第七十八話「命の道標」
流那の思考は限界に近かった。
(自分の知り合いがロボットに乗って攻撃してきたら、
私なら「どうして?」ってまず思う……
けど、ディーネは……
知り合いでも自分に害をなすものは敵だと思ってる?
やっぱり、そうなのね……)
流那はなんとか深呼吸をしようとしたが、上手くいかない。
「どうしたァ? 早いとこヤッちゃおうヨぉ?」
ディーネは流那を横目で見る。
「……あんた、本気で言ってるの? あの電神の中にいるの、あんたの知り合いなんでしょ?」
流那はディーネの目を見据える。
ディーネの目に嘘を言っている感じは無い。
「だからァ?」
ディーネは流那から視線を逸らさずに言った。
「知り合いが敵になったからって、それがなンだ? あたしにとっちゃあ、敵は倒すだけだ」
流那はその言葉で自分の中にあった違和感の正体が確定した。
(ああ……)
「……中にいるのは、あんたの友達? 家族?」
流那は失意を隠しきれないまま、細い声で縋るようにディーネに訊く。
ディーネは流那から目を離し、またドラゴンゾンビに向き直る。
「ノーミーは、割りと気の合う仲間だったヤツだ……」
その言葉を聴いて流那は深く落ち込んだ。
それと同時に、ディーネに対して新しい気持ちが芽生え始めようとしていることに、まだ流那自身も気付かなかった。
「あんたねぇ……それって、世間じゃ“友達”って言うのよ?」
「トモダチ? サァ〜、考えたことも無かったナー」
ディーネの意識は目の前の電神を倒すことから逸れることなく、流那の言葉が耳を素通りする。
(友達を知らない、敵対するものには攻撃……このディーネ……)
「あんた、自分の命も他人の命も大切にできないで、そんなんじゃ、周りに誰もいなくなっちゃう!」
流那はディーネに訴える。
「あ〜? ナニ言ってンのルナ? ここに来て説教?」
ディーネは流那の訴えを鼻で笑う。
「違うわよ! 誰があんたに説教なんてするもんですか! これは、私の……」
(――私の……? 何? なんて言おうとしたの私……?)
ドラゴンゾンビの動きは依然としてその場で不規則に蠢いているだけだった。
攻撃しようにも肝心の流那のベルファーレが動いてくれないので、ディーネは流石に痺れを切らし始める。
「おいルナ!? ヤる気がないなら、この電神あたしにくれヨ?」
鋭い目付きでシートの流那を睨むディーネ。流那はその言葉に首を縦に振らず、尚も訊き返す。
「あの中にいる人の状態を教えなさいディーネ。精霊のあんたなら私よりそういうのわかるんでしょ?」
「ああン?」
自分の睨みに怯むことなく睨み返してきた流那に、これ以上の問答は時間の無駄だとディーネは判断し、前の電神の胸部を見つめながら渋々答えた。
「……ありゃあ土の精霊ノーミー。
地球で消滅したと思ってたケド、存在の残滓がなんかのエラーで実体化して、電神の動力にされちまってる。
意識は無いな。
生きてるかは分かんねー。
どっちにしろ、燃えカスだな」
相変わらず人の神経を逆撫でするディーネの言葉に嫌気がさすが、流那はそれをぐっと呑み込み、堪える。
「これで満足かァ?」
「ええ、よく分かったわ。救けるわよ!」
「ハぁッ!? 人の話聴いてたのか?」
ディーネが流那の予想外の返答に面食らう。
「救ける! 絶対ッ!」
流那は決意を新たにした表情で、ドラゴンゾンビを睨んだ。
『超次元電神ダイタニア』
第七十八話「命の道標」
流那が再びベルファーレの操縦桿を握り直し、姿勢を正す。
魔力供給は言った通りディーネがしてくれてるようで、先程よりは随分とMPの消費を抑えられているのを流那は身をもって感じた。
「……行けそうね」
「フン! あたしのオカゲだかンな!」
ディーネはそう言いつつも、ようやく戦えることに嬉しさを隠しきれず、口の端を上げ舌舐めずりをした。
「コクピットハッチは開けたままで行くわ! 電神で近付くから、チャンスを見てあんたが中にいる人を救けなさいッ!」
「えェ〜〜〜ッ!?」
ディーネはさも心外だと言わんばかりに抗議の声を上げたが、流那はお構いなしにベルファーレをドラゴンゾンビに向けた。
巨体が地響きを上げながらドラゴンゾンビに迫る。まだ向こうから襲ってくる気配は無い。
流那は近付く相手の胸に開いたコクピットに注視していた。
遠目では白い布がはためいているかのように見えたそれは、やはり、人の形をしていた。
「ッ!」
白いドレス姿の年端もいかない少女の全身に、電神から生えるコードが絡みつき、聖者のようにコクピット内に磔にされていた。
その顔は白く青ざめていて、生気を感じられない。
髪色もブロンドと言うには白く、その生命力の枯渇具合が伺えた。
(相手がなんでも、このままにしておいていいはずない!)
