第七十三話「勇者」
金獅子の咆哮は、世界には届かなかった。
宇宙を仰ぐ飛鳥の目には幾星霜の星々が映っている。
焼け焦げた臭いが漂うコクピットで、レオンと二人、世界の意思の強さというものを、ただ実感していた。
『超次元電神ダイタニア』
第七十三話「勇者」
「飛鳥! 来るぞッ!」
「わかってるッ!」
目の前にそびえ立っ巨大な黒い電神の腕がゆらりと揺れ、間合いを見誤ったのではと勘違いしそうになる長いリーチの拳が襲い掛かってくる。
巨体のくせに、動きも俊敏だ。
飛鳥のリーオベルグは回避に専念し、中々相手の懐まで近づけないでいた。
『ふふ。わたしがちょっと手を出したらこんなもんよ。どお? 電神戦だって強いのよわたし』
黒い電神を制御しているのか、その巨体から《天照》の余裕ある声が響いた。
(ただ大きいだけじゃない……一撃がとてつもなく速くて、重い。一発ももらえないッ!)
飛鳥はリーオベルグの両肩の大型スラスターを駆使し、立体的な移動を試みる。だが、その動きを読んでいたかのように、天照は飛鳥に攻撃の糸口を与えない。
それだけではない。そよを人質に捕られているという負い目からも、飛鳥は本気で切り込みに行けずにいた。
(……そよさん……どうすれば……)
飛鳥は動きを止めずに、襲い来る敵電神の両腕のラッシュを、操縦桿を痛いほど握りしめ必死で躱し続ける。
そのことを不思議に思ったのか、天照が一旦攻撃の手を休め訊いてきた。
『ねえ、何で攻撃してこないの? さっきまでの威勢が嘘のようよ?』
「人質を捕っておいて、よく言うわね!」
飛鳥の語尾に怒りの色が混じる。
『人質? 人質って、このそよのこと?』
天照はしれっとそんなことを言ってくる。
「他に誰がいるのよ!」
『ふーん……』
飛鳥の大声を他所に、天照は何かを考えているようだった。
『ねえ、そよ? あなた、今どんな気分なの?』
「え……?」
そんな天照の問いに、ひしゃげたムラマサのコクピットからそよが戸惑いの声を上げる。
『ねえ、どんな気持ちか訊いてるのよ。教えてってば』
「わ……私は……」
天照は飛鳥に聞こえないように小声でそよに話しかけているようだが、飛鳥の耳にも微かに届くくらいの声量だった。
『ふふ……そうよね。怖いわよね。だって、生命があるんだもの。死んじゃうかも知れないんだものね』
「えくッ!?」
そよは天照の物言いに得体のしれない戦慄を覚えてその身を縮こませた。
『でも安心して? 誰も死なせないよう、データにして保存してあげる。データなら寿命は無いし、病気や怪我の心配もない。ずっと幸せのままでいられる』
天照はそう言いながら、自らが思い描く理想が、さも正しいかのような口調で電神を再駆動させた。
『だから、そこの金色に乗ってる二人も、データにしてあげる!』
黒い巨腕が左右からリーオベルグを掴みにかかる。
この隙を飛鳥は見逃さなかった。
飛鳥は素早い手付きでコンソールパネルをタップしていく。
直後、リーオベルグの肩のスラスターが後ろに向きを変え一気に噴出する。金色の電神は稲妻のように一直線に天照へ向け飛びかかった。
「飛鳥ちゃんッ!?」
『金色、動きが単調よッ』
一直線に天照へ向かったと思われたリーオベルグは、振り上げられた脚の隙間を胴体を捻るようにして掻い潜り、飛鳥は自らに伸し掛かる重力に押し潰されそうになりながら、ゲームで培ってきたマニューバーで黒い電神の胴部まで急上昇した。
黒い巨腕は先程までリーオベルグがいた場所で空を切り、その懐に飛び込んで来た機体の対処に遅れが出た。
リーオベルグは両手の二刀をムラマサの頭部が露出している胴体の左右に勢いのまま突き刺す。そして飛鳥は声の限り叫んだ。
