第六十七話「導く追い風」
ダイタニアのキャノピー越しに、あたしたちは静かに視界を確かめた。戦闘の余韻はまだ冷めやらぬまま、砲撃の光が残した焦げた匂いが空気に漂っている。
ダイタニアの残光が消えるたびに、あたしの心は少しずつ冷えていく。
「……こんな力、本当は欲しくなかった……」
その呟きは誰にも届かない。
けれど、シルフィがそっとあたしの手を握り、微笑んだ。
「でも、あなたの願いが、みんなを守ったのです」
あたしは小さく頷いた。
それでも、胸の奥に残る痛みだけは消えなかった。あたしはシルフィに問いかけた。
「まだ、この世界は救えるのかな……」
「……まひるさんが、そう望むなら」
「あたしね、少しだけわかった気がするの……。世界を救いたいって想いだけじゃだめなんだ。その先にある未来を一緒に描いてくれる人がいないと……」
あたしは少し涙声で言葉を紡ぐとシルフィはゆっくりと頷いてくれた。そして、その白く細い指であたしの涙をそっと拭ってくれる。
「まひるさん、あなたのその祈りにも似た願いはきっと、私たちに希望の道を示してくれるはずです。それまで、お供させてください」
「うん……。ありがとう、シルフィ」
そんなあたしたちの会話を風待さんは少し離れて黙って聞いていた。
『ふーん……。未来を一緒に描いてくれる人ねえ?』
静寂に包まれていた地下広間に何処からともなく先程の天照の声が響いた。
「えッ!?」
あたしはゾッとし、風待さんと思わず顔を見合わせる。そして、お互いの表情が引き攣ったのがわかった。
その声は要塞に備え付けのスピーカーから聞こえてくる。
『言ったでしょ? わたしはただのデータに過ぎないって。バックアップさえあれば消えることは無いの』
「そんな……。あれで倒せてなかったの?」
決死の一撃だっただけに、今のこの状況を素直に受け入れ難い。
『ふふ、残念だったわね。あ、今更この要塞を破壊したところで無駄よ? わたし、この『ダイタニア』という世界のデータと融合してるからわたしだけをこのダイタニアから引き離すことは出来ないわ』
天照はどこか愉しそうに言葉を投げかけてくる。
『まひる、あなたのその思いは残念だけど、今のわたしとは相容れないみたい。今日のところはあなたがわたしの、この世界の脅威になりそうって分かっただけでも良しとしときましょう』
「あたしが……脅威……?」
『そう、あなたの存在はこの世界には異物。あなたのその願いがこの世界にとって善いものかどうかなんてまだ分からない。けどね?』
天照のその言葉であたしは自分の今までの行動に疑問を持つ。あたしのやってきたことは間違っていたのか? と。
『あなたは早く自分の仲間を見つけてこの世界から去るべきよ。生命とか、ヒトの願いとか、今のこの世界に必要ないと思うから……』
「天照?」
そう語る天照の声が何故か一瞬震えたような気がした。
『言ったからね? 早くこの世界から去りなさい。わたしもこの要塞は放棄して他の場所に転移するわ。安心して、ここに居た人たちはあなたの望み通りデータフォルダから解放しておいたから』
「え?」
天照はそこまで言うと、また声は聞こえなくなった。
再び静寂が訪れた肌寒い空洞で、胸に支えていることをそのままにしておくべきではないと思った。
「……風待さん、あの、天照について知ってること、教えて欲しいです」
あたしは風待さんに向き直り、その真実を知りたいと問いかける。おそらく、彼にとっては出来れば避けたい話題。けど、今のあたしたちには避けては通れない問題でもあった。
「……分かった。全て話そう……。でもまずは、ここから出て上に置いてきたリガルドたちの安否を確認しに行かないか?」
「あ! それもそうですね! じゃあ、この子、ダイタニアの手の上に乗ってくださ――」
「待ってまひるさんっ」
あたしが風待さんをダイタニアで拾おうとした時、シルフィに呼び止められた。
後ろを振り返りシルフィを見ると、何やら真剣な顔付きで前方の一点を見つめている。その視線の先をあたしも追う。
そこには今も天上から精霊の光が流砂のように輝きながら降り注いでいた。
その真下の地面には光が降り積もったのか、こんもりと綺羅びやかな山になっている。
それも、人がひとり横たわっているかのように――
え?
