第七十四話「取り戻す理由」
誰かが呼ぶ声が聴こえる。
いや、声と言うにはあまりにも意思がはっきりと直接意識に伝わってくる。
その意思は彼にこう伝えた。
――起きなさいよッ!!――
「……ん……」
ザコタはゆっくりと目を開けた。
さっきより空が暗く、星が出ていることに違和感を覚える。
「……俺はッ!?」
そして何かが燃えたような焦げくさい臭いが鼻についた。
前を見ると脚部を失ったボロボロのリーオベルグが横たわっている。
段々と状況が飲み込めてきて、ザコタは自分の取り戻すべき者の名を叫び、立ち上がった。
「そよッ!!」
ザコタは動かないリーオベルグの側まで、もつれる足も気にせず全力で駆け寄った。
心臓がいやに跳ねる。
恐ろしい想像をしてしまいそうになる頭を振り、開いたコクピットハッチから勢いよく中を覗き込んだ。
「おいッ! 飛鳥ッ!」
見るとシートにもたれ掛かり、白い顔で静かに目を閉じている飛鳥がいた。ザコタの顔が一瞬で青ざめる。
その後ろにいる初見の男性を一度チラと見たが、ザコタは直ぐに飛鳥に視線を戻した。
「……嘘、だろ? おい……」
喉から搾り出したような声が静かにコクピット内に響く。
「おい飛鳥……! ふざけんな? ここまで来て……ッ!?」
ザコタの声に悲痛の色が混ざる。
だがその時、飛鳥が軽く身動ぎした。
「……う〜ん……! うるさいわねぇ……ゆっくり寝かせてよぉ……!」
ザコタはその声に目を見開いた。
「飛鳥……?」
「飛鳥先輩でしょ? もう、ほんとに礼儀を知らないんだから」
いつものように機嫌悪そうな声で飛鳥はザコタを睨み返した。
「おま、ふざけん――」
「……ようやく起きたようね。いい? 聴きなさい」
ザコタの言葉を遮り、飛鳥は再び炎の灯った瞳でザコタを見る。
「そよさんが電神ごと天照のあのでかいのに取り込まれてる。ほら、お腹のところ。そよさんからは脱出できないみたい。どう? 行ける!?」
ザコタは飛鳥の言葉に、先にそびえ立つ巨大な影を見つけた。そして、その腹部にムラマサらしきものが見えていることを確認する。
「……ああ。わかった……」
ザコタはそれだけ言うと、リーオベルグのコクピットから離れて、まっすぐその黒い電神を睨みつけた。
「天照に感情的になってはダメ。
彼女は人間の感情を理解していない。だから“怒り”や“焦り”は読まれる。
でも“誰かを想って動く感情”だけは、解析できないみたい。
それを使えるのは、そよさんを想うあなたしかいない!」
「…………」
コクピットから横になったまま話し続ける飛鳥の声をザコタは自分の胸に染み込ませる。
「感情的にならないで……でも、感情を捨ててはダメ!」
ザコタは飛鳥の無惨な姿を見て心が沸き立つ思いだったが、それさえも彼女は抑えろと言う。彼の両拳が痛いほど硬く握られる。
「天照に打ち勝てるのは、多分あんたみたいな“バカな”奴だけ! だからお願い……迫田君ッ!」
飛鳥の声は痛々しいほど、震えていた。ザコタは肺いっぱいに空気を吸い込む。
「……そよさんを……助けて……ッ」
「任せろぉおッ!!」
ザコタはいつもの仏頂面のまま、夜空に轟くばかりの声で即答した。
『超次元電神ダイタニア』
第七十四話「取り戻す理由」
星々を背にし、自ら逃げ場を断つように、ザコタは前へと歩みを進める。
(……飛鳥、センパイの戦いはカミオカンデで観た――凄まじかった……。どう足掻いても俺なぞ足元にも及ばないくらい、強かった……)
ザコタはその事実を受け容れようと、今必死に自己肯定感を是正しようと心に語り掛ける。
(そんなセンパイが、あんな負け方をする相手……。今の俺に、勝ち目があるとは思えない……)
ザコタの視線は依然として正面の電神を睨見つけている。標的として確実にロックオンしたと言わんばかりに。
(だけどやるしかねえッ! センパイにあそこまで言わせちまった! それに、そよを救けることに、最初から何一つ変わりはねえ!)