「ふざけないでッ! データなんかにされて堪まるもんか!」
突き刺した小剣に力を込め、どうにかムラマサを取り出せないかともがき苦しむ。
だが、黒い電神と一体化したムラマサはびくともすぜ、リーオベルグの小剣は根本から折れた。
「飛鳥ちゃん! 危ないッ!」
そよの悲痛の叫びも空しく、飛鳥は天照に組み付きながら叫ぶ。
「……そよさんをぉ、返しなさいよおぉお……ッ!」
『あら? まだわからないの?』
天照は電神の両手でリーオベルグを掴もうと、その両腕を近づけた。だが――
「触るなッ! 私を……私たちを、いい加減舐めるのもそのくらいにしてッ!」
飛鳥の張った声に、天照は何故か言われたままにその手を止めてしまった。
計算不能の感情が割り込み、天照の思考を一時的に止めたのだ。
飛鳥は悲痛な声のまま続ける。
「私たちは……苦しかったり、痛かったり……」
飛鳥の喉が、ひくりと鳴る。
「嫌なことがあったら……逃げることだって、あるよ……ッ」
一瞬、言葉が詰まる。
「……でも、それでも――それでも前に進むのが、生きてるってことじゃないの!?」
飛鳥の後ろに立つレオンは目を閉じ、黙ったまま、電神への魔力供給にだけ専念する。
『……な、に?』
「あんただって……見たでしょ……?」
飛鳥は、歯を食いしばる。
「そよさんが……迫田君の名前を聞いた時の、あの顔……」
ゆっくりと天照の電神の両手がリーオベルグの胴体を掴む。飛鳥は尚も言葉を続けた。
「……そんな幸せを壊すあんたをぉ、私は絶対に赦さないッ! レオンっ!!」
「応ッ!!」
リーオベルグの両肩の大型バインダーからキャノン砲が迫り出し、黒い電神の手の中、ゼロ距離で発射された。
全身に伝わる衝撃と共に電神の手の拘束が解かれる。ひりつく空気をコクピットの内に感じながら、飛鳥は更に上空へと飛び上がった。軋む体が更なる重力により悲鳴を上げる。
天照の電神の頭上、遥か数十メートルの高さまで跳躍し、レオンと共に精神を研ぎ澄ませ、かの言葉を紡ぎ始める。
「宵闇の御子よ、神の御子らよ――」
『ッ!? あの言葉は!』
上空で両の拳を合わせ、高々と挙げるリーオベルグから聞こえてくる飛鳥の詠唱に、天照がいち早く反応する。
『また長い詠唱で大技を狙ってるんでしょうけど、そんなの発動前に潰しちゃえば――』
天照は直上にいるリーオベルグへ向け、一直線に跳躍した。
瞬間、目の前が弾けた。
「天照、動きが単調よ?」
『へ?』
黒い電神の目の前には、既に魔力チャージを終えたリーオベルグが両拳をその胴体に突き立てていた。
「《最終攻撃……超獣義牙》!!」
飛鳥の静かな叫びと共に、リーオベルグの両手に集束された魔力が臨界へ達する。
次の瞬間、内臓を裏返されるような衝撃が全身を貫き、黒い電神の腹部で白い閃光が弾けた。
「きゃああッ!」
そよは体勢を低くし狭いコクピットの中で衝撃に必死に耐える。
レオンが咄嗟にムラマサへ向け、《炎の壁》を幾重にも張り巡らせる。
炎は盾というより、必死に抱き寄せる腕のように、そよを包み込んだ。
ムラマサは黒い電神の胴体から露出し、元の姿の一部が見て取れたが、そのまま巨神と共に地面へと落ちていく。
天照の電神が落ちていく様を下に見ながら、飛鳥はぽつり吐き捨てるように呟いた。
「知らなかったの? 《最終攻撃》は詠唱要らないのよ?」
地に落ちた電神を追い、直ぐ様リーオベルグがその場に駆けつける。
「そよさんッ! 大丈――」
リーオベルグが機体に触れる前に、何事も無かったかのように、その電神は再び立ち上がった。
辛うじて腹部に攻撃が通った跡はそのままで、ムラマサの一部はまだ露出していた。
「そよさん! ハッチは開く!?」
飛鳥は間合いを取りながらそよに向かって叫ぶ。それを聴いたそよも必死に返してきた。