エメラルドグリーンの光の山は風の形を取り始め、目を凝らして見つめていると何だかウィンドが横になって寝ているように見え始めたのだ。
確かにさっきの戦いで散々ウィンドにはお世話になったし、あたしの既視感がバグってるのかな?
「……まひる、さん……ッ」
後ろで何やら言葉を詰まらせるシルフィ。どうしたんだろ?
シルフィにもあれがウィンドにでも見えているのだろうか?
もう一度その柔らかな光の山を見つめると輪郭が人の姿を描き出す。
やっぱり、ウィンドが寝ているように見えるんだよねえ?
「お、おい……相川さん……ッ!」
風待さんまで変な声出して、二人ともどうしちゃったって言うの?
あれがウィンドにでも――
あ、あれ? 今度は視界がぼやけてきた。一点を見つめ過ぎたかな?
やっぱり…………どう見てもウィンドだ!!!!
あたしはダイタニアを跪かせコクピットハッチを跳ね除け、まだ割りと高さがある所から飛び降りる。
案の定お尻から尻餅をついて落ち、痛むお尻を擦りながらその愛おしい緑の煌めきへ一直線に走った。
体の痛みも跳ねる心臓も何もかもどうでもよかった。そう、本当にどうでもよかった――
あたしがその子の側に辿り着いた時にはもうその子は――
その子は、“ウィンド”だった。
目を瞑り横たわるその体を震える手でそっと自分の腕の中に抱き寄せる。その胸から聴こえてきた鼓動を感じた時、あたしの眼はどうかしてしまった。
涙が、おかしい程に止まらなくなってしまったのだ。どう足掻こうと止まらない。壊れた蛇口のようにただただ涙だけがあたしの眼から流れ落ちる。
涙は止め処なく出るのに声すら出ない。いや、実際は出ているのかも知れないけど、声にならない。
ただ、ウィンドを抱きしめ、泣いた。
あたしの頭にふわっとした柔らかい感触が触れる。そして――
「……よしよし」
いつかのあの子の温かい声がした。
あたしの枯れない涙の川幅がまた増える。
人ってこんなにも涙を流して平気なものなのだろうか?
そんなどうでもいいことを考えてしまうくらいには思考がまとまらない。
「ただいま、まひるちゃん」
あたしは目を開けるのが怖かった。目を開けた途端、それが「夢でしたー」とか言われたら、本当に多分もう、立ち直れない。
でも、「“ただいま”には“おかえり”だよ」と、あの子たちにいつも言ってきたのはあたし。
だから、思い切って目を開けてみたんだ。その子の顔をまっすぐ見つめるために――
「ぉが、えり、なさぃい゙、ぃぃ゙……ういんどおぉぉ゙ぉお゙ああぁあ゙……っ!!」
「うん……ありがと、まひるちゃん」
ウィンドがあたしを力強く抱きしめ返してくれる。あたしも無意識に抱きしめ返していた。
「あーーーッ!! あーーーッ!! あ゙ーーーッ!!!」
あたしの泣き声とも鳴き声ともつかない嗚咽が天国のようなこの暗い地下に木霊した。
ウィンドはあたしが泣き止むまでずっと、ずっと、優しく頭を撫でて抱きしめてくれていた。
『超次元電神ダイタニア』
第六十七話「導く追い風」
どれほど泣き散らしただろうか。
ウィンドが「大丈夫だよまひるちゃん」と何度も言ってくれた。あたしは鼻を啜りながらもようやくその腕の中からウィンドを解放した。
そして、改めてウィンドの顔をまじまじと見つめる。
「……ふえぇっ!」
「あっ、また〜……もう」
あたしの頬を伝う雫は、何度拭っても次の瞬間に零れ落ちた。
抑えようとするほど、胸の奥の何かがほどけていく。
「ウィンド……ウィンドぉ……!」
声にならない嗚咽がこぼれるたび、ウィンドの指先が優しく髪を撫でてくれた。
その手の温度が、現実の証拠だった。