「……この空の自由は俺とお前のものだ……」
電神召喚のための詠唱が始まる。ザコタの歩みが徐々に速くなっていく。
「来い……」
しっかりと大地を踏みしめ、次の一歩を力強く踏み込む。
「来い、来い……!」
また一歩、また一歩と、踏み込む力が増していく。
「来い来い来いッ!!」
ザコタはもう、駆け出していた。
そして、ようやくそよが自分に迫るその人影を視認し、震える両手で口元を押さえる。
瞳を瞬時に潤ませたかと思うと、滴り出す雫を気にもとめず声の限り叫んだ。
「進一くーーーんッ!!」
「来いッ! ケンオーーーっ!!」
目の前には召喚紋から飛び出してきた一機の奇形の電神、《ケンオー》が顕現する。
ザコタはそれに跳び乗ると、その勢いのまま天照駆る黒い電神に向け突貫した。
球体に腕が生えたような不格好な機体――紛れもなくザコタの電神だ。
そのケンオーが今、自分目掛けて迫って来ている。
そよは何度もムラマサの手動開閉レバーを力の限り回そうとするがびくともしない。目の前のモニターにケンオーが映るたび、そよは忙しくそれを目で追う。
「進一くん! 進一くんッ!」
嬉しさと悲しみの混じった涙がコンソールパネルを濡らしていく。
ケンオーが更に近くなった時、天照の振り下ろした攻撃に、再びそよとケンオーの距離は離れてしまった。
『なあに? 次はソレ? どう見てもあすかの金色より強そうには見えないけど?』
天照は向かって来たケンオーを軽くあしらうと鼻で笑った。
「…………」
ザコタは無言で天照との距離を測りながら回避に専念しつつ、隙あらばそよの下まで飛び込む覚悟でいた。
だが、この天照駆る電神、躱したはずの拳が、次の瞬間には視界にある。
(……このケンオーのスピードでも躱すのがやっとだ……もっと速く……もっと勁くッ!)
「進一くんッ! ごめんね! ごめんねッ!」
そよが泣いている。
それだけで、他のすべてがどうでもよくなった。胸が締め付けられた。
だからこそ思った。
そよが泣くのを止めるにはどうすればいいか、と。
(……今俺がやらなきゃいけないことは天照を倒すことじゃあない。そよが泣くのを止めてやることだ!)
ザコタは右手で操縦桿を強く握りしめると、今まで以上に鋭い目でコンソールパネルを操作した。
この非常時に、あの時の風待の声が脳裏をよぎる。
(やるなら今ここだ! 俺と風待の持つ力を、最大限にッ!)
――ザコタは思い返す。
風待がサラの奇襲により負傷を負い、緊急入院していた時分を。
「進一、お前に預けたいものがある」
ザコタはいつにもなく真剣な風待の声に足を止め、向き直った。
「俺のデータから創られた『ダイタニア』のプレイキャラ、それがお前だと、前に言ったな」
「……ああ」
何度も触れられたくない話題に、ザコタはつい苛立ちを隠せず短く返す。
「つまり、俺とお前のプレイデータは同期している。俺が使えるスキルはお前も使えるんだ。俺も然り」
「なんだと!?」
風待は驚くザコタを真っ直ぐ見据えながら静かに続けた。
「そして、電神もな」
「ッ!」
風待はザコタの驚く顔に満足したかのように、口角を上げ話す。
「だから俺の電神をお前に預ける。これからダイテンマオーの特性を言うから覚えておけ」
ザコタは自分に投げ掛けられる風待の言葉がやけにくすぐったく、居心地の悪さを感じていた。
「これからまた戦場に戻るお前にしてやれる、せめてもの手向けだ――」
(――風待は言っていた。俺にもヤツの電神が使えると……)
ザコタは聞かされた召喚詠唱の言葉をスマートフォンのメモを見ながら唱える。
「第六天より出て七海を統べる九頭の蛇神、来い! テンマオー!!」
天照から十分な距離を取った場所にダイテンマオーの馬型形態が召喚された。
ザコタは直ぐ様その直上へ飛行し、想い願う。
(そよを救ける手段を……そよを取り戻せる疾さを……俺にくれッ!)
