第七十六話「祈りの先は」
ハイパーカミオカンデが他次元世界『ダイタニア』へと繋がるゲートへと変質し、そこへ落下していったそよを追うように、ザコタと飛鳥はその穴へと飛び込んでいった。
手代木流那は思った。
ああ、コレ、絶対自分も飛び込むやつだ、と――
流那はやはり今、ダイタニアにいた。
悠長に異世界見学する暇もなく、自身の電神《ベルファーレ》を全力で駆使していた。
「なんでッ、私だけッ、こうなるのよッ!」
ベルファーレの巨大な右拳が迫る大型のドラゴンを容赦なく撃ち抜く。
激しい打撃音が荒野に響き渡り、上空の雲まで揺らした。
「……ッ?」
ベルファーレの拳が捉えたはずの手応えが、流那の予想と噛み合わなかった。
硬い。だが、生き物のそれとは違う。
遅れて返ってきたのは、低く鈍い――金属音。
「……え?」
流那は眉をひそめ、もう一度だけ拳を叩き込む。
殴りつけた箇所の表面が、ぼろりと崩れ落ちる。
剥がれたのは肉でも鱗でもない。
土と苔、その下に隠されていた――鈍く光る金属装甲だった。
「……電神、なの?」
抉られた表面の堆積物が崩れ落ち、見た目にもゾンビを彷彿とさせるグロテスクな電神と化していた。
「おぉう……私こういうのって、ちょっと苦手なのよね……」
相手のその姿に若干引きながら、流那はこの戦闘からの離脱を考えていた。
そもそも流那がこうしてこの場にいるのは、ザコタや飛鳥を連れ戻すため。
「こんなことしてる暇ないのよねッ!」
流那は朽ちた電神――《ドラゴンゾンビ》を前に、その場から離脱しようと機体を反転させ、ベルファーレの脚部に力を込めた。
「ッ!?」
しかしベルファーレは動かない。
いや、動けないのだ。
「なッ……何よコレ!?」
流那は慌てて機体のシステムチェックを行う。
しかし、エラー表示に乱れは見られないし、そもそも機体に異常は見られない。
脚に何かが絡みついたかのような違和感を感じ、流那はモニターにベルファーレの足下を映し出した。
そして、流那はその目を疑う。
――大地が、竜の口のように足首に噛みついていた。
「まさか! 地属性スキルっ!?」
流那は自分の知るゲームを思い浮かべ、驚きの声を上げた。
(電神単体では属性スキルは使えない……この電神が特殊なのか、それとも……)
流那が次の一手を考え倦ねていたところを、ドラゴンゾンビの鋭い尻尾のスイングがベルファーレの胴を打ちつけた。
「くッ!」
頑強な装甲を抉り、金属片が宙を舞う。
流那はベルファーレの防御力を信頼し、手立てはないか考えを巡らせた。
その間もドラゴンゾンビの次の攻撃が繰り出される。
ベルファーレを屈ませ、体勢を低くして何とかギリギリで二度目の尻尾攻撃を躱す。
(拘束してるのは“大地”そのもの……なら)
流那は一瞬で判断し、地属性スキル《地殻障壁》を足下に展開した。
防ぐためじゃない。
――押し上げ、砕くために。
「これでッ! 抜けなさいよッ!」
ベルファーレを足下から地殻が押し上げ、拘束していた大地ごとそのまま粉砕した。
「ふふん! やーりぃ! 《速度上昇》! これでおさらばよ!」
今度こそと、流那は再びベルファーレでその場を離脱しようと電神自身の移動速度を上げるスキルを掛けた。だが――
――ピシャン!――
聞き覚えのある効果音がその場に響いた。ゲーム中、聴くとかなり絶望的に感じられるその効果音は……
数瞬遅れて、流那は悟った。
「……さっきの足輪、呪い付き?」
足が速くなったであろうベルファーレをいくら疾走らせようとしても、一向にドラゴンゾンビとの距離が縮まらない。相手が速いわけじゃない。これは――
「スキル封印かけられたあぁあッ!?」
『超次元電神ダイタニア』
第七十六話「祈りの先は」
流那は頭を抱え、叫んだ。
「もうッ! なんなのよッ!」
流那はベルファーレを反転させ、再びドラゴンゾンビに向き合った。
「いいじゃない……そっちがその気なら、やってやるわよ!」
流那の瞳に炎が宿る。
(《呪い》の効果が切れるまで電神の技含め、私のスキルも使えない……。ベルファーレの物理力だけが頼みの綱ね……)
流那はドラゴンゾンビを改めて目視にて観察する。やはり崩れる体が生物のそれを連想させ、一瞬目を逸らしそうになる。