「ダメですー! どっかがつっかえてるのかな? 開きませーんッ!」
いつも穏やかなそよが必死の声を上げている。それだけで飛鳥の心も急いていた。
「ごめんッ! ごめんね飛鳥ちゃんッ!」
「……必ず、助けるから……!」
飛鳥は再び血で滲む操縦桿を強く握りしめた。
『ふぅ……。やられたわ。まんまとハメられたわよ……』
天照の声が黒い巨神から再び聞こえてくる。しかし、その声色は余裕あるものから少しずつ硬さを増してきていた。
「天照、人質を捕らなきゃ勝てないの?」
『ん? 勝つって何? ここであなたを倒すこと? でもそうしたら、あなた、死んじゃうでしょ? ……それは、したくないわ』
一瞬の沈黙のあと、天照はいつもの軽い調子を取り戻したように続ける。
『だからさぁ。おとなしくデータになってよ?』
「あんたまだ……ッ」
天照の人を馬鹿にしたような物言いに、飛鳥は苛立ちと焦りを覚えた。
『それに、もう勝負は着いたんじゃない? あなたの電神、もうそれじゃ戦えないわね』
見るとリーオベルグの両腕は先の至近距離での一撃のせいで前腕が消し飛んでしまっていた。
飛鳥は浅く息を吸い、震えそうになる指先を意志で押さえつけた。
冷静になれ――そう言い聞かせるように、精神を一点へと集中させる。すると、リーオベルグの前腕の在った箇所が光り、元の形状へと構成された。
「はあッ……! はあッ……!」
一気に息が荒くなり、額を伝う汗を腕で拭うと、飛鳥は変わらぬ鋭い瞳で目の前の電神を見返した。
(その能力……そう……。あなただったのね? 風待が後から追加したという希少クラス……)
天照は合点がいったと言わんばかりに飛鳥のクラス名を口にする。
『ふーん……わたしと同じ能力……。少し脅威かもね、《勇者》!』
天照の口調は変わらないが、今までより緊張を孕んでいるように聞こえた。
「……違う」
『え?』
「違うわ天照……私は勇者なんかじゃない……」
低く籠った飛鳥の言葉に天照は率直な疑問を浮かべる。
『どうして? 《素粒子書き換え》を行えるのは新クラスの《勇者》だけよ?』
「……違うわ」
『何が?』
「世界を救えるかどうかなんて、今はどうでもいい」
飛鳥は、ムラマサの露出した機体を一瞬だけ見やる。
『…………』
「私が救いたいのは――目の前にいる、そよさんだけ」
『それが、あなたの答え?』
飛鳥は小さく息を吸い、まっすぐに言った。
「ええ。だから私は――勇者じゃない」
『じゃあ、あなたは何だって言うのよ?』
飛鳥は迷いの無い瞳で口元に笑みを浮かべながらその問いに答えた。
「私は仙崎飛鳥――」
「ただの人間よ」
戦場に残っていた炎も夜風に当たり小さくなり、夜の色に染まる《祭壇》。
それでも白く残った正方形の領域と、奥にある建物だけは薄っすらと白く発光し、この壮絶な戦場に明かりを灯していた。
天照は飛鳥の言葉に思案する。
自分が知る《人間》とは、このような者だったのか、と――
(私が記憶している人間は、ヒトの死を嘆き、悔む、そんな存在だったはず。《死》とは《無》よ……)
損傷は見るに明らかなのに、未だ目の前に立ち続けようとする煤けた金色の電神を見やった。
(“あすか”と言ったかしら……《死》が怖くないの? あなたもボロボロじゃない。どうしてまたわたしの前に立つのよ……)
そう言えば人質がどうこう言ってたことを天照は思い出す。
(このそよって子が、あすかをここまで動かしてる? まひるも友達を救けるためにここまで来たと言ってたけれど……)
天照は処理しようとしても未だに解が出てこない自分に苛立ちを覚えた。
この“そよ”が何か鍵を握っているようだ。だったら今この“そよ”を手放すわけにはいかない!
