シスコン王子に王女様の夜遊び相手を頼まれました
「ねぇ、今夜も一緒にいてくれる?」
甘くしなだれる女性。
僕と彼女は交際をしているわけでもなければ、これからする予定も無い。
けれど僕は彼女を快く受け入れる。
何故なら。
―――僕、侯爵家長男ユーリは社交界で名を馳せる女好きだからだ。
「勿論いいよ」
「嬉しい」
彼女と遊ぶのは初めてではない。
遊びと割り切った関係は心地がいい。
僕がどれだけ無責任で、一人に執着しない人間だと知ってる相手は気が楽だ。教える手間が省ける。
そんな不健全な遊びを常日頃から楽しむ僕の頬は、今とてもヒリヒリする。
「なあ、その頬どうしたんだ?手形がついてるぞ」
第1王子でもある、友人のガルディスが話しかけてくる。
「……昨日、夜遊び相手の女性から、もうすぐ婚約者ができるが、それ以降も関係を持たないかと誘われたんだ」
「なんて答えたんだ」
「断るに決まってる。僕は女性が好きだが、面倒臭いことは嫌いだ」
お互いフリーならともかく、婚約者がいる相手と関係なんて持ちたくも無い。
どんな修羅場に巻き込まれるかも分からないんだ。
そんな危険は犯したくない。
「そんなに面倒臭がりなら、女遊びなんてしなければいいのに」
「好きなことに、面倒臭いもないだろう。僕は、これに関して、努力は惜しまない所存だ」
「不倫だけはしないという点しか褒められないな。そんなので結婚できるのか?」
「しないし、したくない」
結婚はこの世で最も僕が疎んでいるもの。
多くの責任を課され、家族を養う義務発生する。さらに、複数の女性と関係を持つことも禁止される、最悪の制度だ。
「僕は生涯独身でいい」
「侯爵家は誰が継ぐんだよ?」
「弟。勤勉で、品行方正、僕よりふさわしいよ」
「……就職は?」
「文官。これになるために、嫌々ながら最低限勉強してきた」
「よし、王子権限で絶対合格させない!」
「横暴だ!」
「いや、お前は職場恋愛をして、修羅場を発生させる可能性が高い。よって、居ない方がいい」
「職場恋愛なんてするはずかない。僕はこれでも、女遊びに没頭する人生を送りながらも、一度も修羅場を発生させたことがないという実績がある」
「……妙に説得力があるのが、釈然としない」
釈然として欲しいのだが。
「僕が世間一般的に見て、クズなのは認めよう。だが、この生き方を改めるつもりは無い」
「……逆に凄いよ」
「ありがとう」
「褒め言葉じゃない。はぁ、俺の妹はお前みたいな奴とは絶対結婚して欲しくないなぁ」
「大丈夫。少なくとも僕は結婚しないよ。ガルディスの妹って、王族だし」
「お前とユーリが結婚することになったら、俺は自殺する。だが、拒否されてもムカつくな」
おい、理不尽だぞこのシスコン。
なんて先日話した友人が、とち狂ってしまった。
「…………今度の夜会で、俺の妹の夜遊び相手になってくれ」
「疲れていたんだね。早く医者に診察してもらおう」
「悔しいことに俺は疲れていない。こんなことお前に頼みたくないが、どうしようもないことにこれが最善なんだ」
意味不明過ぎる。
「順を追って話そう。これは、家族会議で決定されたことだ」
家族会議、つまり王家の決定ですね。うん、断れない。権力一家が。
ガルディスの話したことをまとめるとこうだ。
ガルディスの妹、エミリア王女は幼い頃大変病弱だった。そのため、家族はエミリア王女は過保護に扱った。
成長するにつれて、体を壊すことも無くなったエミリア王女だが、家族の過保護具合は変化しなかった。
過保護過ぎるあまり、社交界デビューもやめろと告げた所、怒ったエミリア王女はこう宣言したらしい。
―――そんなに止めるなら、勝手に社交界デビューしてあげます!ついでに、社交界の男性達と夜明けまで遊んできます。
普段は真面目で温厚。大人しめなエミリア王女だが、こうと決めたら一直線。あらゆる手を使って実現させるそうだ。
経験から止められないと判断した王家は、裏から可能な限りエミリア王女の夜遊びを許容範囲内に収める方向に動き出したそうだ。
「で、僕にお鉢が回ってきたと」
「そういうことだ」
「それ、僕じゃなきゃ駄目?」
「俺がお前を唯一信頼していること、それは面倒臭がりな点だ。お前は、絶対にエミリアに手を出さない。何故なら、面倒臭いことになるから」
そうだけど。それしか信頼されていない僕って何なんだろう。
「大体、エミリア王女の言うことなんて聞かなければ良いじゃないか」
「エミリアはとんでもなく頑固なんだ。昔、エミリアが庭に出たいと言ったことがある。俺達は反対した。外の風に触れて風邪をひくかもしれないから。何度も反対されたエミリアは強硬手段に出た。窓から 自力で城を脱出。僕達は悟ったんだ。完全に要求を無視した方が、ヤバいと」
それを聞いて僕も思った。
僕がエミリア王女に手を出すことは絶対にない。絶対に。
「夜会でエミリアはただの貴族として過ごすだろう。そして、その辺の男と遊ぼうとするだろうから、それを阻止し、お前が一晩遊んで満足さしてやれ」
「ちなみにどこまでやって良いの?」
「指1本触れるな、と言いたいところだが、手だけ許そう。それ以外触れたら殺す」
「それ、友達に言うことか?」
「友達だから言えるんだよ」
それもそうか。人によっては冗談と受け取らない。
僕は冗談だと分かるが。いや、今のガルディスの目は若干本気だ。鍛え上げた危機察知能力のおかげで、僕には分かる。
面倒臭い依頼をされてしまった。
まあ、数少ない友人の頼みくらい聞いてやろう。
それに、エミリア王女の造形は、整っていると聞くしね。
◆ ◆ ◆
今日は楽しい舞踏会。
いつもなら、その辺の女の子をナンパしてデートの約束までこぎ着けるところだが、今日は少し違う。
ガルディスの妹、エミリア王女を探さなければいけない。
―――えーと、確か特徴は……。
クリーム色の髪は肩より少し上、瞳は穏やかな印象の若草色。
ドレスは繊細な刺繍が施された純白ドレス。
これだけでもそれなり絞り込めそうだが、人が多いと探すのも骨が折れる。
まあ、パーティー慣れしてない女の子なら、キョロキョロして目立つだろうと結論づける。