もう何度も繰り返されたその光景を、シルフィと風待さんは離れた場所から黙って見守ってくれていた。
「ありがと、ウィンド……ほんとに、本当にあのウィンドなのね?」
「うん。そうだよ。地球名は相川風子! 四姉妹の末っ子で上には万理りん、ほむほむ、球ちゃんの三人のお姉ちゃんがいて、まひるちゃんはお姉ちゃんと言うより、今じゃ私たちのお母さんって感じかな? 風子は可愛くてお洒落なものが好きでー、アイドルとかにも憧れててー――」
ウィンドがあたしに自分のことを信じさせようとペラペラと笑顔で自己紹介をし始めた。
「わかった、わかったウィンド! あなた、紛れもなくウィンドよ!」
「わぷっ」
あたしは彼女の言葉を静止するように再び勢いよく抱きつく。
ふわふわの二つに結った長い髪。クリっとした丸い大きな瞳を縁取る長いまつ毛。柔らかくも芯のある優しい声色。
どこをとっても、“ウィンド”だ。
それから、あたしとウィンドは二人のもとに歩いて戻り、改めて彼女を紹介する。
「うちの末っ子のウィンド、あ! 今は風子です。お陰様でこの度念願の再会を果たせました」
何だか変な口調になりながらもあたしはシルフィと風待さんに向かって深々とお辞儀をする。
「ウィンド君、よかった……また会えて素直に嬉しいよ」
風待さんが笑顔でウィンドに右手を差し出すと、ウィンドもその手を取りニカッと握手を交わした。
「…あ、あの……私、なんて言ったらいいのか…………」
やはりシルフィは元々敵対していただけあって複雑な心境なのだろう。あたしはそんなシルフィの今までの事情をウィンドに話そうと一歩前に出たのだけれど――
「ありがとう!」
あたしがどうこう言うより先にウィンドがシルフィに向けて右手を差し出したのだ。
「シルフィさんだね? ありがとう、まひるちゃんを助けてくれて。事情は周りの精霊やサラさんから何となく伝わって来てたから」
ウィンドはにこやかにシルフィに微笑みながら握手を求める。
シルフィは「え?」と少し戸惑った様子でその手をまじまじと見つめていた。
「……あの時、私は、あなたを──」
シルフィの声は、風に紛れるほど小さかった。
ウィンドは首を横に振り、彼女の言葉をそっと遮る。
「いいの。もう、いいの。今こうして笑えてる。それで十分だよ」
その笑みは、まるで風が水面をなでるように、優しかった。
「……ごめんなさい……ごめん、なさぃ……」
シルフィはウィンドの差し出された手を両手で祈るように包み込む。震える声を喉の奥から搾り出し、俯いたままの顔から雫をぽたぽたと落とした。
シルフィのその謝罪にウィンドは優しく微笑みかけ、そっと彼女の頭を撫でて、溌剌とした顔で気持ちよく「うん!」と頷いたのだった。
そんな二人を見てあたしも風待さんも安心したように微笑んだ。
そして、ウィンドが今度はあたしの方を向く。
「まひるちゃん」
「あ、はい!」
あたしはまだ少し鼻声のまま返事をしてウィンドに向き合う。
「ありがとう……本当にありがとう……また会えて嬉しい……」
そう言ってあたしをぎゅっと抱きしめた。あたしからも彼女の両肩をそっと抱き寄せる。
長い沈黙のあと、どちらからともなくふと顔を上げた。
「……その、ウィンド……近い、近いってば……!」
「えへへ、だって久しぶりなんだもん!」
いつもの調子に戻ったウィンドの笑顔が、あたしの胸を優しく軽くした。
そしてその瞬間、世界がほんの少し色づいた気がした。
「話したいことはたくさんあるけど、まずは上の人たちの所に行くんでしょ? そろそろ行こっか!」
