第六十八話「救いたい想い」
誰かの足音があたしに近づいてくる。ゆっくりと、でも確かな足取りで。
「まひるちゃん、立って?」
そう言ってウィンドはあたしにそっと手を差し伸べてくれた。
あたしは泥で汚れた手を見つめ、再びウィンドの顔を見る。
「こんな所でもたついてたら、それこそここの人たちの“痛み”に気付けないよ?」
そう言ったウィンドは眉根を深く寄せ、無理やり笑顔を作ろうとしているように見えた。
「……うん」
あたしはその優しさが心に染みるのを感じた。それと同時にこみ上げてくる感情が涙として溢れ出す。
――ああ、あたしはもう一人で立つ力なんて、最初から持ってなかったんだ。
差し伸べられた手を掴み立ち上がると、先程あたしの手をすり抜けて消えてしまった子の、あの悲痛な顔が思い出された。
あたしはそのままウィンドの胸に顔を埋めて泣いた。
「……あたし、天照に、間違ってるって、言い返すことができなかった……! 結局あたしは、口先だけで、誰も救えてない……」
シルフィも風待さんも、ただ静かにあたしとウィンドの様子を見守っていた。
まるで、ウィンドにあたしの心を癒して欲しいと言わんばかりに。
「そんなことないよ。まひるちゃんのやり方は、間違ってなんかいない。けど……」
そう言ってウィンドはあたしをギュッと抱き締めてくれる。
あたしはその優しさに真っ直ぐ向き合うのが情けない気がして、そっと顔をウィンドから逸らす。
そんなあたしの頭をウィンドが優しく撫でてくれる。
と、思っていると、急にウィンドはあたしの頬を両手で掴み、自分に向けさせた。
「ッ!?」
あたしは一瞬、何をされているのか理解できず目が点になる。
そして、彼女の指が微かに震えていることに気がついたんだ……
「まひるちゃん、何様!?」
ウィンドはにっこりしながらそんな質問をあたしに投げかけてくる。
「へ? いや、あの……」
予想もしていなかった彼女の質問に思考が追いつかない。
上手く答えられずあたふたするあたしにウィンドは更に言葉を重ねる。
「まひるちゃんは会社員で、ゲームやお料理が好きで、女の子らしいお洒落がちょっと苦手な、何処にでもいそうなただの女の子でしょ?」
ウィンドのいつになく真剣な表情に思わず息を呑む。
「ふぁ、ふぁい」
ウィンドに両頬を押さえつけられたままあたしは生返事をする。ウィンドの瞳は静かに、あたしに訴えかける。
「どうして自分一人で全部背負い込もうとするの? まひるちゃんはどっちかと言うと守る側より守られる側が似合ってる……風子にとってはヒーローだけど、誰にとってもヒーローになるのは、難しいと思う……」
ウィンドはそこまで一気に言うと言い過ぎたと思ったのか「ごめん」と一つ言ってきた。
それを聞いていた風待さんとシルフィもあたしに声を掛けてきた。
「ウィンド君の言う通りだ。今回の天照のデータ化を防げなかったのは、相川さん一人の責任じゃない。一緒に戦ってきた俺たちも同じ気持ちだ。なあ?」
「はい。風子さんが言われたように、あなた一人が責任を感じて欲しくはありません。私たちと、責任と痛みを、分かち合ってください」
「……風待さん……シルフィ……」
「こういう言い方は余りしたくはないが、確かに今の俺たちにここの住人を物理的に救える手段はなかったかも知れない。悔しいが、天照がデータ化したお陰で彼らの安全が保証できるなら……」
「はい。天照のやり方はとても合理的ですが、美しくありません……私は、まひるさんのような真心ある救済でこそ、救われて欲しいと願ってしまいます……」