気楽な気持ちでフラフラ歩いていると、声が聞こえる。
「君可愛いね。少し話さない?大丈夫、俺結構紳士だよ」
「……えと」
「あ、照れてる?脈ある感じ?」
「そのぉ……」
あからさまに軽薄そうな男のナンパ風景に出くわした。
女の子の方も困ってはいるが、拒否しようとはしてはいない。ただただ、慣れていないだけという印象を受ける。
この調子だとナンパ男の大勝利で終わりそうだ。
僕の入る隙間はないとサッサっと去る場面だが、そうはいかない。
何故なら、満更でもなさそうな女の子はおそらくほぼ確実にエミリア王女だからだ。
あの男のナンパの成功は、僕の死に等しいかもしれない。だからしょうがない。僕には邪魔するという選択肢しかないのだ。ごめんね。
「割って入るようですみません。僕も会話にお邪魔しても?」
「あ、何だよ。失礼じゃないのか」
うん、そう思う。僕もナンパを邪魔されたら腹立つもん。
「申し訳ありません。しかし、可愛らしいお嬢さんの魅力に当てられて、思わず声を当ててしまったのです。お嬢さん、どうか僕にも貴女の声に耳を傾け、貴女の名を呼ぶ権利を頂けませんか?」
「……ふぇ、あ……はい」
エミリア王女は流されるままに頷く。
危なっかしい。ガルディス一家の過保護の理由が垣間見えた。
「俺を無視するつもりかよ、おい」
そんなわけないですよ。放っておいたら、仕返しにやってきそうな人を無視するなんて僕にはできない。
平和主義な僕は話し合いを重んじる質だ。
そのため、エミリア王女に聞こえないよう、男にコソコソ話し掛ける。
「……女の子なら紹介するから、この子は譲ってくれませんか?」
「……は?ようやく成功しかけたナンパだぞ。嫌だ」
「……僕、ユーリです。名前くらい知っているでしょう?僕なら、婚活パーティーに招待できますから」
「……え、マジ?ならいいぞ。むしろお願いします。招待してください」
僕は女の子が好きだ。
遊びの関係はいつでも歓迎しているが、純粋なお喋りだけでも楽しめるのが僕だ。
だから、僕には大量の女の子の知り合いがいるし、結婚相手を探している子も知っている。
婚活パーティーを開くのは、女の子を侍らして嫉妬してくる男達の視線を軽減する為だ。
多少なりとも人数制限はある為、その招待状の数は少ない。
しかし、エミリア王女がこの男にホイホイ着いて行くのを阻止するには安いものだ。
ナンパ男は満足そうに去っていった。
エミリア王女は突然の男の心変わりに呆然としている。
「さあ、お名前を教えてくれませんか?きっと羽ばたく鳥の様に軽やかで美しい名前なのでしょうね。ちなみに僕はユーリと言います」
「いや、流されませんよ!?どんな会話の末、あの人は居なくなったんですか?」
何故、ここでは流されてくれない?
さっきまで完全受け身で過ごしていたのに。
「平和的交渉です」
「……本当ですか?」
「はい、嘘偽りのない真実です」
この曇りなき眼を見て欲しい。
「ううん、よく分かりませんが、一応引き下がりましょう」
「ではお名前を聞いても?」
「……リアと言います」
さすがに、貴族として過ごすなら、偽名を使うようだ。
こちらをジトーと見つめるエミリア王女の目には確かな警戒があった。
しかし、その警戒は僕には不都合なものだ。
「では、どうか一曲、リア嬢のパートナーを務める栄誉をください」
エミリア王女には色々細かいことは考えないで欲しい。そういった願いを込めて、可能な限り紳士に、色気多めに言葉を紡ぐ。
エミリア王女は赤面し、無言で頷いた
エミリア王女は僕の期待通りの反応をくれた。
男慣れしてない子万歳。
ちょうど流れ始めたワルツに合わせて中央に向かう。
エミリア王女を軽くひっぱり踊りだす。
それなり経験を積んできた僕なら、相手が多少下手でも問題無い。
しかし、エミリア王女は緊張しつつも非常にこちらを気遣って動いてくれる。
あの横暴な時期国王にも見習って欲しい、気遣いだ。
「綺麗に踊りますね。おそらく、初めての夜会でしょう?驚きました」
「家族が過保護なもので、家から出られないんです。だから、勉強くらいしかすることが無くて……」
エミリア王女は顔色を一気に暗くさせた。
先程までの緊張も、この話題の前には些細なものとなっていた。
笑ってはいるが、目が死んでる。エミリア王女にとって家族の過保護は呪いみたいなものなのだろう。
疎ましく思ってるのが伝わってくる。
傍から見れば、ただの過保護な家族だったが、本人は辛そうだ。
「そうですか。でも、愛されている証拠と言えるかもしれませんよ」
そういう問題じゃないと分かりつつ、ガルディスの友として、一応フォローしてみる。
しかし、逆効果だったようだ。
エミリア王女は眉をひそめ、少し厳しい口調で話し出した。
「愛されてるのは分かってます。でも、あんまり過保護だと、私はいつまでも駄目な子のままです」
「……」
「何となく察せますよ。ユーリ様は私のことを危なっかしくて、世間知らずな箱入り娘と思っているのでしょう?」
若草色の瞳は僕という人間への諦めを表していた。
僕は、言葉の選択を誤ったのだ。
「そんなことは―――」
「否定なさらなくても大丈夫です。私自身自覚していますし、大概の人間が私に対しそういう認識でいますから」
エミリア王女は怒りも自責の念も、負の感情を削ぎ落としたかのような声で告げた。
事実を並べ立てているだけ、そういった顔で。
卑屈さはないけれど、それでいいのか、と言いたくなる。
「ごめんなさい。初対面の方にこんな話を……困ってしまいますよね。愛されている証拠、と言われたのが思っていた以上に腹立たしく感じてしまったみたいです」
感情を現し過ぎたと感じたのか、慌てて取り繕い始めるエミリア王女。
「それは、申し訳ありません」
「こちらこそごめんなさい。些細な言葉に取り乱してしまう私が短気なだけです。ユーリ様は悪くありません」
基本的に温厚なエミリア王女が腹立たしく感じるのなら、それはよっぽどだ。
エミリア王女を目の前に、ガルディスに肩入れし過ぎた僕が悪い。