ベルファーレがドラゴンゾンビの胸元にその手を伸ばそうとしたその時――
ベルファーレの左手に氷の礫が生成されていることに流那は気付いた。
「じゃあなノーミー!」
「バッカ――!!」
ディーネは流那の作戦を無視し、コクピットのノーミーに向け、《水の弾丸》を発射した。
流那が反射的にドラゴンゾンビのコクピットをベルファーレの右手で覆った。
激しく氷と鉄が砕ける音が荒野に響き渡り、コクピットに吹き込んで来た衝撃波に流那は目を細めた。
目の前を覆った氷の結晶と土埃から、視界が徐々に晴れるとディーネは至極つまらなそうな顔をした。
「どーいうつもりだヨー、ルナ?」
「……それはこっちの台詞よ……」
流那は込み上げる怒りを抑えて、ディーネを見上げ睨みつける。
「私はあの子を救けてって、あんたに言ったわよね!?」
「あたしは別に救けるって言ってないぜェ〜?」
「それに、魔力供給以外もできることも、黙ってたわね?」
「聴かれてなかったしなァ〜?」
流那は目を瞑り、一つため息を吐き、そのまま深呼吸する。
(……落ち着け。ディーネと同じ土俵に立っちゃダメ。相手は、全く別の生き物。道徳も倫理も、私に置き換えてはダメ)
流那はゆっくり目を開くと、再びディーネを見据えた。
「今度は私が攻撃する。これならいいんでしょ?」
流那の口から出た待ち望んだ言葉に、ディーネはニンマリと笑う。
「仕方ないナ、ルナになら譲ってヤるヨォ!」
流那も平静を装い微笑んだが、心中は全く穏やかではない。
(向こうの子は、無事ね……さっきの攻撃でベルファーレの右手がやられた……)
流那が破壊されたベルファーレの右手より先にドラゴンゾンビのコクピットを確認する。
幸いにも中の少女にはディーネの攻撃は届いていないようだった。
(もう、私自身の魔力は底をつく……向こうだって、いつまで止まっててくれるか分からない……だから、ここでッ!)
流那がベルファーレの左拳を握りしめ、後ろに大きく振りかぶる!
そして拳はそのままドラゴンゾンビのコクピットに向け打ち出された!
「ヤったッ!」
コクピットに押し当てられたベルファーレの拳を見て、ディーネが歓喜の声をあげる。
そして、流那を見下ろしながら彼女の嫌そうな言葉を投げつける。
「ヤれば出来るじゃないルナぁ? ホントはこうしたかったンでしょ?」
段々と見慣れてきたその嫌味な顔に、流那は肩で息をしながら素っ気なく答えた。
「そうね……」
「あーッハッハ! ほら、言った通りだ! イイ顔するじゃないかルナぁ!」
「それはどうも」
流那がドラゴンゾンビの胸部からゆっくりと拳を引き抜く。
すると、中には潰されたかと思われた少女が無傷のまま、更にはエメラルドグリーンの光を纏って淡く輝いていた。
「はァっ!?」
その光景を見たディーネが驚きの声を上げる。
「《全体回復》……今の私の、ありったけよ……」
少女の顔に赤みが戻っていく。
それを見た流那はようやく、心の底から笑顔を作り、脱力してシートから崩れ落ちた。
昼下がりの陽射しが、やけに肌に熱い。
ハッチから差し込む陽を避け、床に倒れた流那をディーネは無言で見つめていた。
ディーネには理解できなかった。
何故《敵のコア》を蘇らせる必要がある?