天照の到達した答えは、至極浅いものだった。
『あすかと言ったわね! いいわ、決着を着けましょう? その電神、壊したらあなたももう戦えないでしょ?』
飛鳥は瞬時に気付く。天照に何かしらのスイッチが入ったことに。そしてそれは、逃げる事の出来ない本気の攻撃が来るということも――
飛鳥は一つ深く呼吸をし、何とか心を落ち着かせようとする。夜だと言うのにコクピットの中がやたら熱く感じる。
後ろから感じられる存在が無ければ、自分はここまで立っていられなかっただろうと、飛鳥は口には出さず感謝した。
「レオン、最後の一撃が来るわ」
「ああ。お前のことは私が全力で護る」
「ふふっ……悪いわね、付き合わせて」
「なんてこと無い。お前にもらった生命だ。好きに使わせてくれ」
「そう。でも、無駄使いはナシよ?」
強敵を前にして飛鳥は自分でもこんな軽口がきけていることに内心驚いていた。そして、恐怖心が小さいことにも。
あれ程母親が恋しく、寂しがっていた自分だったのに、今は母親に会えないことより、目の前の友人を救うことだけに集中できている。
確かな手捌きでコンソールをタップし、飛鳥は天照の電神を見据えた。
両腕で操縦桿を前に倒すと、全身のスラスターの出力を全解放したリーオベルグは金色の矢のように目の前の電神に飛び掛かった。
『ッ! 速いッ!』
天照は自らの腹部目掛けて射抜かれた金色の電神から、そよを守るように両腕を振り下ろす。
(やっぱ、速いな……)
リーオベルグは黒い電神に到達する前に、振り下ろされた両拳に叩き落とされた。
「がッ! はァっ!!」
叩き落とされたリーオベルグは地面を跳ね、火花を散らしながら転がった。
脚部がもげ落ち、警告灯が赤に染まる。それでも飛鳥は操縦桿を倒す。
守るように重ねられたレオンの炎を背に、金色の電神はなお前へ出た。
次の瞬間、リーオベルグは黒い電神の股下を潜り、その背後をとっていた。
『ッ!? 後ろに! まだやるのッ!』
胴体を反転させるのは流石に電神の強度がどれだけあろうと一瞬では出来ない。
天照は確かな危機を感じた。
飛鳥は確信した。自分の役目はここまでだと――
この一撃が多分、この世界で使う最後の技になるだろうことを。
振り向いた天照の右手が迫る。
だが飛鳥は、それを見なかった。
彼女の視線の先にあったのは――
白い敷地の外、静かに眠るひとつの“生命”だった。
二人の声が重なる。
世界から音は無くなり、スローモーションのように情景だけが流れていく。
『もらったわ! あすかッ!』
「《覚起》ッ!!」
次の瞬間、天照の手刀がリーオベルグの腰に突き刺さり、飛鳥は白い敷地の外へ、目覚めを告げるための腕を伸ばした。
『なッ!?』
攻撃を仕掛けるでもなく、ましてやこっちの攻撃を避けようともしなかった飛鳥に、天照が驚愕の声を漏らす。
リーオベルグはそのまま火花を散らしながら地面を転げ回り、動きが止まると、機体から細い煙が立ち昇り始めた。
『……あなた、チャンスだったはずでしょう?』
天照はまだ状況が飲み込めていないと言わんばかりに、飛鳥に対しての疑問ばかりが浮かび上がる。
『……理解できないわ』
『どうして、攻撃しなかったの?』
『“正解”を捨ててまで、あなたは何を選んだの……?』
天照の疑問が思考ログのように一気に吐き出される。
静まり返る夜に、音を立ててリーオベルグのコクピットハッチが開き、排気をしながらむせ込んでいる飛鳥がゆっくりと言う。
「そうね。これが私たちが掴んだチャンスよ」
飛鳥の声はむせ込みながらも、しっかりと熱を帯びていた。
天照が最後に飛鳥が放ったスキルの先に目を向けると――
――遠くで、何かが“呼吸を始めた”。
「……ん……。ッ!? 俺はッ!? そよッ!」
その声を聞き、飛鳥はようやく自分の役目が終わったことを実感した。
天照は強かった。
焼け付いたシートに座したまま宇宙を仰ぐと、幾星霜の星々が目に飛び込んで来た。
肌に触れる生暖かい夜風も、悪くない。
飛鳥はレオンが傍らで見守る中、そっと目を閉じ満足した顔で言った。
「……起きるの、遅いのよ。今度は私が、休ませてもらうわ、ね……」
天照は、答えを持たないまま、その光景を見下ろしていた。
【次回予告】
[飛鳥]
ふう。
ちょっと、疲れたわね……
迫田君、
繋ぎなさいよ……
次回『超次元電神ダイタニア』
第七十四話「取り戻す理由」
男の子の意地、見せてよね……
――――achievement[勇者]
※飛鳥のクラスが《勇者》で固定された。
[Data31:「温いタピオカ」]
がUnlockされました。
別項(投稿済作品一覧)の『超次元電神ダイタニア[Data Files]』をご参照ください。
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