今度、エミリア王女の過保護を緩和するようにガルディスに伝えよう。少しぐらいなら、あの堅物も耳を貸すだろうから。
「……私はよく社交パーティーに参加します。謝罪の意味も込めて、この後案内役をしようと思うのですが、どうですか?」
エミリア王女を監視する為、予定していたことではあるが、謝罪の気持ちを込めているのは本当だ。
楽しかったと思って帰ってくれれば、と考えている。
気乗りしなさそうなエミリア王女だが、自分が悪いという感覚でいる為、無下にはできないようだ。
曖昧に笑って、了承してくれた。
弱みに付け込むようで罪悪感が湧く。
まず僕は軽食コーナーを訪れた。
ケーキ、クッキー、サンドイッチ、等々。
「美味しそうですね」
「そうでしょう。オススメはクッキーです。見た目は地味ですが、ミルクとバターを贅沢に使用しているので、濃厚な味わいです。領地に牧場があるからでしょうね」
「そうなのですね」
「味の種類も豊富ですよ。変わり種をいつも用意しているので、僕も毎回楽しみにしているんですよ」
果物はもちろん、異国風の味も探求していて、常に新鮮な気持ちを与えてくれる。
「よく知っていますね」
「今日の主催者のパーティーには何度も参加していますから、自然と覚えてしまうんですよ。あ、庭園の百合も中々見応えがありますよ」
エミリア王女は、庭園に興味津々という様子で食いついてきた。だから、僕が庭園を案内するのは自然な流れだった。
月の光に照らされる百合は美しいと思う。
見る人が見れば、その感動を芸術にまで昇華させるだろう。
しかし残念ながら、僕は綺麗だな、で終わるタイプだ。
一方エミリア王女は植物に強く興味があるのか、テンション高めだ。知識もあるのか、知らない専門用語をブツブツ呟いている。家で熱心に学ぶ姿が目に浮かぶようだった。
最早ついていけないテンションのエミリア王女から少しばかり離れた芝生に寝っ転がる。
真面目そうなエミリア王女のことだ、同行人が寝ていても、放って会場に戻ることは無いだろう。だから、僕は寝る。おやすみなさい。
瞳を煌めかせるエミリア王女を横顔を眺めながら、目を閉じた。
―――い。
―――おきて………………い。
―――ユーリ様。
目を覚ますと、困った顔の女の子がいた。
僕寝起き悪いんだけど、起こさないで欲しいなぁ。
というか、ここどこだっけ。あ、夜会か。
「ごめん、ごめん。爆睡してたァ。どのくらい寝てた?」
「30分程だと思います。多分」
「そっかそっか」
「同行人がそばに居て、よく寝れますね」
呆れ顔。
「リア嬢、ゆっくり見たそうだったし。何だかここ、学生時代を思い出すんだよね。校舎裏と似てて」
「……だから、敬語も外れるんですか?」
あれ、素の口調出てた。
エミリア王女は王族だし、ガルディスの圧もあるから、紳士的な対応を心がけてたんだけどなぁ。寝起きで忘れてた。
「失礼でしたね、すいません」
「大丈夫ですよ。楽に話してください」
「じゃあ、リア嬢も気楽に」
「私は、いつも敬語なので、こっちの方が楽なんです」
そういう人もいるのか。初めて見た。
しかし、真面目そうなエミリア王女らしいと直ぐに納得した。
「学校ってどんな所ですか?友達はたくさんいましたか?」
植物同様強い興味を示してくるエミリア王女。
ずっと王城しか知らない人生を送ってきたら、こんなもんなのだろうか。
制限とは無縁の、放浪息子にはイマイチ想像出来ない領域だ。
「気になるの?」
「はい。私は家庭教師の方からしか、勉強をしたことがなくて……」
「まあ、僕は真面目な生徒じゃなかったよ。よく昼寝の為にサボってたし」
「そんなことが許されるのですか」
「駄目に決まってるよ。だから、友達も止めろやめろとうるさくて」
「いい友達ですね」
君の兄だけどね。
「堅物な男だけど、駄目な友人を見捨てないしね」
「ユーリ様は駄目人間なのですか?」
エミリア王女、辛辣。僕何か悪いことしたっけ。いや、案内の途中で寝たな。
「それは置いておいて。振り返ってみれば楽しかったよ、学校」
後輩の男には汚物として見られたが、後輩の女の子にチヤホヤされたし。
「良いですね。楽しそうですね。行ってみたいです!」
「ごっこ遊びでいいなら、してみる?」
「えっ!?」
「よし、僕は授業を毎回サボる問題児。リア嬢は毎回僕を注意しに来る優等生役だ」
「限定し過ぎじゃないですか!?」
しょうがない。庭園でできることなんて、これくらいしか思いつかなかったのだ。
しかし、現実的な題材だと思う。何せ、僕とガルディスが実際に日々やっていたことなのだから。うん、これも青春、多分。
「んー、眠い。授業なんて要らないから、睡眠時間足が欲しー」
「……え、えと、駄目ですよ。授業に戻って下さい!」
「授業に出る意義を教えてよ」
「多くの知識を得られ、生徒自身が社会と関わることに繋がると考えられます」
おお、辞典に書いてそうな堅苦しい文だ。
「異議あり。今日の授業は前回の復習でした。僕はもう身についているので必要ないし、友達も大量に居るので問題ありません」
深刻な問題がある時、そもそも僕は真面目に出席する。
「そしたら、教室で巻き起こる事件の数々をクラスメイトと共に解決できず、取り残されてしまいますよ」
教室で事件は起こらないし、起こるなら尚更行きたくない。エミリア王女は何の本を参考に想像を膨らませているのだろうか。
もしかして、これは冗談かなにかなのだろうか。
チラリとエミリア王女の顔を見る。本気でした。
きっと彼女は滅多に嘘をつかないのだろう。そんな顔をしている。根拠は無い。
「リア嬢、学校でそんな事件は起きないよ」
「そうなんですか!私、事件に直面した時役立てるよう、知識を蓄えていたのですが」
「ちなみにどんな?」
「サバイバル術とか、読唇術とか、変装技術等を磨いてきました」
「何を想定しているのか、謎なんだけど」
「もし学校に行けたら、これらの知識で人気者とかになれたり……と考えていたのですが」
「無理だと思うよ。使い所も無いし」
「そんな」
本気で落ち込み始めた。
これが箱入り娘。これがガルディスの妹。