あたしに抱きついたままのウィンドが何だか冷静にごもっともな提案をしてくる。
「そうだな。天照を退けてから随分時間が経ってしまっている。上の様子も確認しないとな」
「そうですね。じゃあこのダイタニアにみんな乗って――」
あたしがそう言うと、シルフィが普段から白い顔を更に白くして言ってきた。
「……あの、まひるさん。私、さっきの電神戦で魔力のほとんどを使い果たしてしまいまして……」
振らつくシルフィの体を咄嗟に隣にいた風待さんが受け止める。
「おっと。そういうことは早く言え。立ってるのもやっとだったんじゃないか」
「済みません。折角の感動の再会に、水を差しては悪いかなと……」
シルフィは風待さんの肩にもたれ掛かりながら細い声でそんな意地らしいことを言う。
「《魔力譲渡》。あとみんなにも《範囲回復》!」
ウィンドがすかさずシルフィとあたしたちに回復スキルを掛けてくれる。
彼女の手から零れた翠風が、やがて柔らかな光に変わって傷跡を包み込んだ。
それは、まるで“再会”という名の奇跡が形を得たかのように。
「あ、ありがとう、御座います……楽に、なりました」
シルフィがウィンドにまだ畏まった物言いでお礼を述べた。
「もう! シルフィさん固い! 今は風子がダイタニアに乗るね? 行こう、まひるちゃん! よっと!」
そう言うとウィンドは開いたままになっていたダイタニアのコクピットへと機体を器用に駆け上がり跳び乗った。
「じゃ、じゃあ二人は手のひらへ。シルフィ、あたしの時もそうだったじゃない? やり直せないことなんて、実はあまり無いのかもね?」
あたしはシルフィにウィンクを残し自分もリフトでコクピットへと上がった。
ダイタニアにウィンドと乗り、風待さんとシルフィを手のひらに乗せ、上層へ昇ることを意識した。
すると、バックパックがまた突然変形を始めて背部に両翼を形作った。
(やっぱりこの子、あたしの想ったことを読み取って形にしてくれてる。アウマフとは根本的に違う……)
――“願いの意思”。
あたしは確信した。
ダイタニアは“操縦”より前に“想い”へ反応する。
だから今も、「上に行きたい」と思った瞬間、翼が生まれた。
戦闘のときも、あたしより先に動いてくれた。それは偶然じゃない。この特性は、一体……
ダイタニアが背中と脚部のバーニアを蒸して上昇する。その推進力は戦闘中に感じたものよりも随分と優しいものだった。
ロングバスターキャノンで空いた大穴から一気に地表まで突き抜ける。
足元に脱出したリガルドさんたちを確認すると、危なくないように少し離れてあたしはダイタニアを着地させる。
シルフィと風待さんを降ろし、あたしはウィンドと一緒にリフトで降りてダイタニアを粒子に戻してからみんなと合流した。
見るとリガルドさんたちの周りには最初の時よりも随分人数が増えている。それも、以前は居なかった女性や子供たちの姿が――
(天照、本当に解放してくれたんだ……)
あたしは、天照が解放した人々のその笑顔を見てなんだかとても嬉しくなった。
「突然家族が戻って来たんだ! お前たちがやってくれたのか!?」
リガルドさんが風待さんに食い付くように訊いている。風待さんも苦笑いを浮かべながら「そうそう」と適当に答えている。
「よかった……。天照、本当に捕らえていた人たちを解放してくれたんだ……。安心してください! 天照は一旦退けました! ここは安全です!」
あたしはホッと一つ息を吐いてから皆を安心させるように声を張り上げた。だけど――
「……なんてこった……」
リガルドさんの沈んだ声に、あたしの胸がざわめく。
家族と再会できたのに、どうしてそんな顔をするの?