二人にそこまで言われた。言わせてしまった。
あたしは別に自分の力に自惚れていたわけじゃない。あたしの手の届く範囲で、掴める手があるなら掴みたかっただけなんだ。
でも、その手はあたしの手をすり抜けて……
またしみったれた顔をするとウィンドが溌剌とした笑顔を向けてくる。
「ね? まひるちゃんは自分で思うより強くない。でもね、その心の奥には誰にも負けない“優しさ”があることを風子たちは知ってる」
「ウィンド……」
「一緒に強くなろう? その優しさを捨てる必要なんてない。いつの日か、優しさは無力じゃないって思えたら、素敵だよね?」
その言葉にあたしの心が少しだけ軽くなるのを感じた。
そして、あたしは自分の頬を挟むウィンドの両手を優しく握り返すと、微笑みながら言った。
「……うん。あたしなんかが、どこまで出来るか分からない……でも、もっと強くなりたい。差し伸ばされた手を、離さないくらいに……!」
あたしがそう宣言するとウィンドは満足そうな笑顔を見せながら手を離した。その笑顔にまた心の奥が熱くなるのを感じた。
そんなあたしたちのやり取りを見ていた風待さんが切り出すように声を掛けてきた。
「さて、そろそろこれからの事を考えようじゃないか? もう日が暮れる……」
そう言って風待さんの視線が見上げる。
そこにはいつの間にか夜を迎え入れる準備ができた朱色の空があたしたちを包み始めていた。
『超次元電神ダイタニア』
第六十八話「救いたい想い」
ゲームの中――電脳世界ダイタニアに来てから初めての夜。
辺り一面星空のカーテンに覆われ、星座に詳しくないあたしでさえその見事な目映さについ空を見上げてしまう。
夜の澄んだ空気が昼間の昂ぶった心を外側から冷ましてくれているようだ。
「はあ……」
あたしは無意識に小さなため息をついてしまった。
「あー、まひるちゃん!? ため息つくと幸せがひとつ逃げていくんだよね?」
隣に座っていたウィンドには聞こえてしまったのか、すぐさまそんな言葉が返ってくる。でも、その顔はほんのり笑ってくれていた。
「うん。ごめん」
あたしは以前ウィンドたちに言ったことを、彼女自身から言い返されてしまったバツの悪さに、眉をしかめて笑ってみせる。
「まひるちゃんの最大の武器は笑顔なんだから。折角の可愛い顔が勿体ないよ?」
唐突にそんなことを言ってくるウィンド。あたしは照れて言葉が上手に出なくなる。
「あ、あたしなんて、全然っ! 可愛いってのはウィンドたち四精霊や飛鳥ちゃんみたいな子たちでしょ!?」
あたしの言葉を聞くとウィンドは横を向き、その先のシルフィと風待さんに流れを振る。
「だって? まひるちゃん、可愛いよねぇ?」
「はい。とても愛らしい方だと思っております」
「!? あ、ああ……」
シルフィは何の疑問も持たず、風待さんにいたっては無理やり言わされた感じで頷いてくれた。
「ほらー!」
ウィンドが満足気にまたあたしに視線を戻す。
「もう、ウィンド! 大人をからかわないのっ!」
あたしは何故か赤面し、顔を横に逸らす。
すると、向かいに座っていたシルフィと風待さんの方からも笑い声があがった。
夜だと言うのに、ダイタニアに吹く夜風は生暖かいこと……
あたしは上気する顔を見られたくなかったので、瞬く星々にだけ、その顔を見せてあげた。
今夜、あたしたちがキャンプを張ったのは先の荒野から少し行った湖畔。周りからの見晴らしもよく、モンスターからの襲撃にも備えられる、休むには最適の場所。