微妙にズレてる。
「まあ、リア嬢ならそんな技術なくても人気者になれるよ。うん、絶対」
落ち込むエミリア王女は、哀れな様子だった。
雨の中捨てられた子犬がまとう雰囲気そのものだった。
気休め程度にフォローを入れる。
立ち直るエミリア王女。チョロい。
単純さも子犬並みなのだろうか。
「本当に本当ですか?」
「勿論。だって、リア嬢可愛いし。周りがほっとかないよ」
エミリア王女は赤面した。チョロい。
実際王族は皆顔立ちが整っている。ガルディスもイケメンで後輩女子に好かれていた。途中から、僕のオカンとして見られていたが。
「……ユーリ様、私、可愛いですか?」
「うん、可愛いよ」
「っ!」
自分で聞いてきた癖に、照れ始めた。もしや、自爆がお好みか。
エミリア王女は可愛い。
数々の女性を見てきた僕が言うんだから、間違い無い。勿論、数々の女性もまた、美しかったけどね。
やはり、王族の血だろう。
癒し系の可愛さがある。
「リア嬢可愛い、めっちゃ可愛い」
「わー!止めて下さい!」
反応もいい感じだしね。
「可愛い可愛い。超絶美人」
「え、ちょっと」
「王国で一番」
「ふぁっ……」
エミリア王女を弄るの楽しい。反応が凄く面白可愛い。新しい玩具の出現に僕は童心に帰って遊んだ。
楽しいな。玩具で遊ぶの楽しいな。僕はこの時満面の笑みだったに違いない。
エミリア王女はチョロい、そのことも忘れて。
「……そんなに言われたら、私、本気になっちゃいますよ」
現在、僕は危機的状況に置かれていると、ようやく理解した。
エミリア王女は顔を赤らめ、熱を持った目で僕を見つめる。いわゆる、乙女の顔というものだ。
僕はエミリア王女で遊びすぎた。その結果、エミリア王女の初恋を奪ってしまった。
わざとじゃない。しかし、その言い訳はガルディスに通じるのだろうか。多分通じない。
世間知らずな女の子を誑かした男として断罪されるだろう。友としての慈悲すら残さず。奴は、シスコンだからな。
しかし僕には切り札がある。百年の恋も冷めるようなとっておきの切り札が。
「えー、本気になるのは止めといたら?僕凄い女好きだし、結婚制度反対派だし、生涯色んな女の子をとっかえひっかえしたいと常々思ってるし」
全て事実だが、言葉にすると酷い。こんな男に本気で惚れる人間はいない。
初恋は塩っぱい味がする。エミリア王女の初恋は人一倍塩っぱいだろうが、少しだけ耐えて欲しい。
まだ、傷は浅いはずだ。
「…………ユーリ様は女性なら皆好きなのですか?」
「うん、そうさ!」
迷いなく頷く。
「……分かりました」
分かってくれたか。良かった。
自分の生存の道が拓き、喜びで胸を踊らせる。そんな僕を前にエミリア王女は真剣な声色で告げた。
「……ライバルは、たくさんいるということですね」
「どうしてそうなった」
不屈の精神。箱入り娘の癖にメンタル強いな。逆に、箱入り娘だからメンタル強いのか?
「私、ユーリ様が好きです。ユーリ様に振り向いて貰えるよう、精一杯努力していくことを、まずを知っておいて下さい!」
「えと、落ち着こう。何らかの気の迷いだ。取り敢えず家に帰るといいと思う」
寝て、そして今日のことも初恋も忘れて欲しい。
大真面目なエミリア王女には悪いが。
「気の迷いなんかじゃありません。本気です。私、一度決めたことは、絶対にやり遂げます」
知ってる、だから怖い。
「後日私と会って下さい。それから、私の本当の名はリアではなく―――」
最後まで言わせない、その一心で僕はあることをした。一か八かの賭け。
エミリア王女の手を取り、口付けをする。
こんなの挨拶みたいなものだけれど、箱入り娘のエミリア王女なら黙りこくってくれるのではと思ってした。
エミリア王女は体をワナワナ震わせ、負けました、と呟いた。
エミリア王女は期待通り、いや、期待以上の反応を見せてくれた。
結論、気絶した。
すぐさまエミリア王女を顔見知り御者の預け、城に連れ帰って貰った。
母さん、父さん、僕を美形に産んでくれて、有難う。
そしてガルディス、手しか触れてないから、セーフ判定くれるよな。そこだけが、どうしようもなく、僕を不安にさせた。
◆ ◆ ◆
「よくも、よくも、やってくれたな」
殺意の波動を全開にした友が現れた。
奴が剣を習っていなくてよかった。習っていたら、僕は剣のサビとなっていただろう。
「何のこと?」
まずはすっとぼけてみる。
「俺はな、エミリアの相手を一晩だけしてくれと言ったんだ。エミリアを口説けとは言ってないんだよっ!」
「わざとじゃない、結果的にそうなってしまっただけだ!」
「結果的にそうなったら、もうアウトだよ!」
ごもっとも。
「落ち着け、ガルディス」
「落ち着けるか」
「考えてみてくれ。お前から見た僕はどんな人間だ」
「基本怠惰で、女関連でのみやる気を見せる男。そして、クズだ」
「そうさ。だから僕は何もしない。ありのままの自分で過ごせば、エミリア王女も熱が冷めるよ」
「それもそうだな。安心したよ」
万事解決。後は時間が流れるのを待つだけ。
「でもな、この胸から湧き上がる殺意を止める術なんてないんだ」
不穏な言葉。まさか、まさかなのか。僕達、友達だよね?
「お前を殺して、俺も死ぬーーー!」
「それ、心中ーーー!」
お前王族だろ。責任とかどうなるんだよ。堅物なお前でもいいから、帰っきてくれ。正気に戻れ。
「待ってください!」
僕でも、ガルディスでも無い声が、部屋に響く。
それは、明らかに女の子の声で、明らかに先日聞いたばかりの声だった。
「ユーリ様、兄がすいません!驚きかと思われますが、私はリアではなく、エミリアと言います!」
うん知ってた。
「兄は、責任を持って、私が止めます。ユーリ様は、私が守ります!」
救世主かな。有難う。全ての元凶は君だけど、本当に有難う。僕はまだ、死にたくない。
この瞬間、僕にはエミリア王女が女神か何かに見えた。後光を背負った、救済の女神だ。
その場をエミリア王女に任せ、僕は逃げた。
きっと彼女ならなんとかしてくれる。そう信頼して。
正直、ここ僕の家だけど、僕が帰る頃には居なくなってるよね?