「俺たちも久々に地表に出たが……見ろ。この荒れようを。街も家も畑も、跡形もねぇ。まるで――誰かに奪われたあとみてぇだ……」
その言葉で、あたしはようやく理解した。
彼らにとってこれは“見慣れた故郷”じゃない。
かつてのダイタニアとは、まるで別の世界なんだ。
確かに、初めてダイタニアに来た時、ゲームでは見たことない荒野に来たと思いはしたけど……
風待さんとシルフィに顔を向けると二人とも神妙な顔付きをしている。
そんなあたしの不安が伝わったのか、隣のウィンドが手をギュッと優しく握りしめてくれた。
「あ、あの……この世界は、やっぱり、変わっちゃってるんですね?」
あたしは肝を冷やしながらゆっくりリガルドさんに訊き返した。
「ああ……まさか地表がこんなことになってるなんてな……こんな大地で、一体どうやって暮らして行けばいいってんだ……?」
彼の零した弱音に呼応するかのように周りの人たちからも不安の声が上がり出す。
あたしは予想外の事態に狼狽えながら周りの人たちを見渡した。
みんな、笑顔じゃ、ない。
「どうしてこんなことに……」
「街が、跡形も無い……消えちまった」
「アマテラス様、いなくなっちゃったの?」
その重い声は伝播し、皆次々に不安や不満を零し始める。子供たちは不安気に親の顔をのぞき込み、女性からはすすり泣く声も聞こえてくる。
「あ、あたし……」
あたしは今更ながら、余計な事をしてしまったのではないか、あの天照が言っていた事が正しかったのではないかと思い始めてしまう。
「……まひるちゃん、大丈夫だよ」
そんなあたしの不安を拭い去るかのようにウィンドがそっと肩を抱いてくれた。
だが、今のあたしにはウィンドのその優しさすらも不安に直結し動揺を加速させる。
誰も、こんな結果を望んではいなかったんだ……
「まさか、こんな事になるとは思ってもいなくてな……。俺たちが家族の救出を頼んでおきながら、勝手を言った。済まん」
リガルドさんが風待さんに軽く頭を下げている。
「……いや。誰か《瞬間転移》が使える者はいないのか?」
「《瞬間転移》? なんだそれは?」
「あっ! そっかぁ~……。プレイヤーしか《旅路短縮》系のスキルは使えんか……。いや、忘れてくれ。俺の失言だ」
そうだよ。《瞬間転移》が使えたなら、この人たちを他の街に連れていけるのに……。でも、あたしたちに出来ないことは最初に来た時に確認してるんだ。今更落ち込むな、あたし。
じゃあどうする?
この大勢の人たちを何も無いここに置いて行くの? それは出来ない。
最低限の衣食住の確保、それに復興。あたしの物質を顕現させる《勇者》の能力を使ったってさすがに限界があるだろう……
折角救けられたのに、このまま何も出来ないなら、これ、救けたって言っていいの?
一瞬でも希望を見せてしまった分、天照より残酷なことになってしまっているのでは?
あたしは静かに混乱する自分の頭を抱え、頬に冷たい汗が流れるのを感じ、俯いた。
荒野に吹く風は暖かかったが、心まで温かくしてはくれず、あたしの亜麻色の髪を柔らかくなびかせるだけだった。
その時、またあの声がこの荒野に聴こえてきた。
『あら? 俯いたわねまひる? あなたが救いたがってたその者たちの家族が戻ってきたのに、おかしいわね?』
(ッ!? ……どうして……?)
