第七十二話「金獅子の祈誓」
「王は、ここに在るッ!!」
「うおぉおおぉおおおーーーッ!!!」
飛鳥の号に応えるように百の雄叫びが戦場に上がった。
飛鳥はただ自兵に囲まれ、その中心でまっすぐ前だけを見据える。
天照という、視えない存在を射貫くように。
『…………』
天照は視覚としてではなく、その存在をデータとして実感する。
今この場にダイタニア中の火の精霊が一瞬で集まったかのようなデータ量の集積が、天照をわずかばかり混乱させていた。
(……何? この息が詰まるようなデータ量は……。あの人間がやったことだとでも言うの?)
天照は視覚のその先に立つ、炎の軍勢を統べる紅く染まった少女に焦点をようやく合わせた。
少女は今も尚、自兵に護られながらも兵を指揮し、数で勝る機械兵を次々に葬っていく。
「中央前進。敵を殲滅しつつ進め」
飛鳥の冷静で、そして淡々とした口調が剣戟の音に紛れながらも戦場に通る。
鋭い牙が機械兵の腕を噛み砕き、炎の爪が装甲を溶かし両断する。
「左右に散った敵を両翼から挟撃。一機たりとも討ちもらすな」
百の獅子は主である飛鳥の命令を遂行すべく、燃え盛る炎の中で更に火花を散らしながら機械兵を次々と蹴散らし、蹂躙し、着実に戦場最奥の建造物への距離を詰める。
ここまで飛鳥は右手に携えた大剣を一振りもしておらず、ただただ自らの意識内の魔力制御に追われていた。
(少しでも気を反らしたら、一瞬で意識まで持っていかれそう……ッ! 初めて成功した詠唱だけど、保ち堪えろッ)
己のMPがガリガリ持って行かれるのを肌で感じながら、飛鳥は歪む視界の不安を顔には出さず、奥歯だけを噛み締めた。このMP制御が崩れたらこの技も崩れ去る!
(今の私は、王! この戦場を正面から受け止められるくらい、泰然としてなきゃ……!)
大剣を握る飛鳥の右手に無意識に力が入る。今、彼女の全身から放出される魔力は自兵を指揮するのみに留まらず、戦場を覆う巨大な固有結界と化していた。
「はぁ……はぁ……ッ!」
『私の操作が及ばない? 機械兵、相手のデータをよこして』
機械兵は天照の声がけに反応せず、獣戦士の猛進撃に次々に打ち砕かれていく。
『データのインプットもアウトプットも出来ない……どうなってるの?』
天照は観測不能の現象が目の前で起こっているということだけをようやく認識した。
右手に握った大剣《百獣の王》――この奥義を象徴する王剣の柄が熱い。飛鳥はチラとその剣を見ると刀身が淡い炎の色で発光していた。
視線を前に戻そうとして、ふと気づく。その大剣の後ろに柔らかい熱が在ることに。
戦場の熱風がふわりと飛鳥の艷やかな黒髪を舞い散る火花と共に後ろに流す。
飛鳥は目を瞑りゆっくりと前を向く。意識は戦場に集中したまま、自らの後ろに立つ気配に想いを馳せた。
「……遅かったわね」
「済まない」
飛鳥の声に低く落ち着いた声が返ってくる。失ったと思っていたその声に飛鳥は全ての感情を持っていかれそうになるのを必死で堪えた。
「今頃、どうしたのよ」
「消えたつもりだった。だが……喚ぶ声が聴こえてな……」
飛鳥の後ろの大きな陰が次第にその輪郭をはっきりと現していく。その声色には少しばかりの戸惑いと、色濃い自責の念が滲み出ていた。
「……今の私は王よ。一々感動的に再会を喜んであげられる状況じゃないの」
「見れば分かる。強くなったな、飛鳥」
飛鳥は振り返らない。懐かしく温かい声色がどれだけ胸に響いたとしても、彼女は先の一点だけを見据える。天照に少しでも近付くために。
「王というのは、従者の前では涙は見せないものだぞ?」
「……ッさいわね、泣いてないわよ……ッ!」
飛鳥の瞳には戦場の炎が映り込んでいたが、そこから溢れ出た物言えぬ感情に、両の頬はしとどに濡れそぼっていた。
飛鳥の後ろに立つ大柄な男――レオンは静かに目を瞑り、その背に敬意を称した。
『超次元電神ダイタニア』
第七十二話「金獅子の祈誓」
戦況を見渡す二人の目に、前方で進軍が停滞している様子が映った。
目を凝らすと見るからに二周りは大きく硬いであろう機械兵の小隊が獣戦士の行く手を阻んでいた。