後日、何とか一命を取り留めた僕は、問題を先送りしただけなのだと知った。エミリア王女についてである。
夜会で女の子に囲まれてる僕を見た後、一瞬微妙な顔をしたが、すぐさま笑顔で側に佇んだ。
そして、女の子達は王女だと知った瞬間華麗にその場から逃げた。僕は、ドライな関係を望む子としか遊ばない。つまり、彼女達もまた、低刺激を好む人間ということ。王族は、過激過ぎたのだ。
「またお会いできましたね」
「……偶然じゃないよね」
「はい、ユーリ様が居るからです」
この子直球。純愛は僕とジャンル違いなのだが。
またある時、人気の安眠グッズを売っている店にいると、エミリア王女がニッコリ笑って現れた。
ここ、城下町だよ。来ていいの?過保護な家族はどうした?それらの疑問より先に溢れてきたのはこれだった。
「どうやって、ここに?夜会と違って情報も漏れずらいのに」
「兄の独り言からです」
最強の情報網は、彼女の横に居た。
護衛等は居ないそうだ。危なすぎるだろう。
その点を指摘すると、誘拐されたら、人質にされる前に自分の首を掻っ切るので大丈夫です、と答えられた。怖い。
僕はこの時初めて、ガルディスが言っていた爆走系の片鱗を見た。
何やかんやで僕はひんやり枕を、エミリア王女はアロマを買って帰った。
ガルディスに会いに城に行くと、ガルディスとエミリア王女の対立を見かけた。エミリア王女が城を抜け出そうとしていたようだ。
何故、そんなことを?薄々分かっているが、あえて問題提起してみた。
「お兄様、行かせて下さい。ユーリ様の元に行きたいのです」
予想ついてた、僕。
「駄目だ。タダでさえ病弱なんだ、そんなこと許せない」
「成長して、体も健康になりました。それに、お兄様だって次期国王の身でありながら、自由に過ごしています」
ガルディスはこの言葉に黙るしかなかった。そうだよな、何故か僕の不健全な生活を正すために、フリーダムな場所に行ってるもんな。つまり、僕にも責任はある。
巻き込まれる形で、兄妹喧嘩の仲裁をした。
エミリア王女が旅に出る、という噂を聞いた。
今まで過保護にされてきた弊害で、スイッチが入った瞬間色々ぶっ壊れるエミリア王女。流石に家族の反対の中、旅に出ないだろう。
しかし、彼女はやる。そんな確信があったものだから、事情を聞きに行ってみた。
「……実は、惚れ薬入手しようかと考えていまして」
「惚れ薬は、空想の産物なんだ」
「そうなのですか!」
「そして、そんなヤバイ薬を僕に飲ませないで欲しい」
切実に。
説得の末旅は諦めてもらった。
僕が我が家で惰眠を貪っていると、エミリア王女が部屋に居た。怖い。どうやって、入った?
しかし今回は望んで入ったわけではなさそうだ。
困ったような、居心地の悪そうな顔をしていた。
「御家族が入れてくれました」
「男女が同じ部屋にいたら、色々アウトでしょ!?」
「その……御家族からの伝言で、そろそろ身を固めろ、と」
「うちの両親が、すいませんでしてたーーー!」
普段より素直に帰って行ったのは、男の部屋が刺激的すぎたからだろう。最近の積極的なエミリア王女の、箱入り娘な一面を見れて、少し安心した。
ある日、エミリア王女が100本の薔薇を抱えて訪問して来た。色々突っ込みどころがあったが、とにかく素直な感想を伝えた。
「普通、男女逆じゃない?」
「え、私にくれるということですか!?」
「いや、違うけど」
薔薇は我が家に飾った。これが、僕が花を送ってきた女の子の気持ちか。特に無だった。
花への思いが足りないからだと思う。
たまには、エミリア王女から本気で逃げてみることにした。
最近両親がエミリア王女を進めてくるし、心なしかガルディス以外の王家の人が優しい。
このままでは外堀が埋まるのも時間の問題だ。
知り合いの伝手で見知らぬ田舎の星空を眺めている時、背後にエミリア王女が居たのはホラーだった。
「ど、どうしてここに?」
「気合いです!」
サバイバル術や読唇術、変装技術を持つ女の子の気合いは一味違った。
エミリア王女に追っかけられる日常に慣れつつある今日この頃。
とうとうガルディスに首根っこ掴まれた。
「俺はな、ユーリとエミリアが結婚するのは反対だ」
「つまり、僕の味方ってことだよね」
「でもな、お前がエミリアを振るのも嫌なんだよ」
「理不尽の権化」
僕には最早どうしようも無い。
「しかし、ユーリがエミリアを振るしかこの事態の収集がつかないのも分かっている。だから、さっさとケリをつけてくれ」
「僕としてはちゃんと振ってるつもりなんだけど」
「…………死ぬほど口にしたくない。けど、言わなきゃいけないことがある」
「何?」
「エミリアと向き合ってくれ。王族だからとか、俺の妹だから、という理由ではなく、エミリア自身を判断して欲しい」
「……ガルディスらしくないね」
シスコンだろうに。
「俺はエミリアの兄だからな。エミリアだって、肩書きで判断されたら、納得できない。だから、エミリアを恋愛対象としてみた上で、エミリアに答えを告げて欲しい」
ガルディスの言葉は最もだ。
エミリア王女が初恋で暴走気味だったのと同じように、僕も真剣に求婚して来た女の子は初めてだったのだ。僕の周りの子って、大概遊び目当てだし。
応える気がなくても、まずはエミリア王女と向き合うべきだった。
そうしなければ、エミリア王女は永遠に納得しない。大人しそうな顔をして、とんでもなく頑固なのだ。
僅かな期間で、僕が学んだことだ。
僕だって、エミリア王女に意地悪したい訳じゃない。
むしろ好感を持っている方だ。僕は、エミリア王女を妹のように感じ始めている。彼女が頑張った所で、ブレーキがかかる。でも、それは駄目なんだ。
長らく上げることのなかった重い腰を上げ、エミリア王女に手紙を出した。
―――僕と一日デートしてくれませんか。その日の終わり、僕はエミリア王女に告白の答えを告げます。
返答は、簡素なものだった。
―――分かりました。
きっと、エミリア王女も分かってる。これが最後の機会だと。
◆ ◆ ◆
エミリア王女とのデート当日。
この日を迎えるには、多大な苦労を要した。
何せ、エミリア王女は王族だ。僕を追っかける過程で、無許可の単独行動をしてきたが、本来護衛が必要な身分。
しかし、デートに他の男を連れてくる奴がいるだろうか、いや居ない。
王城の庭園、という選択肢もあったが、両親の存在を感じる家の庭で、デートしたいと思う女の子も居ない。