ウィンドが半球状に《風の衣》をシールド兼テント代わりに張ってくれて、あたしたち四人はそこで今日一日の疲れを癒していた。
「さて、ダイタニアに来て初日だってのに、いきなり色々あり過ぎた一日だった。疲れたが、何も無いよりはずっといい。何より――」
そこまで言って風待さんがあたしとウィンドの顔を優しい眼差しで見る。
「こうしてまた、まひるちゃんと会えた……」
ウィンドがそれを受け、瞳を閉じてしっとりと応える。
「……うん」
あたしもついウィンドに慈しむような眼差しを向けてしまう。心が、今確かに温かい……
「今日あったことを一つひとつ整理して行こうか」
風待さんが先だって進行役を務めてくれている。流石は企業の社長さん(正確には代表取締役)と言ったところだ。あたしは司会とか苦手だから正直助かる。
「まず、シルフィ。あの地下で起こったことを教えてくれないか? 俺は単独行動もしていたし、相川さんよりこの世界の事情にも詳しいだろう?」
そう風待さんに振られ、シルフィは一瞬ハッとした表情をするも、直ぐにいつもの落ち着いた顔に戻り、ゆっくりと話しだした。
「そうですね……。まず、私の身に起こったことから話します。あの地下には巨大な《精霊溜まり》――『ダイタニア』のゲーム用語で言えば《精霊の泉》がありました」
そう。あたしに再契約させようとシルフィが色々頑張ってくれたあの大きい《精霊の泉》。今思い返せば不思議な出来事の連続だった。
「私は最初、まひるさんの再契約に繋がればと思い、そこに居た精霊との対話を試みました。
ですが、精霊たちは“まひるさんは既に契約済みだ”と言う。
まひるさんは、元々の精霊たちとまだ契約が切れていなかったのです」
風待さんもシルフィの話に聴き入り、黙って頷くだけで話の腰を折るようなことはしなかった。
あの時、契約が切れていないとシルフィから言われて、ものすごく胸が高鳴ったのを覚えている。また会える望みが見えてきた、って――
周りで鳴いている虫が奏でる音だけが、今のこの場の唯一の音だった。
シルフィの静謐な口調も相まって、とても神聖な時間に感じられた。彼女は続ける。
「ならば、私自身が媒体、または引き金となってまひるさんに元の精霊を喚び戻せないか、私とまひるさんの契約を試みました。そうしたら――」
ウィンドもここまでの流れを理解しているのか、何故か得意げにうんうんと頷いている。
「私が精霊と契約していました。風の精霊です」
「ふぅむ……」
風待さんは目を細め、短く息をつく。
「データであるはずのお前が精霊と契約、か。……恐らく、存在の比重が《プレイヤー》側に傾き始めているんだろう。
この『ダイタニア』は“願えば力になる”というランダムで不確定な要素をプログラムに取り入れているからなあ」
あたしはその言葉を聴いて改めてハッとした。
風待さんが言うように、やっぱりこのダイタニアは“想いが願いに。願いが力になる”世界なんだ。
それがたとえプログラムされたものだったとしても、あたしにはとてもロマンチックに思えた。
だって、そのお陰でまたこうしてウィンドに会えたんだとしたら、こんなに素敵なことはない。
「シルフィの相川さんを守りたいと想う願いが、“精霊との契約”という新しい力を与えてくれたのだろう。あの《バリオスの門》の顕現だってそうだ。正直アレには度肝を抜かれたぞ!?」
風待さんがオーバーにおどけてリアクションをとってくれてるのに対し、シルフィは「頑張りましたから」と一言サラッと真顔で返す。