「うッ……ダメダメ、よく観て!」
(……四つ足だけど後ろ脚が太い。いざとなれば二足で立ち上がってきそうね。私の常識内だと、機械はスキル使えないんだけどなぁ〜。こんな時、風待さんがいたら訊けるのに〜……)
考えてる間も相手はじりじりと距離を詰めてくる。その行動に流那はある違和感を感じた。
(……この電神ゾンビ、一気に攻めて来ないわね? 野良電神らしく、自分のテリトリーに入ってきた相手だけを排除しようとしてる? それにこの辺り、魔力の流れが妙に偏ってる。まるで、地下に何か溜め込んでるみたい)
流那は周りを見渡す。この電神が自分を攻撃してくる理由が他にある気がしてならなかった。だが――
「……うん、よしッ! わからないから、攻めて来たら戦うわ!」
答えが見つからないと分かると、すぐに気持ちを切り替え、流那はベルファーレの拳を握りなおした。
ベルファーレは防御力だけはあるが、その他はからっきしな電神だと言うことは流那が一番解っていた。
正直、電神戦でも自分のスキルが使えてようやく何とかなるレベルだと彼女は思っている。
そこにきての《スキル封印》。
自分から迂闊に手は出せないと流那は判断した。
ドラゴンゾンビに目の前の動く電神に対して《排除》と《庇護》という矛盾したプログラムが走る。
これは元々電神に組み込まれたものではなかった。
今、《世界》がダイタニアに存在する機械物全てに対して命じていた。
“生命あるモノは庇護を”
“生命を脅かすモノは排除を”
ドラゴンゾンビにとって、“脅威”と“願い”の存在である《電神》は、どちらなのか――
「来るッ!」
流那は突進してきたドラゴンゾンビの動きに身構えた。操縦桿を握る手に力が入る。
ベルファーレは両手を組み合わせ、頭上高くかかげた。流那はドラゴンゾンビの歩幅を目視で計算する。
「スキルが使えなくたってね、魔力を威力に変換して拳に送り込めばッ!!」
向かって来たドラゴンゾンビがぶつかる直前、流那は勢い任せに、ベルファーレの両拳を寸前の地面へと叩きつけた!
大地に巨大な亀裂が走り、魔力が地を這う。地面は陥没し、巨大なクレーターへとドラゴンゾンビを埋没させた。
ドラゴンゾンビは土砂で胴体が埋没し、長い首だけを地面の上に出し、身動きがとれなくなっていた。
「ふん! ま、こんなとこね!」
意気揚々と流那は先を急ごうと振り返り、ドラゴンゾンビに背を向けた時だった。
竜の首がベルファーレの足首に巻き付き、そのまま前のめりで地面に強か全身を打ちつけた。
「ぐうぅッ! 痛いわねッ! このッ!」
流那はコクピット内でベルファーレと同じように顔面をモニターにぶつけ、ズレた眼鏡をかけ直しながらぼやく。
涙目で顔を押さえながら魔力を帯びた拳を地面に連打した。
爆発音のような轟音が三発上がり、ベルファーレの足下に竜の首を打ちつける。
「どうよッ!?」
流那は勝ち誇ったように叫ぶも、今度は自分のいる地盤まで砕いてしまい、ぽっかり開いた空洞にドラゴンゾンビと仲良く落ちていった。
「ちょッ! またぁッ!?」
流那の叫び声は崩落の音で無情にも掻き消された。
直径五〇メートルほどの巨大な摺鉢状のクレーターの底で、二機は向かい合った。
地表からパラパラと砂や土が線を引き、小雨のように静かに振り注ぐ。
「地面の下に、こんな……あ、隠し部屋的なッ!?」
蹲って不気味な低い駆動音を上げているドラゴンゾンビがすぐに攻撃して来ないのをいいことに、流那は辺りを物色し始める。
「ゲームだとこういう所に貴重なアイテムとか、イベントフラグとかあるのよねー」
ふと、流那は足下を流れる水源に気付く。
「……湧き水? 地面はあんなに乾いていたのに……」
その水の流れを目で追っていくと、淡く発光している石碑が目に入った。
「ッ!? あれって! 精霊のいず――うあッ!!」
流那が目先の光に気を取られていた所をドラゴンゾンビの長い尻尾がベルファーレの胴に巻き付き、全身を絞め上げる。
「くっそ……! 力も、あるッ! 油断、した……ッ!」
振り切れそうになる操縦桿を必死に握りしめ、モニターに各部の損書を告げるエラーメッセージが幾重にも表示される。
(……何しに来たのよ、私……! あの子たちを連れて帰るんでしょ? こんな所で……ッ!)