恐らく魔力切れで動きも止まり、倒すならまたとないチャンスだったはずだ。
それなのに、ルナはその《コア》のダメージを修復してしまった。
元来、精霊のノーミーなら、大気中の精霊の力を借りてまた直ぐ動かせる魔力を蓄えるはず。
精霊を魔力炉にして永久機関搭載の電神にするにはうってつけだ。
どこの誰だか知らないが、冴えてやがる。
だからこそだ。
ノーミーはこの場で仕留めておくべきだったんだ!
永久にあんな訳の分からない電神の動力にされるくらいなら、いっその事、壊してやったほうが――
ん?
そこまで考えて、ディーネは自分の中に、ある違和感を覚えた。
壊してやったほうが?
「………」
ノーミーを壊す。理解可能だ。
ノーミーを、壊してやる?
何か、違う気がする……
ディーネが自身の問いに答えを出すより先にコクピットの床から声が投げ掛けられた。
「どう……? あの子、生きてるわよ。ははッ……」
そこには目の前のノーミーを見て疲労困憊の笑顔を見せる流那の顔があった。
ディーネはノーミーの方に振り向く。
研ぎ澄まされた彼女の聴覚が確かに捉えた。
小さく刻む、ノーミーの心臓の音を――
それと同時に、不穏な金属音も――
「このまま彼女をたす――」
「動くゾっ!!」
流那がベルファーレのシートに座り直そうとした矢先、目の前のドラゴンゾンビが再び動き出した。
それも、今までに無い、力強さで――
振り抜いた尻尾がベルファーレを岩壁まで吹き飛ばす。
「あ……かはッ!!」
シートに背中を強打し、一瞬呼吸が出来なくなる流那を横目に、ディーネは真剣な鋭い目でドラゴンゾンビを見据えた。
その目には四つ足で猛突進してくる電神が映る。
ディーネは直ぐ様ベルファーレの魔力供給に専念しながら、片側の操縦桿を握り何とか機体を立ち上がらせる。
視界の端からもう片方の操縦桿に手が掛かるのを感じた。流那だ。
「……このまま、あいつをやっつけて、あんたの友達、救けるわよ? いいッ!?」
流那は口の中を切ったのか、唇の端から血を垂らし、歯を食いしばりながら尽きた魔力で必死に操縦桿を押し上げている。
ここはこの流那の力でも借りないとアイツは倒せない。そういう事にしておく!
ディーネは自分の心の中の違和感にそう言い聞かせ、八重歯が欠けそうになるくらい噛みしめ、必死に操縦桿を押し上げた。
「ク……ソ、があアァーーー!!」
ベルファーレの立ち上がる動作に合わせ、その膝がドラゴンゾンビの顎を打ち上げる。浮いた上半身の隙間に入り込みタックルをして、相手を仰向けに倒したところに、ベルファーレが全自重を掛けてマウントの姿勢をとった。
「「はァっ! はァっ!」」
流那とディーネの荒い呼吸が重なる。
押し倒したコクピットからはノーミーの姿が覗いていた。意識はまだ戻っていない。
ディーネがコクピットハッチに乗り出し、彼女に向け掠れた声で怒鳴る。
「やいノーミー! いつまでそんなとこで寝こけてやがるッ! こっちはルナってゆー厄介なヤツに捕まってンだ! 早く起きろォっ!!」
――暗い。
暗い。ただ暗い闇の中。
自分が誰かも分からなくなって、わたくしは黒い海に揺蕩うしかないと思われた。
……いえ。
「思われた」ではありませんわね。
そう“定義された”のです。
わたくしは粉々のデータ片になろうとした刹那、温かい金色の光に包まれた。
誰かの声が聞こえる。
『あなた、強い魔力を持っているわね。わたしの下で活かしてあげる』
その声の主に名前を問うと「サニー」と返ってきた。
――SANY。
その名を思い出した瞬間、胸の奥が、ありえないほど温かくなった。
だけど、次に意識が戻った時には、わたくしの前にはどなたもいなかった……
人生、ままならないですわね――
そこでわたくしは思考を遮断し、この世界に絶望したのです。
「――やいノーミー! いつまで――」
近くから懐かしい魔力の波長を感じる。このトゲトゲした水の魔力……
今は会いたくないですわ。ようやくゆっくり休めそうですのに……
「――こっちはルナって厄介な――」
……うるさいですわね。
人が寝てるのに、起こそうとしないでくださるかしら……!
