第二話「あなたの瞳に映るもの」
あたしはスマホの画面に映し出された『ダイタニア』の画面をまじまじと見つめている。
「えっ!?なにこれ!どういうこと!?」
あたしは自分の目を疑う。
そこにはサニーのステータスが表示されていて、サニーの職業欄に今まで無かった『勇者』というクラスが新たに追加されていた。
「嘘でしょおーーー!?」
『超次元電神ダイタニア』
第二話「あなたの瞳に映るもの」
サニーは初級職のアーチャー、ソーサラーをマスターした後転職し、中級職のエンチャンター、エレメンタラーを介し、現在エルフ族の固有クラスで上級職、ハイエレメンタラーになっていた。
それらのクラスに混じって、今まで無かった『勇者』という表記が増えている。
「なんでこんなことが……?」
あたしは混乱していた。
勝手にゲームデータが変更されるなんて…
それに、そもそも『ダイタニア』には『勇者』なんていうクラスは無かったはず。
見る限り自キャラのステータスなどに変化はない。レベルは現在上限の50のままだし、装備や所持品にも変化は無いようだ。
しかし、『勇者』というクラスだけが追記されている。
「一体どうして……?」
あたしは原因を探るために、昨日届いたばかりの『ダイタニア』運営からのメールを読み返した。
そこには、イベントに参加するための条件と注意事項が書かれていた。
イベント参加条件は、電神使いであること。
《電神》とは『ダイタニア』の売りの一つでもあるゲーム内で搭乗できるロボットのことだ。
取得するまでには幾つかの条件があり、まず種族、職業問わずレベル20以上であること。
次に電神の動力源である精霊と契約のイベントを完了すること。
そしてこの広大な『ダイタニア』のフィールドの何処かに在る電神を見付けて自分の物として獲得する必要がある。
最後に電神を操縦出来るようになる為に必要なスキルを身に着けること。
あたしも早く電神に乗りたいが為に色々なクラスを試して、試行錯誤して今に至っている。
「今回のイベは電神使い限定なのね。乗れないプレイヤーには何か措置があるのかしら?」
あたしは疑問を抱きつつ、メールの続きを読む。
イベント開催期間は七月十五日の十時より開始。終了日時未定。イベント開始はログインした瞬間からカウントされます。
イベント中はイベント専用のマップへ転移します。イベント専用マップではログアウトした場合死亡扱いとなり、再ログインは出来ません。
イベントに参加した場合、サニーを見付け出して下さい。サニーを見付けた方には報酬としてレアアイテムをお渡し致します。
また、サニーを見付けられなかった場合でも、イベント期間中にサニーを見掛けたという情報も随時受け付けております。
その際、情報提供者には謝礼を差し上げます。サニーに関する全ての質問は運営までご連絡ください。
それを読んだあたしは思わず苦笑する。
「なるほど、サニーを見付けられたら賞品をくれるわけか……」
まぁ、これはよくあるタイプのイベントだ。
オンラインゲームではよくある、参加者全員に何らかのアイテムを配って競争させるようなものだ。
まぁ、この『ダイタニア』は運営がしっかりしているからアイテムの質も高いし、賞金だって高い。
それに、運営が用意したレアアイテムを手に入れれば、あたしの電神のパワーアップに繋がるかもしれない。
「よし! やってみよう! でもその前にお買い物にも行かなくちゃねー」
あたしは手近にあったパーカーを羽織り意気揚々と買い物に出掛ける準備をする。
今日は七月十五日。
部屋の掛け時計は十時半を指していた。
近所のスーパーマーケットで約一週間分の食料を買い込む。不精なあたしは週一の買い物で済ませようと必死だ。
空いた時間はゲームに注ぎ込みたい。
あたしは両手いっぱいに買い物袋を持ち帰宅すると、早速『ダイタニア』を起動しようとした。
「あれ? スマホ、ゲーム起動しっ放しだったか」
あたしのスマホの画面は先程見ていたサニーのステータス画面のままだった。
「えっと、一度ログアウトしてからヘッドギアに挿した方がいいよね」
あたしはベッドに横になり、スマホを操作する。そして異変に気付く。
「ん? なんか固まってない? 操作出来ないんだけど」
スマホの画面に映し出された『ダイタニア』をタップするも全く応答がない。画面は相変わらずステータス画面のままだ。
「あ! でも他の機能はそのまま動かせる。ステ画面だけフリーズしたかな」
あたしはステータス画面を最小化し、着信表示があったメールボックスを起動させた。
すると今度は普通にメールボックスが開く。
どうやらゲームのシステム全体がおかしくなった訳ではなく、一部の機能が使えなくなっただけのようだ。
「ふむ、メールは大丈夫みたい。ゲームが起動しないだけなのかな」
メールを確認すると、アスクルさんからだった。
【サニーさん! 何かおかしくないですか?