治安の良い城下町なら、貴族も遊び歩くことがある。王族に許されることか知らないが、ガルディスはしていた。
エミリア王女の両親、つまり、国王夫妻は、身分を偽り、護身用の魔道具を山ほど持っていくなら許可すると言った。
説得が大変でした。
一件落着はしたが、心臓はばくばくだ。
体力使い切った感ある。
「ユーリ様、何処に行きますか!私、こういう所に来るのは初めてでして」
この子元気だな。まあ、エミリア王女にとっては両親だもんね。緊張感薄いもんね。
「以前、来たことあるよね。僕の行きつけの安眠グッズの店に」
「あの時は……ユーリ様しか見えていませんでした。それに護衛から逃げてきたので、周りを見る余裕もありませんでしたし。でも、今日は両親の了承があるので!」
「そっか、良かったね」
敵兵500人くらいなら一掃できそうな、魔道具の数々を身につけるエミリア王女見て、ちょっと微妙な気持ちになった。
過保護は、そう簡単に変わらない。
この過保護がどの程度適切か分からないが、そう思った。
「じゃあ、ちょっとお腹に入れよう」
僕はエミリア王女の手を引いて、屋台が密集している所に向かった。
「串肉とか美味しいよ」
「色々な種類の店があって、楽しそうな場所ですね。座る場所は何処ですか?」
「ここは、食べ歩き専門です」
「まあ、ここの人達は日常的にサバイバルを行っているのですね」
ズレてる。これがサバイバル術を学んだ王女の感覚。でも、楽しそうでなによりです。
「おニーサン、串肉2本!」
「あいよ。また違う女の子連れてきたのかい。いい加減にしないといつか刺されるぞ」
串肉を焼きながら、顔見知りに言われた。
つられて周りの屋台の主人が次々に僕を説教し始めた。
割と、毎回のことなので、スルーする。
「うん、串肉美味しそう!」
「無視すんな」
「そうだ、そうだ。ついでにこっちの店にもソーセージ買いに来い」
屋台の主人達と軽口を交わしつつ、購入していく。串肉から始まり、ソーセージ、チーズ、パスタ、果実水。オマケも沢山つけてくれたので、腹も完全に満たされた。
あそこの男達は、口うるさいが、面倒みがいいのだ。
エミリア王女も楽しそうに串肉を食べている。
最初こそ人見知りを発揮していたが、最後は屋台の主人達と楽しげに談笑していた。今日のオマケはエミリア王女効果に違いない。
「初めての屋台はどうでした?」
「面白かったです!」
「それは良かった。リア嬢、こういう無骨な雰囲気の場所好きそうだしね」
「はい、どうせなら冒険者ギルドも見学してみたいです!」
「それは止めとけ」
冒険者ギルドも暇じゃない。遊び半分で行ったら、本殺しにされる。ついでにエミリア王女が冒険者登録しようとしたら、阻止するのが大変そうだ。
「ユーリ様、アレなんですか?」
「人形劇だよ。見に行こうか」
演劇は古き良き英雄の物語。
ドラゴン殺しの勇者様だ。
ありふれた話だが、語り部が上手いのか盛り上がっている。久しぶりに僕ものんびり人形劇を堪能することにした。
エミリア王女も目をキラキラさせて楽しんでいる。ここまで夢中になってあるのは、幼い子供達ぐらいだから、若干浮いている。
エミリア王女が妹のように思え、頭を撫でかけるが、直ぐに止めた。
この子は、僕を結婚相手として見ている。
例え僕がそう見れなくとも、妹としてみるのは、侮辱しているのと同じだ。
エミリア王女は不審な動きをした僕の手に気付き、撫でてもいいんですよ、と目で訴えてきた。
全くこちらの気も知らないで、と呆れたのでスルーした。ガルディスから手以外触れるなと言われてるしね。エミリア王女は頬を膨らませ、不満気だ。
人形劇の幕が降りる。
面白かったので、お捻りは少し多めだ。
特に当てもなくエミリア王女と街をさまようことになった。
気に入った店があれば立ち寄り、散歩道の景色を楽しむ。これだけで、大喜びするのだから、この女の子は安上がりだ。王族なのにね。
このチョロさに一抹の不安を覚えてしまう僕は、悪くない。多分。
「これどうですか?」
ドレス専門店でエミリア王女は僕にドレスの感想を求めてきた。
白色の純白ドレス。フリルが可愛らしく、エミリア王女の雰囲気にあっている。
「うん、可愛いよ。リア嬢の天使のような清廉さが引き立てられている。流行りも取り入れているから、パーティーで来て行っても大注目間違いなしだね」
僕は褒める。
褒めて褒めて伸ばす方針だ。
その後、エミリア王女が様々な系統のドレスを着たが、全て褒めた。
女の子は的確なアドバイスを求めているんじゃない、褒めて欲しいのだ。
僕には分かる。僕だって、寝ているだけで褒められたい。皆そんな願望があるはずだ。
そんなことをポロッと漏らしたら、それは流石に、というお言葉を頂いた。
そんなこんなで一日を過ごした。
そろそろエミリア王女の期間の時間が近づいてきている。国王夫妻は早めのお帰りをお望みだ。
しかし、今日のビッグイベントはまだ残っている。
エミリア王女への告白の返事だ。
僕、今日、可能な限りエミリア王女本人を見たつもりだ。
真面目で、ちょっとズレてる、可愛い女の子。ここまで純粋な好意を向けてくれる、美少女は少ない。
僕はエミリア王女が好きだ。
僕は今まで遊び目的の女の子しか寄ってこなかった。
それには、僕の見た目がチャラめのイケメンというのも関係している。
しかし一番は、僕がそう振舞っているからだ。
僕は女の子が好きだ。大好きだ。
深い意味なんて無い。
小さい頃、女顔が理由で女友達しかいなかったのが関係しているかもしれないし。
チャラめの見た目で社交界デビュー直後に年上お姉さんに遊ばれた影響かもしれない。
しかし、いくら考えても明確な理由は無い。僕は、女の子が好きだ、これで終わる。
だから、思う。
―――エミリア王女への好きは、他の女の子が好きと、何が違うのだろうか。
僕にとってその二つは同じだ。
強いて言うなら、エミリア王女への好きには罪悪感がある。僕を本気で好きなのだと知っているから。
僕には、最初から断るという選択肢しかなかったのかもしれない。
「……ごめんね」
僕は君と付き合えない。
結婚する気もない。
「…………はい」
エミリア王女は泣きそうな顔で頷いた。でも、泣かなかった。そういう、強い子だから。
気まずい沈黙がその場を支配する。
基本的に女の子全員受け入れるスタンスの僕は、味わったことの無い気まずさだった。
「……少しだけ、歩きませんか?」