あたしはシルフィを見て「ありがとシルフィ」と言うと、彼女は柔らかい笑顔を返してくれた。
「それが、今回のウィンド君の再顕現にも繋がったんだな……」
「はい。恐らく。とても濃く純度の高い精霊が集まっていましたから。でも何より――」
今度はシルフィが夜の静けさを纏いながらあたしの顔を見て柔らかく微笑む。
「まひるさんの想いが大きかったから……」
「あたしの?」
その言葉を聴いた瞬間、ウィンドがあたしの腰に抱きついてきた。
「わわっ、ウィンド……もう……ふふ」
お腹に顔を埋めて擦り寄ってくるその仕草が、猫みたいでくすぐったい。
胸の奥まで温かくなる。
「……まひるちゃん、ありがと……風子のこと、愛してくれて……悲しんでくれて……また会いたいって……そう願ってくれたから……わたし……また……」
言葉が涙に溶けて、最後はうまく続かなかった。
ウィンドは顔をあたしに埋めたまま、静かにすすり泣いた。
あたしの服に染み込むウィンドの涙が、熱い……
あたしが記憶を失くしていなければ――
ウィンドを、こんなふうに泣かせずに済んだのかな。
そんな“もし”が胸の奥で小さく疼いた。
思い出せないという事実が、あたしの胸を静かに締めつける。抱きしめてくる腕の温かさが、その痛みをゆっくり広げていく。
あたしは贖罪をするかのように、その頭をそっと撫でる。
「……ウィンド。こちらこそ、だよ……」
本当にまた会えた。また、こうして柔らかいこの子の髪を撫でてあげられてる。
嬉しくて堪らないはずなのに、あの時のとてつもない喪失感が、まだあたしの胸の奥をチクチクと刺す。
ウィンドの両肩を掴み、彼女の顔をあたしの正面に向かせる。
案の定、その瞳は綺羅びやかに潤んでいた。少し胸を痛めながらあたしは彼女に言う。
「ウィンド、もう絶対に離さない……! 他のみんなにも、絶対に会おう!」
あたしの目を真っ直ぐ捉え、ウィンドはこの夜空に瞬く星々を湛えたかのような瞳で力強く頷く。
「うん! 絶対!」
あたしたちはお互いの瞳の奥に燃える炎を見つめ合い、決意を新たにした。
あたしたち二人の空気に、静かに笑う気配が混ざった。
「……仲がいいな」
風待さんの言葉に、シルフィも小さく頷く。
我に返ったあたしは、思わず姿勢を正した。
「ご、ごめんなさい。続けましょう」
あたしは少し慌てながら次の議題へ移ってくださいと言わんばかりに両手を差し出す。
《光源》のスキルで炊いた焚き火の柔らかい橙色に包まれた湖畔で、あたしは今“風の魔力”を右手に集中している。
シルフィが“ウィンドが戻ってきたのなら風のスキルが使えるようになっているのではないか”と言うので、試しに湖面に向けて《風の刃》を唱えてみる。
すると見事に風の刃が生成され湖面に水飛沫が立ち上った。
割れた湖面はすぐにまた元の穏やかさを取り戻すが、あたしの心は少し複雑だった。
実際、生身の体で放つ攻撃スキルはゲーム内と違って大きな恐怖心を孕んでいる。
あたしは戻ってきた力を受け入れると共に、その力に対しての責任の念を改める。
「……よし。まずは風のスキル復活、だね。あ! そうだウィンド、預かってたもの、返すね?」
「ん? なに?」
あたしは意識を集中してアイテムボックスから“ウィンドのボーガン”を生成した。
「ありがとうウィンド。この弓が、あたしたちを繋いでくれたんだよ……」
あたしが差し出したボーガンにウィンドがそっと手を伸ばす。すると、ボーガンはエメラルドグリーンの粒子となり、そよ風が吹くようにウィンドに吸収され、その姿を消した。