彼は目を見開き、テンマオーの頭部目掛けてケンオーを落下させた。
「成れッ! 駿馬合体ッ!!」
ザコタの叫びに合わせて、人型の上半身へと変形したケンオーがテンマオーの頸部へとドッキングし、ケンタウロスの様な一体の電神へと姿を変えた。
ザコタは感動に浸る間もなく、直ぐまた天照の電神へ向け機体を疾走らせた。
それは、黒い疾風となり瞬く間に天照の懐に潜り込んだ。
『ッ!?』
(速い!)
ザコタは両腕を伸ばし、黒い電神から露出しているムラマサに手を掛け引き剥がそうとする。
「進一くんッ!」
「ぐおおお……ッ!!」
力の限り握る操縦桿から彼の意思が伝わったかのように、少しだけムラマサが動いた。
「う……っごいてぇえええーーーッ!!」
ムラマサのコクピット内でも、そよが奥歯を噛み締めながら操縦桿を力いっぱい引き絞り、ムラマサの脚部に魔力を送る。
『あなたも“そよ”狙いなのね?』
天照はムラマサを引き抜こうとするケンオーを、纏わりつく羽虫でも払うかのように拳を振り下ろした。
「進一くん! 危ないッ!!」
だが、振り下ろした先には既にザコタの機体はなく、また距離を取って遠くから天照を睨見つけていた。
『……ふん。スピードだけはあるようね……』
(……動いたぞ。そよは取り戻せる!)
ザコタの思考は難しい戦術を考えることを拒否していた。
ただ“そよを救える”という事実だけを呑み込み、辿り着いた行動思考は――引っこ抜く!
(こいつのことは《ケンマオー》とでも呼ぶか……!)
次の瞬間、ケンタウロス型電神――《ケンマオー》は、再び目に見えぬ速さでムラマサを引っ張るため地を蹴った。
ザコタが黒い電神の腹部に埋まったムラマサに、両腕に全出力を集め、引っ張る。
そして、そよも同じく魔力をムラマサに集中させ、また少しだが機体が動いた。
だが、直ぐ様振り下ろされる天照の攻撃に、ケンマオーは被弾しながらも再び後ろへと退いた。
ケンマオーは左肩から胸部にかけて鋭く深い裂傷を負っていた。
「へへ……。また“動いた”ぜ……」
火花散るコクピット内で、そう言いながら不敵な笑みを見せるザコタの額からは一筋の血が滴り落ち、彼の左眼を紅く染めた。
『…………』
天照はこのザコタの行動が何故か気に入らなかった。
理屈は分からないが、無性に神経を逆撫でさせる愚行として認識する。
『……無駄よ。そんな行動に、意味なんて存在しない』
「何度だってやってやるよッ! 俺ぁバカだからなぁッ!!」
(…………ありがとう、進一くん……)
そよは、ザコタが戦っている姿を、初めて真正面から見ていた。
逃げ場もなく、守られることもなく。
ただ、こちらへ手を伸ばすためだけに動く、その姿を。
(……でも、もう……)
何度目かの衝突のあと、ケンマオーは大きく弾き飛ばされていた。
地面を抉りながら後退する機体を、天照は追わない。追う必要がないと、理解しているかのように。
(……これ以上、見ていられない……ッ!)