運営からの昨日の討伐報酬受け取った時からなんかスマホの調子が悪くて、ヘッドギアにも接続出来ないし。
それでちょっと心配になってメールしました。】
アスクルさんとは『ダイタニア』を始めた頃から仲良くしていた。ゲーム内の喋りと文章での口調が全く違うが基本的に対応は紳士で好感が持てる人だ。
アスクルさんのメッセージを確認したあたしはすぐに返信をした。
【こちらも同じ状況です。スマホにはステータス画面だけ表示されてて。】
あたしは続けてメッセージを打ち込む。
【あと突然《勇者》というクラス称号が付与されました。アスクルさんは何か変わったことありましたか?】
暫しの間のあと、アスクルさんからの返信が来る。
【《勇者》? 今まで無いクラスですね…私の方はその様なデータ改変はなかったのですが、ログイン出来ない状態が続いているのに、何故かスマホのゲーム画面はログイン中となってるんですよね。サーバーエラーでしょうか?】
アスクルさんとのやり取りで分かったことは、この不具合は他のプレイヤー達も同じらしいということ。
そして、アスクルさんはクラスまで変わっていないということだ。
あたしはログインしたままらしい『ダイタニア』のメニューを色々確認してみるが、特にこれといった変化はない。
「うーん、やっぱりスマホを再起動しないとダメかな。仕方ない、一旦ゲームは諦めるか」
あたしはそう呟くと、アスクルさんへのメッセージを打ち込み、アプリを終了させようとした。
しかし、あたしは指を止める。
「……いや、待って。よく考えたら今ならアスクルさんと会話出来るんじゃない?」
あたしは思い付いたことを試すことにした。
まずはフレンドリストを開きアスクルさんを選択すると音声チャットボタンをタップする。
プルルルル、プルルルル……
呼び出し音が鳴り、ブォンという音と共に通話に切り替わる。
『はい、もしもし?』
アスクルさんが出た。音声はいつものゲーム内音声に自動変換されている。
「アスクルさーん、こんにちはー!」
あたしは挨拶をする。
『おお、サニー! こんにちは!』
アスクルさんも元気に返事をしてくれた。
「アスクルさん、何してたんですか? あたしはこれからお昼ご飯食べるところでした」
『俺は何とかダイタニアにログイン出来ないかと色々試してたんだが、どうやら現状プレイは出来なそうなんだ。俺もちょうど休憩しようかと思っていたところさ』
アスクルさんの口調がゲーム内のそれになっている。器用だなあ、とあたしは感心する。
「あらま、それはお疲れ様でしたね。じゃあ、また後で連絡しますよ」
あたしはそう言うと、電話を切ろうとした。
『ちょ、ちょっと待ってくれ! 幾つか聴きたいことがあるんだ。少し時間いいか?』
アスクルが慌ててあたしを引き止める。
「ん、いいですよ。なんでしょう?」
あたしは不思議に思って訊き返す。
『サニー、君は《勇者》になったと言ったよな?』
アスクルが真剣な声で聞いてくる。
「はい。何か勝手にクラスが増えてただけですけど」
あたしはぶっきら棒に答える。アスクルは少し考えて
『いや、今回のイベントのあらすじに“勇者のサニーを探せ”と有ったのが気になって、な。現状を見るに、君と切り離して考えるのが難しく思えてしまって…』
アスクルはそう言った。
「ああ、確かに気になりますよね。ストーリー上でも重要なキャラっぽいし、何よりあたしが勇者ってのが納得いかない」
あたしは苦笑しながら答えた。
『ふむ…これはあくまで俺の推測なんだが』
アスクルは言葉を続ける。
『今回、運営が仕掛けてきたのは《勇者》探しじゃないかと思う』
「え、どういうことですか?」
『《勇者》の称号を持つプレーヤーはこのイベントにおいて重要な役割を持っている。そんな気がするんだよ』
アスクルの言葉にあたしは首を傾げる。
「うーん、でもそれが本当だとしたら運営は何でこんな回りくどいことを?」
『そこなんだよなぁ。ただの勘でしか無いんだけど、何か嫌な予感がしてな』
アスクルは考え込むように言葉を紡ぐ。あたしも少し考えて、思い付いたことを口にする。
「これ、もしゲームがログイン出来るようになったら、あたしたち、既にクリア目標達成しちゃってません?」
『それは運営が言うところのサニーが君だった場合はな。だがもし、別にイベントキャラとしてNPCのサニーが存在するのであれば、俺たちはそっちのサニーを探す必要があるってわけだ』
アスクルがそう言ってくれたので、あたしは少しホッとした。
「なるほど、分かりました。とりあえず今はスマホの電源切って様子見ましょうかね。アスクル、今日はありがとう。また後で連絡しますね」
あたしはそう言うと、ボイスチャットを切った。