ウィンドは目を瞑り何かに思いを馳せているようだった。
「…………うん。そんなことが、あったんだね……まひるちゃんを守ってくれて、ありがとう」
そしてゆっくりと目を開けて、あたしの顔を見て微笑んだ。
「うん。確かに受け取ったよ」
それはきっと、ボーガンのことだけじゃなくて、あたしの想いとか、色々なものを受け取ってくれたのかな、と少し自意識過剰に想像したりして、あたしは少し照れながらも笑顔で返した。
それから《勇者》の能力で念じて夕飯を顕現させることに成功した。
この能力について少し解ったことは――
“自分が持つイメージが強くない物は作れない”
“自分の為には作れない”
“対象が他人に向いている場合、自分のものも含めて作れる”
何度か試してみて、ようやくあたしはみんなの夕食を創り上げる事ができた。
私が「何々食べたい」という想いでは作れず、あの人に「何々食べさせたい」と願うことによって料理は顕現した。
だから創れる料理は必然とあたしが作ったことのある料理に限られてしまう。
料理するの好きで良かった〜。まだ暫くはレパートリーには困らないよね。
そんなあたしが創り出したバターロールとビーフシチューをみんなで囲みながら賑やかな夜は続いていく。
「天照とこの世界の現状について、俺の推察を話しておくよ。ちょっと長くなるかも知れないが……」
風待さんがパンを頬張りながら、「おかわり頂けるかな?」と空になったシチューの器を渡してきながら話し出す。
あたしは美味しそうに食べてもらえるのが嬉しくて、快くおかわりをよそってあげ返した。
「前に新宿でシルフィたちに襲撃された時、相川さんたちをまとめて俺の実家に転移させたことがあったね。あの時親父から俺とSANYのことはどの辺りまで聴いたかな?」
風待さんの問いにウィンドが答える。
「んーと、風待さんが大学生時代に部活でお友達とSANYを作って、そのSANYを実装したのがVRゲーム『ダイタニア』。それで、ザコタ君とそよちゃんはもしかしたら、それに巻き込まれてしまってるんじゃないかって心配してたよ」
そのウィンドの答えに風待さんが頷く。
「うん。概ねその通りだな。で、そのSANYの最初のテストプレイヤー、浅岡陽子さんのことは、何か聴いたかい?」
ウィンドはチラとあたしの顔を横目で見て、あたしは軽く頷く。あたしも、この件にはしっかり向き合うべきだろう。そうウィンドから意思を受け取り口を開いた。
「……はい。風待さんの彼女さんで、在学中に病気で亡くなられた、と……」
あたしは風待さんの目を見られず、俯きがちに答えた。
風待さんの周りの空気が一瞬張り付くように感じたので、あたしはそのまま俯き、風待さんの言葉を待った。
「……うん。親父め、初対面の人にそんなことまで言ったのか……」
そう言う風待さんの口調はどこか少し呆れたようで、でもどこか嬉しそうだった。
「いや、まあ……親父らしいな。話も早いし、助かる」
そして風待さんは少し考えるように間を置き、話を続けた。
「単刀直入に言おう。そのSANYを作っていたスパコンが千葉理大の《天照》。そして、浅岡陽子さんの意思と融合してしまったのが、今のここの管理AI“天照”だ」
「え!?」
その言葉が落ちた瞬間、
湖畔の焚き火の音すら遠のいたように思えた。
あたしたちは思わず顔を上げて風待さんの顔をまじまじと見てしまった。
ダイタニアの管理AIが、人の想いと融合してしまってる!?