その思いが胸に浮かんだ瞬間、そよは自分が何を選ぶかを、もう理解していた。
「ぜェっ! ぜェっ!」
ザコタは肩で息をしながら、尚も天照を見据える。
ケンマオーは各部の装甲は剥がされ、見た目にも動いていられるのが不思議なくらい、深刻なダメージを受けていた。
ザコタ自身、火傷や裂傷をあらゆる箇所に負っていたが、そよのことを考えるだけで、不思議と力が湧いてくる気がした。
ザコタにはもう、自分がどうなっているのかすら分からない。
ただ、その目だけは、最初から変わらず前方の一点だけを射貫いている。
(進一くん……やっぱり私……)
そよは胸が締め付けられるのを堪えるように俯いたあと、操縦桿を握る拳に力を込めた。
そよは目を閉じ、深く息を吸い込み愛しい者を脳裏に刻み込むように、思い返した。
(進一くん……大好き、でした)
(出会ってくれて、ありがとう)
(優しくしてくれて、ありがとう)
そして自分のこれからする選択が、ザコタの想いを無駄にすることだと分かっていても、彼女は決意した。
「進一くんッ!!」
そよは、コックピットの外のザコタにまで聞こえるように大声で叫ぶ。
「もういいよ進一くんッ!!」
そよが“もういい”と言った途端、天照の機体の動きが明らかに鈍くなった。それはザコタにも分かった。
『このやりとりにも流石に飽きてきたところだわ。そよ? 降参ね?』
天照がそよに「やれやれ」と言った感じで降参の確認をとる。
そよは天照の言葉が聞こえていないかのように、尚もザコタに向け叫ぶ。
「私に向けて刀を構えてッ!」
「ッ!!」
ザコタの体がビクと、一瞬震える。
「この攻撃なら必ず通ります! あなたの攻撃は、私の攻撃になるからッ!」
「…………」
そよのその一言でザコタはこれからそよがしようとしている事を全て理解した。
「ちっ……」
ザコタは小さく舌打ちすると、ケンマオーの両腕を前方に向け、その腕からブレードを出す。
それを見たそよが、その目を潤ませながら微笑む。
「……そう……そうだよ進一くん……それでいいの……ごめんなさい」
『そよ、あれは何? 降参のポーズならもう少し腕を高く挙げないと』
天照はザコタのとった行動の矛盾を、そよへ問う。
「やっぱり……あなたには分からないのですね……」
そよは天照の問いに答えなかったが、その答えはひどく哀れみの色を湛えていた。
「見ていてください天照。私の最後の一撃が、あなたを倒します……!」
ザコタはケンマオーの両ブレードに力を込めるとそよに向け叫び返した。
「俺はお前のものだ! 遠慮はいらんッ!!」
ザコタの声と想いが確かにそよまで届いた。そよは今にも溢れ出しそうになる気持ちと涙を堪え、奥歯を噛み締める。
「それとな! お前も俺のもんだッ!!」
「…………うんッ」
とうとう堪えきれず、そよの涙は決壊した。
大粒の涙を散らしながら、そよは唱える。その秘技を――
「《召喚転移》ッ!!」
『…………え?』
そよの声が夜空に響いたと思った次の瞬間、ザコタの両ブレードはムラマサを避け、その機体の数センチ横を通過し、天照の電神に深々と突き刺さっていた。
『コンマ一秒のラグもなく、移動、した?』
そよは自分ごと天照を突き刺すように言ったはずだった。だのに、ザコタの刃はそよから逸れていた。
自分が消えればザコタの苦しみも無くなると思っていたそよには大きな誤算だった。
「……進一くん、どうして……?」
目の前のムラマサと接触しているケンマオーの中に居るはずの、最愛の者にそよは問いかける。
「……何を驚くことがある? 言ったはずだ、お前を取り戻しに来た」
その言葉はいつものようにぶっきらぼうだったが、そよには特別な熱さが感じられた。
胸が苦しい。涙が止まらない。この気持ちをそよは何て表せばいいか、不謹慎にも思いついてしまった。
――嬉しい――
そよは、涙とともに、その日一番の笑顔の花を咲かせた。
『何でアンタの攻撃が刺さってるのよ!? 何度やっても同じよッ!』
天照は再びケンマオーを叩き落とそうと拳を振り上げた。
「いや違うな。今回は俺たちの勝ちだ」
ザコタは深々と刺さった両腕の刃をテコのようにして内側に向け倒す。そよもムラマサの脚に再び全魔力を送り込み踏ん張らせた。
そして、ムラマサは黒い電神の腹部から飛び出すように切り離された。
『あッ……! 雑魚のくせにッ!』
「ああ。よく言われる」
ザコタはそよの乗ったムラマサを小脇に抱えて一目散にその場を離れて行く。
天照はその後ろ姿を追うでもなく、ただ見ていた。
『……理解、不能……』
【次回予告】
[ザコタ]
あのバカ、
また簡単に捕まりやがって……
俺より強いんだから
自力で出てこいってんだ。
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第七十五話「天照の世界」
俺は全力でお前を否定してやるッ!
――――achievement[奪還]
※ザコタがそよを取り戻した。