飛鳥は視線を前に向け、魔力の制御に集中したまま静かに言う。
「あなたに任せるわ」
「了解」
それだけ言うとレオンは勇往と渦中に飛び込んでいった。
レオンは両手剣を出現させ、その大剣を片手だけで華麗に振り回しながら敵陣を掻き分け、敵主力が奮戦する前線へと躍り出た。
五体の主力機械兵――機械将はレオンの姿を見ても気に留めることなく目の前の獣戦士を、その体格に物を言わせ消滅させていく。
機械将とレオンが対峙する。レオンも一九◯センチはあろうかという巨体だが、機械将は更にその二倍は巨大だった。
レオンは機械将を見上げ、静かに大剣を両手で構えた。
機械将がレオンに向けて小剣を振り上げ、勢いのまま振り下ろす。レオンは身を翻してそれを躱すと、相手の剣が大地に突き刺さる前にその柄を強靭な左腕で掴む。
「ぬんッ!」
レオンは力任せに剣を引っ張ると、敵の腕を肩の付け根からそのまま引き千切った。千切れた血管のようなチューブからオイルを撒き散らしながらその腕を地面に放り投げる。
敵の表情は分からないが、急に腕が抜けたからか、ガシャンと音を立てて倒れるその姿からは驚いたような様子が伺えた。
倒れた機械将の首元に大剣を突き立て首と胴体を斬り離す。
オイルが電流で焼け焦げた臭いにレオンは表情ひとつ変えずに低く呟く。
「まずは、一つ……」
残り四体の機械将も流石にレオンの存在を危険物と認識したようで、それぞれの手に持つ獲物を構え直しにじり寄ってくる。
レオンはジリジリと摺り足で距離を測りつつ、相手の武器と自分の大剣の射程距離だけでなく相性も見定めていく。
敵機械将四人の武器は、二刀のショートソード、戦斧、槍、そして、大剣だった。
飛鳥は助言も指示も出さず、ただ次の一手を静かに数えていた。
レオンは大剣を構えたまま、僅かに呼吸を整えた。
背中に感じる視線が、妙に熱い。
――任されている。
それだけで、十分だった。
四体の機械将が一斉に距離を詰める。
槍を宙に弾き、戦斧の軌道を潰し、横薙ぎの一閃で、二体の動きが同時に止まった。
残る二体が、瓦礫を蹴散らしながら突進してくる。
――来る。
レオンの足が散乱した機械兵の瓦礫に埋まり、一瞬だけ動きが止まった。
その瞬間を、飛鳥は最初から見据えていた。
「……《炎の矢》」
宙を舞っていた槍が弾かれ、それは“偶然”ではなく、“配置された答え”のようにレオンの手に収まった。
レオンはそれを勢いよく放り投げた。
槍は突進してきた機械将だけでなく、その後ろに居た大剣の敵将までまとめて貫く。
二体の胴体からオイルが噴き上がり、鈍い音を立てて後ろに崩れ落ちた。
レオンは投げた姿勢のまま残心し、そしてようやく顔を上げた。
「一つ貸しよ?」
背中に掛けられた不機嫌そうな声にレオンは苦笑した。
『……へぇ』
天照は私兵が一人の少女が作り上げた戦場によって無惨にも敗れたことに違和感を覚えていた。
普通ならヒト一人がどうこうできる状況ではなかったはず。どう計算してもこんな結界は算出できていなかった。
天照は、この計算不能な現象を、まだ感情として処理できずにいた。
機械将の小隊を瓦解させた後は早かった。
飛鳥率いる獣戦士とレオンは残りの機械兵をすぐさま始末すると、広大な白い敷地に静寂が戻った。
その場に元の白さは無く、機械兵の残骸で出来た黒い瓦礫の山が広がっていた。
暫くして、自らの役目を終えたと言わんばかりに飛鳥が召喚した炎の私兵は次々と火柱を上げ空へと消えていった。
その光景を飛鳥とレオンだけが静かに見上げ、見送った。
飛鳥がふらつき、レオンが直ぐに彼女の肩を支える。視界の端で、世界の輪郭がわずかに滲んだ。
――まだ、倒れるわけにはいかない。飛鳥は寄りかかるようにしてレオンを見上げる。
「大丈夫よ」
「……」
その蒼白な顔に滴る汗を見れば大丈夫ではないことは分かっているのに、彼女は己の感情を隠そうと虚勢を張る。飛鳥の悪い癖だ。
それに気付いているからこそ、レオンもそれ以上は何も言わず、ただ静かに彼女の身体を支え続けた。
やがて炎は消え去り、上空を覆っていた紅いドームもいつの間にか消えていた。