頑強なベルファーレの装甲が軋み始め、全身から鈍い嫌な音が上がる。
(考えろ。大丈夫、パニックにはなっていない……。この場にあるものを使え。スキルは使えない。ベルファーレも、掴まった。私自身は、攻撃力なんてない……)
それでも流那はベルファーレの足を一歩前に出す。
(魔法職は契約できる精霊は二種類……私は、まだもう一つ、契約できるはず……)
ベルファーレが悲鳴を上げる体に鞭打ち、ドラゴンゾンビを引きずりながら、一歩、また一歩と前進を始めた。
(あれは多分、《精霊の泉》。相手は地属性。風の精霊と契約できれば戦闘の相性は、いい! 水属性は、ダメ……!)
歯を食いしばり、流那はベルファーレの脚を一歩上げる為に操縦桿に魔力を込めていく。
一歩進める度に、心臓は強く脈打ち、息が荒くなる。
ドラゴンゾンビが蛇のようにその首をもたげて大きな顎を開けると、鋭い牙が光った。
「そうよッ……水は、ダメ! 絶対呼んじゃダメ……! 万理……ッ!」
ベルファーレが《精霊の泉》に照らされ、その土色の胴体に白味が差す。
石碑に腕を目一杯伸ばしたが、ドラゴンゾンビも足を踏ん張り、これ以上近づけまいと、ベルファーレを更に絞めつけた。
コクピット内に警告アラートが鳴り響き、機体の限界を報せていた。これ以上耐えれば、ベルファーレは破壊されると流那に警笛を鳴らす。
アラート音より、流那は眼前にまで迫った石碑を見て、ある者の笑顔に想いを馳せずにはいられなかった。
だが、あと一歩の距離が、とてつもなく遠く感じる。
(……何を考えてるのよ……こんなとこに喚び出されたら、あの子だって迷惑でしょ……ッ?)
「……はァッ! ……はァッ!」
(……もし、会えたとして、なんて声掛けたらいいのよ? ごめん? ありがとう?)
「はァッ! はァッ! くッ!」
(あの子をまた戦場に戻すの? 私のエゴで、またあんな、辛い思いをさせるくらいなら……)
流那は歯を食いしばり、目を閉じ、地下空洞に響き渡るような大声で叫んだ。
「でもッ! 会いたいよッ! 私は、バカだからぁッ!!」
流那は荒い息で眼前に迫るドラゴンゾンビの牙には気にもとめず、ベルファーレの左腕を自ら引き千切った!
「契約するわよ万理ッ!! 来なさいッ!!」
流那は右手で持ったベルファーレの左腕を石碑に向け振り下ろした。
石碑は見事に粉々に砕け散り、辺りには眩い光が雪のように舞い降りる。
薄暗い地下空洞に降る光に、流那は一瞬時間を忘れて見惚れてしまいそうになるが、全身を走る痛みに現実に引き戻された。
(普通なら石碑の前で祈るとこだけど、今の私には――)
「――これが、私の精一杯の祈りよ」
ベルファーレによって破壊された石碑からサファイアブルーに煌めく粒子が飛び出して自ら気流となり、ベルファーレの周りを飛び回る。
「この色ッ! 成功ね! 水の精霊だわ」
流那は新たに契約する精霊が放つ光に目を輝かせた。
「《呪い》に掛かったあとに契約したこの力なら、使えるはず! 《水の五指砲》ッ!」
ベルファーレの右手の指先から五連の《水の弾丸》が、胴に巻き付くドラゴンゾンビの尻尾に至近距離から連射された。
多少怯む姿を見せたドラゴンゾンビだったが、表面の装甲に傷を負わせただけで依然としてその拘束を弛めようとしなかった。
「……ふふ……これが、属性の相性ってわけね。全然効いてないじゃない……」
流那は顔を引きつらせながら、それでも希望を捨てずに続けた。
「でもまだ終わりじゃないわよッ! まだまだまだッ!」
流那は水属性固有スキルである《光鎖拘束》をドラゴンゾンビに幾重にも重ねがけ、縛りつけた鎖を地面に固定し、地中へと引力を掛ける。
ドラゴンゾンビが鎖の引力に抵抗しながらも、その牙で齧りつこうとベルファーレの頭部に襲い掛かった。
「よっと!」
流那はその一瞬の隙を見逃さなかった。
ベルファーレの腕を咥え込ませ、そのまま水弾を撃ち込んだ。
内部から響いたのは破壊音ではなく、鈍い金属の軋みだけだったが、一瞬の隙を突き《光鎖拘束》の引力が体勢を崩させた。
空洞にドラゴンゾンビが横たわる轟音が響き渡るも、流那は《光鎖拘束》の効力が切れて消滅するのを視認しながら、次の行動に備えて息を整える。
(水の精霊とは契約できた……でも、万理は、顕現できなかった……)
安堵より明らかに絶望の気持ちが勝る流那は、虚ろな視線を上空のクレーターの縁に向ける。
ベルファーレの右手から《光鎖拘束》を穴の縁まで伸ばし、引っ掛け、自らを電神ごと地表まで引っ張り上げた。
再び地表に戻った流那はやはり途方もない寂寥感に襲われる。
もしかしてと思ったことが、裏切られた。
また会えるかも知れないと思ってしまった、自分の身勝手さに腹立たしさすら感じてくる。
「……万理……ごめん、ね……」
それは、マリンを復活させてあげられなかった、自分の無力さに対しての謝罪だった。
流那はベルファーレでこの場を去ろうとした時、異変に気付いた。
(……何? この魔力の異様な濃さは……!?)