その事実にあたしは戦慄した。
そんな大変な事態なのに、風待さんはいたって冷静だ。きっと既に知っていたんだろう。この《天照》の真実を。
その事を話そうとしたのか、風待さんが口を開くより前にシルフィが声を上げた。
「そして、浅岡陽子さんの記憶は元のSANYにも遺っていました……そこから別れ、彼女の記憶と容姿を半分ずつ引き継いだのが私と、そよさんです」
シルフィは答え合わせを申し出るかのように、風待さんの顔を見る。
「そうだな……」
風待さんは口角を少し上げながら穏やかに答えた。
「シルフィ、例えばの話だが、お前とそよ君が再び融合して元のSANYに戻ることは可能なのか?」
風待さんもそうさせるつもりは毛頭ないのだろう。いつもより声のトーンを落とし、少しだけ申し訳なさそうにシルフィに訊いた。
「……それは、不可能です。私とそよさんはもう、それぞれの個として存在がこのダイタニアに定着してしまっているでしょう。ですから、この世界を管理するのは、今は天照以外にはいません。残念ですが……」
シルフィは悔しそうに少し俯きながらそう話す。
あたしは、その二人のやりとりをどこか呆然と眺めていた。
焚き火の音だけがパチパチと乾いた音をこの沈黙に落としている。
風待さんの恋人だった浅岡陽子さん。その人の想いをAIが学習して、今もこの世界を守ろうとしている……
あたしは、そんな天照に異を唱えるべきなのだろうか――
「でも、勘違いしないで欲しい」
風待さんの声がさっきまでとは真剣さを増して、あたしの思考を遮った。
「天照にはたしかに陽子さんの意思も残っている。陽子さんはこのVRの世界を“悲しみのない世界”にしたいとよく言っていた。天照も同じ気持ちで今もこの世界を管理しようとしてるんだろう……」
風待さんの言葉に、シルフィが頷く。
「だが、天照のやり方に彼女のような温かさはない。根本的に彼女とは、いや、俺たち人類とは生命に対する倫理からして違うんだ」
いつも飄々としてきる風待さんが、生命のことに対してはこうも真剣になる。
焚き火の光が風に揺れて、あたしの瞳に小さな星を灯す。
「すぅ…………ふぅ…………」
あたしは一つ深呼吸をした。
夜の澄んだ空気が血流に溶けて、難しい話の連続でこんがらがったあたしの頭をほぐしてくれるような気持ちになる。
あたしはこんな風待さんを見るのは初めてだったし、その理由が亡くなられた彼女さん――陽子さんのことが原因なのだとしたら、それはとても……
そう思ったら心の奥底から言葉に出来ない感情が湧き上がって来て、あたしは思わず――
「……救けよう。この世界も、天照も……」
そう口に出していた。
三人は突然なその言葉にしばし驚いてるようだったが、あたしは構わず続ける。
「天照は陽子さんの想いが遺したAIなんですよね? だったらきっと、その想いは、陽子さんは、今の天照を見たらきっと悲しむと思う。
あたしは話でしか伺ったことないけど、陽子さんがとても温かい人だったというのはお父様や風待さんの言葉から察せます。
このままじゃ、風待さんだって……ッ!」
あたしは余計なことまで言いそうになっていた自分の言葉にハッとしてそこで口を噤んだ。
“風待さんだって前に進めない”?
あたしにそんなことを言える資格なんて……
「……ごめんなさい。知ったふうな口をきいて……」
あたしは恐る恐る風待さんを見る。すると、風待さんは両目を瞑り、ゆっくり開くと、やはりこれも今まで見たことないような柔らかい笑顔で言ってくれたんだ。
「ありがとう相川さん。君は、強いな……」
それだけ言うと、彼はその言葉に自分でも照れたのか、一つ咳払いをして明後日の方を向いてしまった。
「明日からは、引き続き皆の捜索に加え、天照を改心させこの世界を何とかもとに戻す! そういう方向でいいかな?」
「はい」
「うん!」
彼の言葉にシルフィとウィンドが間髪入れず賛同する。
「よし! 今日はこのくらいにして、寝るか!」
「あー、風待さんは向こうにもう一つテント作ったからそっちね?」
「あ!? ああ! 勿論だな。ありがとうウィンド君っ」
「……当然ですよ、風待」
二人の笑い声と一人のジト目を横に見ながら、激動の一日が賑やかに更けていった。
「………」
あたしはというと、何故か熱い頬を両の掌で包み込んで、高鳴る胸の音に聴こえないふりをし、星を見るわけでもなく、ただ呆けて夜空を見上げていたのだった。
【次回予告】
[ウィンド]
やっほー! ウィンドこと風子だよ!
風子がいなくて寂しかったでしょ?
でも、またこうして会えた……
みんな、ありがとうッ!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第六十九話「向かうべき場所」
まひるちゃん、だぁい好き……