「……雑魚は片付いたわね」
「ああ」
もうこの場にこの二人を脅かす存在はいない。ただ一人、《天照》を除いては――
「今度は、消えないのね?」
「そうみたいだな。僅かに残った魔力でお前の大剣に宿っていたようだ」
「それでさっきの私の奥義の魔力放出で、またその姿になれた……?」
「多分、な」
「ふうん……」
二人はようやくたわいない会話を始める。
「……でも、また会えたのは、悪くないわ……」
「……そうだな」
「今度黙って勝手にいなくなったら、赦さないから……」
「承知した」
二人はそのまま暫く寄り添い合った。言葉を交わすでもなく、ただ静かに。
天照は本日二度目となる違和感を覚えていた。
(さっき他の場所でちょっとふれあった“まひる”とはまた違う異質な雰囲気がある……)
自兵の残骸で埋め尽くされた《祭壇》前のフィールドに立つ二人を観て、天照はまたも機械兵を差し向けるべきか逡巡する。
『ふっ……野暮ね』
天照は自嘲気味に、しかしどこか嬉しそうに呟いた。
『ねえ、あなた。“まひる”の探してたお友達でしょう?』
天照はよく通る声で飛鳥に向け声を掛けた。
「まひるさん!? 知ってるのッ!?」
飛鳥は突然天照の口から知人の名が出たことに驚き、慌てて視線を前方の神殿へ向けた。
『ええ。さっきちょっと会ったわ』
「……まひるさんが、来てる……ここに……!」
『あなたたちも中々に興味を引かれたわ。ダイタニア中の炎の精霊を一箇所に集めるなんて、あなた、“ハイエレメンタラー”?』
その天照の問いかけに、飛鳥はただ一言、「ただの“戦士”よ」と答えた。
『戦士!? 戦士があんな強力な精霊魔法使えるわけないじゃない? 冗談も大概に――』
「だったら、あなたが知らないだけかもね。まだこの世には、プログラムの隙間を突いて出来ることがたくさんあるわ。それを探すのが、楽しいんじゃない!」
飛鳥は口元に笑みを称え、天照の声がする方を見上げる。
『……わたしが、知らないこと……』
「どうやらあなた、全知全能ってわけじゃなさそうね? さあ、捕まえたそよさんを返しなさいよッ!」
飛鳥のその言葉に、確かなノイズを感じ取り、天照は黙った。
少しの静寂のあと、神殿が一瞬白く発光したかと思うと、その場にはそよの姿があった。
「あれれ?」
そよは地面に腰を下ろし、何が起きたのか分からないといった様子で辺りをキョロキョロと見回した。
それを見つけた飛鳥が遠くから大声で呼ぶ。
「そよさーーーん!!」
「あ! 飛鳥ちゃんじゃないですか! どうしてッ!?」
飛鳥もそよも地球から遠く離れた次元の地で、こうして再び顔を見て、声が聞けたことに、心の底から安堵した。
『コレが、あなたたちの言う“そよ”ね?』
思いの外、天照がすんなりそよを解放してくれたことに拍子抜けするも、飛鳥は感謝せずにはいられなかった。
「そう! そうよ! そよさんッ! 起きなさいよ迫田君ッ! ありがとう天照!」
『……そう』
感動の再会の声が上がる中、天照は心が冷えていくのを感じた。もし、心が有ればの話だが。
「えーと……あの、飛鳥ちゃん? 進一くんも、来てるんですか?」
そよが飛鳥の言葉に反応し、少し震える声で恐る恐る訊き返す。
「来てるも何も、さっきまで大変だったんだからあ! そよはどこだー! 返せー!って。あまりに煩かったから寝かせちゃった。そこら辺に転がってるんじゃないかしら?」
それを聴いたそよは、まだ座った
ままの体勢ではあったが、感極まり更に腰が上がらなくなってしまった。
「あ……あは、あはは! 進一くん、進一くん……! 来てくれた……ッ」
両の手の甲で涙を擦るも、その歓喜の涙は止め処無く溢れてくる。
『……ふふっ』
天照は急に笑いが込み上げてきた。そうだ。生物というのは、こうあるべきなのだ。
笑って、愛し合って、幸せを喜んで――
“悲しみのない世界”の実現にはやはり『死』は不要。だからこの世界に、《人間》は居てはいけない。
『《素粒子書き換え》……!』
天照が低く呟く。
それは物質を素粒子に戻し、新たに別の物質へと変容させる能力。