沈黙に耐えかねたエミリア王女は言った。
ほんの少しなら、まだ時間もある。
僕は流されるまま、賛成した。
「……私、振られちゃいましたね」
止めて、振った直後の女の子にそれ言われるの辛いから。空元気で冗談交じりに言っているけど、全然雰囲気明るくならないから。
「あ、いや。責めたい訳じゃなくてですね。振られたのが結構ショックで、やっぱり私、ユーリ様のことが好きだったんだなぁというか。怒りが湧くというか、湧かないような。あれ、何が言いたいのでしょうか、私」
この子、混乱し過ぎじゃないだろうか。その混乱具合、共感するけど。
「長めの初恋と言いますか。私、昔からユーリ様のことが好きだったから」
「―――ん?」
君が僕を好きになった理由、夜会で僕から可愛いを連打されたからじゃなかったっけ。
「あ、私のこと、初対面の人を好きになるチョロい子と思ってました?」
「否定はしない」
「そんな。でも、そうですよね。会ったことはありませんでしたし」
「うん」
「ユーリ様、私を誰の妹だと思っているんですか?」
「ガルディス」
「そうです。私は、昔から何度も何度も兄の友人の話を聞いていました。堅物な兄が話す友人は、とても奔放な人でした。よくサボりをするし、護衛をまくし、女性を取っかえ引っ変えするし」
とんでもない駄目人間じゃないか。僕だけど。
「でも、兄は笑って話していたんです」
「……」
「私、その人をとんでもない人だと思いました。兄もまた、そういう人は嫌いなのだと思っていました。けれど、笑って話す兄を見て、私はその人のことが気になり始めたんです」
エミリア王女は話した。
僕のくだらない、でも楽しかった学校生活を。
ガルディスを巻き込んで、城下町で遊び呆けた日を。
僕と弟が喧嘩した時、僕が情けなく謝った日のことを。
僕が女の子に引っぱたかれたことを。
僕からしてみたら、くだらない、自分が馬鹿やっているだけの話だ。それでも、エミリア王女は慈しむように語り続けた。改めて、この子はボクが好きなんだと突き付けられた。
そして、自分のことも話し出した。
エミリア王女はずっと城で過ごしていた。
両親と兄が過保護なのは、自分の体が弱いから、仕方の無いことだと諦めていた。
それでも、庭園くらいなら医者も許可していた。
しかし、家族は庭園に出ることすら拒んだ。
エミリア王女は腹が立ったらしい。
僅かな自由すらも得られないのか、と。だから、強硬手段に出たらしい。窓から出る、という。
しかしすぐ後悔したそうだ。
家族が、護衛が、あまりにも心配してくるから。
それからずっと、大人しくしていた。
せめて元気になるまでは、と。
しかし、健康体になっても、家族は変わらない。
そこで、僕のことを思い出したらしい。
―――ユーリ様くらい、奔放に振る舞えば、周りも諦めるのでは、と。
どうやら、エミリア王女の男遊び宣言は僕の影響だったらしい。これをガルディスに知られたら、首を切られそうだ。
ここから、僕も少しだけ知っている話だ。
エミリア王女は初めて僕と出会った。
想像以上にチャラい人だと感じ、少し警戒してしたそうだ。
しかし、行動の節々に話に聞いていたユーリという人間性を感じ、警戒心をといて行った。
僕という人間は、自分が憧れた自由な人そのものだと確信したらしい。
「私は、ユーリ様にずっとずっと憧れていたんです」
「僕みたいなのに?」
そんなことの初めて言われた。
「はい。そうしてあの日、ユーリ様から可愛いと言われた日。すごく、嬉しかったんです。例えユーリ様にとっては他愛ない言葉だとしても、憧れの人から可愛いと言われたら、誰だって意識しちゃいます」
「……」
「ユーリ様からもっと可愛いと言われたい。私だけに言って欲しい。そう思った瞬間、私はユーリ様が好きなのだと自覚しました」
「……」
「私は、兄から聞いていただけのユーリ様に恋をしていたんです。そして、言葉を交わして初めて、その気持ちを自覚しました」
エミリア王女をずっと真っ直ぐだった。
僕の目をいつだって強くて、純粋な目で貫いてきた。
目を逸らしたい。でもできない。
綺麗なものかき集めたみたいな女の子は、僕にとって、可愛いより怖いという気持ちが勝った。
怖いくらい、強い子だったから。
「振られちゃいましたけどね」
エミリア王女がどんなに僕を好きかと語ろうが、振った事実は変わらない。
「我ながら、重くてすいません」
「……いや、大丈夫。女の子の好意を拒む趣味は無い」
「ふふ、そうですね。ユーリ様はそんな人です。女の子にとっても優しい」
「そ、れは」
「意地悪言っちゃいましたね。ねぇ、ユーリ様。最後に悪足掻き良いですか?大丈夫、時間はかかりません」
歩き出すエミリア王女に無言で着いて行く。
エミリア王女は花屋の前で立ち止まり、百合の苗を買ってきた。
「これを差し上げます」
僕、園芸の趣味もなければ、根気のいる作業も苦手なのだが。
「恋愛と花は似ている、誰かが言った言葉です。世話をすることは愛情を注ぐこと、花が咲くことは相手が愛情に応えてくれたということ」
エミリア王女は百合の苗を優しくそっと撫でた。
「この苗を私だと思って下さい。ユーリ様がこの苗の世話をし、いつか花が咲いた時、私を思い出してくれたら嬉しいです」
僕は百合の苗を受け取った。
当然だろう。女の子のプレゼントは何でも受け取るのが筋というものだ。
エミリア王女は帰って行った。
僕とエミリア王女が過ごす日々は終わった。
◆ ◆ ◆
百合の苗の世話は使用人にやらせようかと少し思ったが、止めておいた。
何となく、それは駄目な気がしたのだ。
百合を育てることになって、僕の生活は僅かに変わった。まず、水やりのために早起きをするようになった。
晴れていたら土が乾いていないか気になり、雨が降っていたら土が湿りすぎていないか気になった。
毎日欠かさず、百合の状態を確認した。
虫がついていたら、嫌だけど頑張って取った。
安眠グッズだけではなく、肥料や栽培道具を買うようになった。
面倒臭がりな僕のことだから、三日坊主で終わるかもと思っていた。
それでも続いた。
人に任せようと思ったことは数回やそこらではない。
しかし不思議と、一人で育てていた。
初めての感覚に眉をひそめ、首を傾げた。
僕は面倒なことが嫌いだ。
植物の世話は面倒なことだ。
それでも、僕は百合を育てていた。
曖昧な気持ちを抱えて百合の世話をし続けていると、ある日花が咲いた。