「早く起きろォっ!!」
「うるさいですわよディーネっ!!」
とっさに飛び起きたわたくしの目の前に、見たこと無いくらい目を丸くしたディーネの、面白い顔があったのです――
ノーミーは意識を取り戻すと、自身に絡みつくコードに驚きつつ、状況を考え込む。
そして、目の前で引きつった顔のまま硬直しているディーネに合点がいったと言わんばかりに胸の前で手を打つ。
「あらディーネ、助けにきてくださったのね?」
「ンなわけあるかッ! 逃げるぞ!」
「ええ。……あら?」
立ち上がろうとしたノーミーの足がもつれ、よろける。倒れそうになったところをディーネがすかさず受け止めた。
「ありがとうディーネ。おかしいですわね、脚に力が入らないわ?」
「今はオカシイことばかりだろうが、とりあえずルナの電神に戻るよ!」
ディーネはノーミーを小脇に抱えるとドラゴンゾンビのコクピットからベルファーレのコクピットへと飛び移った。
ハッチから中に入ると、流那は疲れた笑顔でハッチを閉めた。
「やったわね。友達、救けられたじゃない?」
流那の優しい声に何故か横を向き「フン!」と吐き捨てるディーネ。
その二人の様子をぽかんとノーミーは眺めていた。
「私は流那よ。あなたは?」
流那がノーミーに名前を訊く。
ノーミーは一瞬ビクと肩を震わせたあと、ディーネの顔に向き直る。
「あなたは、ディーネ……」
「ん? ああ」
ディーネは外の様子に気を配りながら、ノーミーに軽く返事をする。
今度は流那の方を見て呟く。
「あなたが、ルナ……」
「うん。そうよ」
流那はなるべく警戒させないよう《物質変換》で自分のハンカチからブランケットを生成し、ノーミーの切れ切れのドレスの上から掛けてあげた。
「ありがと…………」
沈黙の中、何かを考えているようで、何も考えていないようにも見える彼女の次の言葉を待つ。
「……わたくしの、名前は?」
ノーミーはそう呟いたあと、首元に手を当て、しばらく黙り込んだ。
「……名前、でしたわね……」
「あぁん!? 忘れちまったのかノーミー!?」
――……ああ、よく知ってるよ。ノーミー――
「……ノーミー……」
その音をなぞるように、ノーミーは小さく息を吸った。
胸の奥が、わずかに、――あたたかい。
理由は、わからない。
「……あ……」
言葉になりかけた音が、喉の奥でほどけた。
「……呼ばれていた気が、するわ……」
ノーミーは突然、しゃがみ込み、顔を覆った。
「……どうして……こんなに……ほむらぁ……」
涙だけが、理由もなく零れ落ちる。
「……ッ」
(……この子は、ほむらと……?)
流那は両の拳を握りしめ、目を閉じ、上を向く。
(大学にも追ってこない、カミオカンデにもいない……そんな気はしてた……ッ! そして――)
今、目の前でまだ自我と意識がハッキリしない、ディーネの仲間だと言う少女がいる。
(この子は、多分――)
戦いの、争いの虚しさと悲しみが改めて流那の胸を抉る。
流那は声を押し殺し、静かに涙を流す。
(ほむら、ごめんね。私、助けちゃったかも……でも――)
流那は膝を折り、ノーミーと視線を合わせると、涙に濡れた瞳のまま、彼女の目を真っ直ぐ見て言う。
「いい? 必ず生きてここを切り抜けるわよ?」
(……そうよ。まず生きてこそよ。死んじゃったら――)
荒野に吹く風の温度が僅かに下がったのをディーネは感じた。そして――
沈黙していたドラゴンゾンビの眼が、ひと拍ずれて、金色に灯った。
それは、目覚めというより、“応答”に近い光だった。
鋭い眼光で見下ろすディーネは、それを見逃さなかった。
【次回予告】
[流那]
せっかく友達と再会できたってのに、
全然喜ばないんだから……
生きていれば色んな人とぶつかるけど、
あんたは格別、変わってるわ
次回『超次元電神ダイタニア』
第七十九話「名のない祈り」
祈りが、願いが届く世界なら、届きなさいよ
――――achievement[部品のわたくし]
※ノーミーを救出した。