《勇者》に与えられたものと規模は違えど、同等の能力だった。
飛鳥がそよの元に辿り着くより先に、地面に散乱していた機械兵の残骸がそよの周辺へと磁力にでも引き寄せられるかの様に集まっていく。
「あやややッ!?」
そよもその異変に身の危険を感じたのか直ぐ様電神の詠唱を始めた。
「……来て来て来て来て! 《ムラマサ》!」
瓦礫の渦に呑まれるより先に、そよは自ら召喚した電神のコクピットへと移った。
「ふぅッ。よーし! 進一くんのところまで一気に――」
だが、そよが一息つく間もなく、ムラマサの周囲に瓦礫は尚も集まり、ムラマサの足下から機体を覆うように這い上がって来た。
「へっ!? あー! ダメですー!」
そよの素っ頓狂な声が上がるも、瓦礫はあっと言う間にムラマサを呑み込み、三十メートルはあろうかと言う高さに積み上がった。
そしてその機械屑の山が次第に巨大な人型へと変形していく。
「あう……ッ! 刀が、抜けない……ッ!」
コクピットは押し潰されず辛うじて無事だったが、完全に制御を奪われ巨大電神の一部と化してしまったムラマサにそよは必死に話し掛ける。
「どうしてッ!? 進一くんが来てくれたんだよ! 動こうムラマサっ!? 動いてよおーーーッ!!」
そよの悲痛な叫びが無惨にも夜の闇に塗り潰される。
「……あぁ……そよ、さん……」
「飛鳥、下がれ!」
目の前に居たはずの友が瞬く間に瓦礫に呑まれる光景を見て、飛鳥は恐怖を感じるより先に、得も言われぬ絶望を感じていた。
呼吸すらも忘れた乾いた唇は、発する言葉を忘れたかのように動かなかった。
(私が、もっと早くそよさんの下に駆けつけていたら……)
「飛鳥ッ! 私たちも電神を喚ぶんだ!」
音が、遠い――
音が歪んでそれが誰の声なのか、それとも別の音なのか今の飛鳥には判断しかねた。
レオンは飛鳥の首根っこを掴み、自らの前に引き寄せる。
「……え?」
「聞いてるのか、飛鳥ッ! しっかりしろ。お前は《勇者》だろう? 《リーオベルグ》の魔力供給は私に任せろ。お前はお前の想いだけを目の前の相手にぶつければいい!」
レオンの檄に次第に飛鳥の瞳に色が戻り、焦点が合ってくる。
キッと唇を噛み、口端からは一筋紅い雫が零れ、乾いていた唇を濡らした。
「……迫田君、まだ起きない……まったく、今起きないでいつ起きるのよ……」
飛鳥は、その紅い雫を親指で拭うと、両の拳に力を込めた。震える手を無理矢理鎮めんとばかりに。
飛鳥は電神召喚のための詠唱をいつもより早口で紡いでいく。
「――我が呼び声に応えてその姿を覧せよ! 《獅子王召喚》ッ!」
紅い召喚紋から炎が立ち昇り、その炎を掻き分けるように金色の電神がそびえ立った。
「はあぁー……ふぅー……」
飛鳥は目を瞑り、深く深呼吸をする。
いつもより後ろに沈んだシート。コクピットには飛鳥の後ろにレオンが立ち、二人して電神の起動を急ピッチで進める。
飛鳥は震える手で操縦桿を掴み、ようやく冷たい汗をその手のひらで感じとった。
「魔力コネクトした! 供給よし!」
「振り落とされないようにしっかり掴まってなさいよ……」
金色の頭部のダクトから放射状に炎を排気するリーオベルグ。
その姿は、紅い鬣を纏った金獅子のように雄々しく、荘厳だった。
「……そよさん、ちょっと待っててね。今救けてあげるから……!」
目の前には黒く凶々しく形成された大型電神が佇んでいた。
その全高差は十五メートルはあるだろうか。重厚なフォルムのそれは、神話の死神を彷彿とさせた。
『あなた、早く元の世界に戻るべきだったわ……!』
静かだが、確かに熱の籠った天照の声が、炎に紅く照らし出された夜に、新たな闘いのゴングを鳴らした。
【次回予告】
[飛鳥]
実は私の《超長詠唱》、
第一話から出てたの気づいてた!?
ただの厨二病の厳つい獣人が暴れてただけ?
それは、そう……。
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第七十三話「勇者」
私は、勇者じゃない……!
――――achievement[金獅子の祈誓]
※飛鳥が《レオン》と再会を果たした。