あたしの問いは声にならず、周りを二度三度見回したが、その姿は見当たらない。
『何処を探したってもうそこにわたしの姿はないわ。言ったはずよ。わたしはこの世界そのものだって。ダイタニアを構成する物質、即ち“データ”がある限り、わたしは在る』
「やはり、世界と融合していたか。SANYと同じ様に……!」
風待さんが空を睨みながら零す。
『先の事が視えていないのは、あなたたちの方ではないの? 家族と一緒ならヒトは助かるの? 違うわよね?』
天照の言葉の一つひとつが、あたしの心を抉っていく。
「天照……」
『まひる? “優しさ”だけでは時にヒトは救えない。たとえ一時、心が救われたとして、その直ぐ先に在る絶望を回避出来なければ意味はないわ……』
「でもッ! あたしはッ!」
“そんなことない!”
“家族が離れ離れでいいわけない!”
そう言いたかった。けど、それを言ったところでまた自分の無力さを実感させられるような気がして、あたしは自身に迫る絶望と共にその言葉を飲み込んでしまった。
『いいわ。あなたを救ってあげる』
その声に、あたしの心が凍る。
言葉の意味を理解するより先に、嫌な予感だけが形になっていく。
「天照ッ、待って!!」
世界は光に呑まれた。
様々な声を上げる人たち。その声には、恐怖、戸惑い、不安、微かな希望。人の数だけ様々な感情が混じっていた。
だけど何より、子供たちの泣き声が一番あたしの胸を貫いた。
あたしはとっさに近くにいた子に腕を伸ばす。
「天照ッ! ダメーーーっ!!!」
あたしの手はその子が差し伸ばしてきた手を掴んだ。
だけど、その子の手は次の瞬間柔らかい光となり、あたしの手をすり抜けて空へと昇っていった。
光が収まった時、そこには……あたしたち四人以外誰もいなかった。
「…………」
声が出ない。頭が空っぽになってしまったかのような気持ち悪さがある。込み上げてくる吐き気を抑えながら、あたしは宙に伸ばしていた手を戻す。
あたしはその場でゆっくりと膝から崩れ落ちると、地面に両手を着いた。
「……ぁ、あぁ…………」
シルフィがあたしの前に跪き、視線の高さを合わせ、だがその眼は空を見つめながら呟いた。
「……再び、データ化を……」
その声に応えるようにサニーの声が宙空にまた響いた。
『そうよ。人々を再データ化して“収納”したわ。これで衣食住気にせず眠れる。どう? あなたに出来なかったことをわたしは一瞬でやって退けたわ?』
相変わらずサニーの人を上から見下したような物言いがあたしの神経を逆撫でする。
「天照……どうして……」
『言ったでしょ? “優しさ”だけじゃヒトは救えないって。ヒトの感情って、厄介よね……』
「……でも、それは……ッ!」
あたしは自分の無力さを認めたくなくて、ただ感情のままに言葉にならない声を吐き出す。
『“優しさ”だけでは救えない。なら、その優しい心で救えなかった“痛み”も受け入れなさいな。それが、これからのあなたの為よ』
そんなあたしを見透かすような言葉を残し、またあの声が頭上に重く響く。
『まひる。次に実体化したわたしと相まみえたとき、まだそんな“無力な理想”にすがるなら――今度こそ、あなたを消去するわ』
天照の全てを見透かしたような声は空へ溶け、静寂だけが落ちた。
灰色の空の下、あたしの心にも同じような雲が重く伸し掛かっていた。
地面に爪を立て、その手で思い切り土を握る。握った土もまた、あたしの手から溢れ落ちた。
「……あたしはまた、守れなかった……」
【次回予告】
[まひる]
ウィンドとの再会!
ほんっとうに、よかった
束の間の喜びの中、
世界の綻びは止まらない……
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第六十八話「救いたい想い」
救けるんじゃなく、守るんじゃなく……
――――achievement[導く追い風]
※まひるが《ウィンド》と再会を果たした。