あたしは椅子から立ち上がり、キッチンへと向かう。冷蔵庫を開けて、中にある食材を取り出しながら献立を考える。
「んー、昨日は野菜炒めだったし、今日は魚焼いてお味噌汁作ろうかな。うん、それでいいや」
あたしは独り言を言いつつ、調理を開始する。
今日のお昼ご飯はアジの開きと卵焼き、ほうれん草の味噌汁にした。ご飯を炊飯器からよそり、お皿や箸をテーブルに並べる。
あたしはテレビをつけてニュースを見ながら両手を合わせ「いただきます」をし、食べ始める。
その時、今見ていたニュースで速報が流れ出す。
『ダイタニア』制作会社ビルから火災発生、との見出しが出ていてあたしは思わず味噌汁を噴き出しそうになった。
「げほっ! ごほ! び、びっくりした……」
あたしはお茶を飲み、呼吸を整える。
「えっと、今のは誤報? それとも……」
あたしがそう呟いた時、ニュースの映像に巨大は影が映し出された。
その映像には燃え盛る炎を背景に、巨大な翼を広げ、天を舞うドラゴンの姿があった。
「な、なにあれ……!」
あたしは動揺しつつ、スマートフォンを手に取り、SNSを確認する。
しかし、何処を見てもドラゴンに関する話題は上がっておらず、あたしはもう一つの違和感を感じた。
「なんで、このニュース…ドラゴンについて何も触れないの…?」
『ダイタニア』制作会社のビルの火災の様子は未だ映し出されていて報道もされているのに、その周りを飛び交うドラゴンについては、まるでそこに存在しないかのように触れられていない。
更に、だ! そのドラゴンの直ぐ近くの空に召喚紋が描き出されるのが見て取れた。
あたしは何が起こっているのか分からず、混乱しながらテレビ画面を凝視する。
「…あっ!!」
宙空に描き出された召喚紋から、先程あたしが妄想したことが現実になった。
そこに現れたのは紛れもなく《電神》だった!
その電神は右腕だけが非常に巨大で、特徴的な人型をしていた。
その右手に携えた大剣を振るうと、そこから放たれた光の刃がドラゴンを斬り裂く。
ドラゴンは悲鳴を上げ、光の粒子になり消えていった。
「な、何がどうなってんの!?」
あたしが困惑していると、電神の目がこちらを見据えたような気がした。
そして公共の電波に乗りそれは言った。
『観えているかサニー!? 観えてたら姿を現して大人しく投降するんだ』
《右腕の電神》はテレビを通してそう伝えてきた。これは夢じゃない。あたしの頭の中で警報が鳴り響く。
「こ、これってまさか」
あたしは震える声でそう口に出すと、慌ててパソコンの前に駆け寄った。ブラウザを立ち上げ、ダイタニアの公式HPにアクセスをする。
するとそこには緊急メンテナンスのお知らせが記載されていた。
「やっぱり……! これは……『ダイタニア』に、何かが起きてる……?」
あたしはそう呟きながら、急いでパーカーを羽織った。
あたしはアパートの部屋を出ると、階段を降りて、外に出る。
《右腕の電神》が映っていたニュース番組の映像を思い出す。
「あれは《バーチャルエクスペリエンス》で見る『ダイタニア』の世界と同じ映像だった…現実世界に何故、ドラゴンや電神が……」
あたしは空を仰ぐ。周辺の空模様に変化は感じられない。それでも、あたしは辺りを見回していた。
「誰かがあたしたちのゲーム世界に入り込んだ?」
あたしはふと思い立ち、スマホを取り出す。そこには起動した『ダイタニア』のステータス画面が表示されていた。
あたしの顔が引きつる。
「どうして…? さっきスマホの電源落としたはずなのに……」
その時、あたしの頭上に電光掲示板のような文字が映し出された。
〔STATUS〕
PLAYER NAME:サニー
LEVEL:50
CLASS:アーチャー、ソーサラー、エレメンタラー、エンチャンター、ハイエレメンタラー、勇者
あたしのプレイキャラの名前とレベル、クラスが表示されている。
この表記には見覚えがある。『ダイタニア』内で表示される表記と一緒だった。まさかゲームの…!?
そしてあたしの視界は人影を捉えた。
「ふっ! やっと見つけたぞ!」
あたしの前からやってくる男が口を開く。背丈はあたしよりやや低く、学ラン? 学生だ。ボサボサに散らした黒髪の隙間から射貫く様な眼であたしを見据えている。男は更にこう言った。
「あんたがサニーだなっ!?」
【次回予告】
[まひる]
二話目にしてもまだゲームにログイン出来ないあたし!
もうどうなってるの!?
ビルが火事だー!ドラゴンだー!電神出たー!
正直驚くのもう疲れたよ…
ん?誰か来たぞ?
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第三話「ザコタ強襲」
あ、今日のログインボーナス貰ってない…