に力を入れ、その身を起こす。


 地面に、脚が着いている……。


 たったそれだけのことが、こんなにも安心させてくれるなんて……。

 しかも、周りには目を点にしたみんながいる。

 あたしは地上の空気を肺いっぱいに吸い込み、ようやく生を実感した。

 隣りのアースにどちらからともなく歩み寄り、抱き合う。

 頬が、温かい。

「やった、ね……」

「はい……」

 お互いの涙が、相手の頬まで濡らした。


 ワッとみんなの歓声が上がったところで、あたしたちはハッと現実に引き戻された。

 今はそれどころじゃない。


「アース!」

「はい、分かってます!」

 あたしと彼女は上空を見上げる。

 遥か上空、赤い光点が雲を突き抜け落ちて来ていた。

「みんなッ!!」

 あたしはみんなに振り返り手短に事態を伝える。

 事態の緊急性と、その絶望感にみんなの顔が青ざめた。


「……あの巨大なツクヨミを受け止める……? 電神(デンジン)も無いのに……!?」

 マリンが即座に現状を分析し、誰よりも先に絶望に打ち拉がれる。

 あたしはその声に応えるように戦場の片隅に落ちた星に目をやった。


「シルフィっ!」

「……話は、聴きました……!」

 鈍い駆動音と共に《アルコル》がゆっくりと立ち上がる。

「皆さんは、自身の防御を最優先してください。あれ程の質量……どうなるか分かりません……ッ」

 アルコルが次第に大きくなる光点に向け、その両腕を静かに開いた。





(――アルコルから見る流星……何度目かしら……)

 私は取り戻したばかりの意識の中で、半分だけまだ映るメインモニターから空を見上げた。


「シルフィ……」

 サラが額に滲んだ血を拭ってくれる。

「サラ、ありがとう」

 コクピットを見渡す。見知った三人の顔が在る。

 その顔は引きつってはいたが、皆笑顔だった。

「……アレ、天照だよねえ……」

 ディーネが空を仰ぎ、呟いた。

「……そうですわね……色々、ありましたわ……」

 ディーネの視線を追い、ノーミーも見上げる。

「データである我らが、自我を持ち、エゴを抱く……」

 サラが同じく呟き、優しい笑顔を私に向け続ける。

「まことに、生とは、尊いものだな」

 私は少し俯き、すぐに顔をサラに向け言った。

「本当に……」


 気づけばアルコルの周りにまひるさんだけでなく、プレイヤー、精霊の皆が集まっていた。


 巨大な塊が落ちて来ると言うのに……。

 その破壊がもたらす恐怖を想像しないわけでも無いだろうに……。

 それでも、私たちは誰一人として、この場を離れようとしない。

 以前の私なら「愚かな」と、一笑に付しただろう。

 けれど、今は――


「……《最終攻撃(ダイナミックコード)》……」

 アルコルの装甲の継ぎ目に光の線が走り、次々とパージされていく。

 大気を引き裂きながら赤く燃えるツクヨミが最後の雲を抜けた。


……私たちは、今ここで生きている……。


 私は目を瞑ると、まひるさんのように大きく息を吸い込む。

 目の前にはアルコルの剥がれた装甲が再構成した巨大な盾が在った。

 そして、アルコルの姿は――かつて、その夢を叶えられなかった少女が憧れた姿に変形していた。

挿絵(By みてみん)


 降りかかる厄災を全て払い除けると言われる《アイギスの盾》。

 断片的に蘇った彼女の記憶にある、その“手鏡”を、また貸してもらおう。


 音が近づく。

 この音を、厄災にしてはいけない。

 私は目を見開き、神盾を頭上高く掲げた。


 ……叫べ……!


 大地の砂塵を全て吹き飛ばし、燃える塊が今、落ちた――


「《女神の神盾(ペルセウスミラー)》ーーーっ!!」


 音も光も消え去った一瞬の闇の後、大気が、大地が、唸り声を上げた。


 《盾》は無傷で受け止めきれず、潰されながらも止めていた。

 いつもの様に直ぐ様跳ね返せていない。

 ツクヨミと盾との間で相反するエネルギーが大量のプラズマを(ほとばし)らせた。

 アルコルの膝関節は(ひしゃ)げ、大腿部が地面にめり込む。


「はあッ! はあッ! はあッ!」

 操縦桿を通し、全魔力をアルコルの腕に集約させているにも関わらず、押し返せない。

「ぐぐぐ……ッ!!」

 コクピット中にアラートが鳴り響き、モニターが赤く明滅する。

 操縦桿を握る手が()()

 そう、痛いのだ――


 生きていれば様々な痛みを被る。

 肉体的な痛み。

 精神的な痛み。

 データの存在だった自分が、今確かに“痛み”を感じている。

 まひるさん、風子(ふうこ)さん、そして、風待(かざまち)……。

 皆が皆、それぞれ痛みに向き合い、私に違う痛みを与えてくれた。


 盾に亀裂が走る。


『この距離なら聴こえているわね!? 離れなさいシルフィ!』

 アルコルの通信に天照の音声が割り込んできた。

 その声は先に地上で聴いた時より、随分と熱くなっているではないか。

 私はこんな時だと言うのに、少しだけ口角を上げてしまう。


 人は、尊い。

 直列に繋がるデータと違い、複数の個と並列に繋がっていく。

 それは、実際に触れてみて解った。

 私たちデータでも、変わることは出来る……!


「その様子だと、有意義な対話ができたようですね……ッ!」

『何をこんな時にッ』

「勿論ッ、離れるつもりは毛頭ありません! あなたを、今度こそ――抱きしめるッ!」


 盾を支えるアルコルの腕が軋み、更に腰部まで地面に沈み込んだ。


「天照……! 私には、“優しい世界”への道の一つが、見えた気がします……ッ」


『ッ…………』

(願いの力が……流れ込んでくる……ッ!)


 通信機から震える音だけが流れる。

「あなたも、見えたなら……ここが踏ん張り所ですよッ!?」

 次の瞬間、機能停止したと思われたツクヨミのスラスターが火を噴いた。

『そんなのッ……言われなくてもおぉおおーーーッ!!』

 同時に、アルコルの肩部の大型スラスターに火が灯る。

「ああぁあああーーーッ!!」

 拳が拉げ、盾が砕け散るのと同時に、世界が、白一色に包まれた――



 その白の世界の中で、私と天照は一緒にいて、共通の記憶の中に在る少女の面影を見た。

 私と天照は自然と手を繋ぎ、ただ柔らかく微笑むその少女を見送った。


 次第に視界が元に戻っていく。

 目を開くと、何故か私は涙を流していて、ツクヨミがまた空へと打ち上げらる姿を見ていた。


「……陽子さん。風待は――進一(しんいち)くんは……もう、大丈夫です……ッ」


 砕けた盾の破片が白い花びらのように降り注ぐ。

 その中心で、全身ひび割れ、半身が地面に潰されながらも、アルコルはエメラルドグリーンの粒子をヴェールのように靡かせていた。

 その姿は、この世の誰からも祝福された花嫁のようだった。

【次回予告】


[まひる]

創造から始まった、優しさの悲劇……

ひとりだと、寂しいよね

あたしなら、寂しいよ


次回!『超次元電神ダイタニア』!


 第九十六話「繋いだ手の先で」


誰一人、溢さない!

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