自発スキル《魔力感知》が指し示す方を見ると、先程のクレーターの穴があった。
穴の底から立ち上る一筋の青い光の糸――
そこから大きな魔力反応を感じる。
「…………《地殻障壁》……」
それを見て流那は静かに地属性スキルを試すと、穴の縁に大地の壁が生成された。
(《呪い》の効果がようやく切れてくれた……でも、何? この落ち着かない胸騒ぎは……)
「《光鎖拘束》……」
流那は逸る気持ちを押さえながら、穴の底から光の鎖で千切ったベルファーレの左腕を拾い上げる。
「《物質変換》……」
流那は歯を食いしばり、魔力を一気に流し込んだ。
理屈なんてどうでもいい。ただ――直らなければ、このあと確実に辛い。
左腕の断面が光を放ち、強引に、乱暴に、形を取り戻していく。
次の瞬間、肺が焼けるように痛んだ。
喉がひくりと鳴り、呼吸が追いつかない。
(……やり過ぎた。これで、もう長くは動かせない)
そして、これから起こりうるだろう戦闘に備える――
僅かな地面の振動のあと、ドラゴンゾンビが、さも蘇った死霊のようにその目を紅く光らせながら地の底から這い上がってきた。
だが、流那はその後ろに光る一筋の青い糸から視線を逸らさない。
今、注視すべきは目の前の電神じゃないと、流那の本能が告げている。
(あの魔力量……もしかして、万理が……)
また淡い期待を抱いてしまう自分に、それでも抱いていいと、流那は改めて言い聞かせた。
ドラゴンゾンビは手こずりながらようやく穴から這い出し、その全貌を顕にした。
機体表面の堆積物は先程の崩落で大部分剥げ落ちて、煤けた土色の全身へと変貌していた。
その後ろで青い糸が渦を巻くように揺れ始め、否応なしに流那の鼓動が速くなる。
「……あ……あぁ……ッ!」
糸は空中で絡み、膨らんで、次第に人型に成形されていく。
流那が想像したように、今まさに精霊がヒトの形に顕現しようとしていた。
「……私は、ここよ……?」
流那がコクピットからモニターの向こうにその手を伸ばした瞬間、目の前に光が爆ぜた。
そして、ヒトの形を成した精霊が宙に浮くように、そこにいた。
華奢でスラッと伸びた綺麗な姿勢。
風に揺れる青い髪が、ほんの一瞬、流那の知る“万理”の色に見えた。
「……万理……?」
その声は、流那自身が思っていたよりも、震えていた。
だが、次の瞬間――
ゆっくりと振り返ったその“首”の動きが、万理のものではなかった。
不自然に、ぬるりと、関節を無視するように回る。
見開かれた瞳は、感情ではなく“捕食”を映していた。
獣のような瞳と、蛇のような口――
流那は絶句し、目を見開いたまま、時間が止まってしまったかのように、世界に取り残された。
その事実を、魂から、拒絶するかのように――
「……ハッはぁ〜……」
その精霊は久々の大気を肺いっぱいに吸い込み、自分がまた生きた体を得たことを実感した。
「……うッ!?」
流那は極度の絶望に吐き気を催す。
その顔は蒼白になり、冷や汗が滴り出す。心臓の鼓動がうるさいほど高鳴る。
ゆっくりと精霊がベルファーレの方に振り向く。
「……ああ。その顔――懐かしいね、ルナ」
精霊は特徴的な牙のような八重歯を見せ、歪んだ笑みを浮かべた。
「なに? まだあたしを殺し足りなかった?」
それは、かつてマリンの生命を奪い、流那が生命を奪った、ダイタニアから来た水の精霊――ディーネだった。
「あハっ!」
【次回予告】
[流那]
まったく!
子供たちを追ってここまで来たってのに、
なんで! 私は! いきなり!
こうなのよォっ!!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第七十七話「痛みの在処」
過去の罪が、私を追いかけてくる……
――――achievement[地獄の底]
※流那がディーネを顕現させた。