真っ白で純粋さの象徴みたいな花だった。
今まで、花に綺麗だな、以上の感想を持ったことのなかったのに、どうしようもなく心が揺さぶられた。
そして、少しだけ、エミリア王女の顔が頭によぎった。
―――この苗を私だと思ってください。
きっと、あの言葉のせいだ。
何となく落ち着かず、ガルディスに会うことにした。
奴の顔を見ればいつもの僕に戻れるはずだ。
ガルディスに会いに行くのも慣れたものだ。
ガルディスに会いに行くと、偶然エミリア王女と会うなんてことは無い。あの城は、官吏も騎士も働く、広い場所。狙って会おうとしなければ、会うことも無い。事実、僕はあのデート以降、エミリア王女と顔を見合わせていない。
もしかしたら、あちらが僕を避けているのかもしれないけれど。
「おーい、ガルディス」
「どうした、急に?」
「育てていた百合の花が咲いたんだ。相談に乗ってもらったこともあるし、報告しとこうと思ってね」
「あー、良かったな」
ガルディスは朗らかに笑った。
「お前、あの百合に恋でもしてるのかっていう勢いで愛情注いでたもんな」
笑いながら、爆弾発言を僕に投げつけた。
「え?」
「あの百合を育てるのに夢中になって、女の子遊びも程々になってたしな」
「そう、だっけ。この間も女の子とおしゃべりしてたと思うけど」
「しゃべっただけだろ。デートの約束も取り付けてなかったろ」
「そんな時もあるんじゃない?」
「ここ最近ずっとだろ」
あの百合はエミリア王女から貰ったものだ。
そして、エミリア王女はあの百合を自分だと思ってくれと僕に渡した。
僕はその百合を恋してるのかと言いたくなる勢いで愛情を注いでいたそうだ。
これじゃあまるで、僕がエミリア王女に恋しているみたいじゃないか。
「いやー、植物の癒し効果か?あんな放浪息子だったユーリの女遊びが落ち着くなんてな!」
「……」
「もうお前、百合と結婚しちゃえよ!」
僕の女遊びが落ち着いたのが、よっぽど嬉しいのか、ニッコニコなガルディス。
彼は、自分が何を言っているのかこれっぽっちも理解してない。
しかし、問題は僕だ。
理解していながら、悪くないと思っている自分がいる。しかし、仮に実現したとしても、僕には爵位が無い。
何せ、侯爵家は弟が継ぐのだ。
王族の嫁ぎ先が爵位無しなんて論外だ。
冷静になれ、僕。気の迷いだ。忘れよう。
「そういえば、今文官試験に備えて勉強中だよな」
「うん、学校卒業してすぐには試験無いし」
「学校は人脈作りの一面が強いからな、勉強時間確保のために期間開けといたほうがいいんだよ」
「知ってるよ」
「ユーリは学業では問題児だったが、人脈作りでは優等生だったよな」
「そうだっけ。女の子の知り合いは沢山いるけど」
「女性の知り合いもだが、男もだろ。女好きを豪語しているが、男に態度悪い訳でもないし。ユーリ主催の婚活パーティーで結婚した奴らも多い。商人含めた平民とも仲が良い」
今日のガルディス、やたらと僕のことを褒めてくる。何を企んでいるんだ。
「実はな……父上がユーリにして欲しい仕事があるそうだ」
「国王がっ!?」
「ユーリに外交官になって欲しいそうだ」
「それ、結構重要な仕事じゃなかったっけ?」
「そうだ。お前は知り合いも多いし、男女共に好かれる質だ」
「クズとか言ってたの誰だっけ?」
「クズはクズでもお前は好かれるクズだよ」
褒めてるのか、それ。
「唯一の難点は行き過ぎた女好きだったが、最近は治まっている。これならば、と父上が俺に外交官の話をしてきたのだ」
「そうか」
「外交官になった暁には、父上がお前に子爵の位をさずけるそうだ」
「ん!?」
こいつ、何なんだろうか。
ガルディスの言動全てがエミリア王女との結婚を進めてきているようにしか思えなかった。
しかし、胸の奥から湧き出る喜びが消える訳でもない。
僕は一体、どうしてしまったんだろうか。
結婚制度反対派じゃなかったのだろうか。
分かってる。
僕にとって、エミリア王女は特別になった。それは、きっとあの時だ。あの時、僕のエミリア王女を見る目は変わったんだ。
―――私、ユーリ様にずっとずっと憧れていたんです。
なんてチョロいのだろうか。これじゃあエミリア王女を笑えない。
自慢じゃないけど、僕はクズだ。
けれど、そんな自分が嫌いというわけでもなければ、好きでもない。ただ、事実として捉えていたし、周りもそう見た。
だから、憧れているという言葉が、こんなにも自分を嬉しくさせるなんて知らなかった。
しかも、好きになったのが、振った直後。
自覚したのは、苗が成長して花が咲くまで。
僕の恋愛経験は、幼児並みかと嘲りそうになる。恥ずかしい。
好きになったら、どうするのか。結論はもう出ている。告白するしかない。
エミリア王女だって、自覚した瞬間にやってのけたのだ。
「ガルディス、その話受けるよ」
「おお、そうか。父上には俺から話を通しておこう!」
「じゃあ、用事思い出したから帰るね!」
「唐突だな、まあ良いが。じゃあな」
まずは帰ろう。
エミリア王女に告白するには、手紙を書かなければいけない。
直接会うにしても、手紙で伝えるにしても、直接会う場合は手紙でお伺いを立てなければいけないからな。
せかせか歩いていると、窓の外に花々が植えられているのを見た。
ここは二階、上からだと全体が一望できる。
そして、とある一角が目に付いた。
百合の花だ。
僕はそこに行くことにした。
思ってしまったのだ。エミリア王女はそこにいる、と。
曖昧な直感を信じて歩く馬鹿は僕だ。
しかし、居なければ帰ればいいだけなのだ。
歩けば直ぐに着いた。
辺りには色とりどりの百合が植えられている。
綺麗だと思うが、今は落胆の気持ちが強い。
「うーん、恥ずかしい奴だな、僕」
ちょっと顔が赤くなる。
根拠の無い思い込みでここまで来てしまった。
恋は人のブレーキを馬鹿にする。
エミリア王女の爆走具合も、ブレーキが馬鹿になった結果なのだろうか。今更ながら、親近感湧いてきた。
「あの、ユーリ様」
「うおっ!」
「すいません、背後から」
田舎の星空を眺めている時、背後にエミリア王女が居た時の同じ驚愕だった。
「その、たまたまここに居たのであって、ユーリ様を追いかけてきたわけじゃないんです。振られて身の上で迷惑をかけるつもりはなくてですね……」
「いや、大丈夫大丈夫」
むしろ僕が追っかけた側だし。
しかし、考えていなかった。
エミリア王女の会いたくてここまで来てしまったが、告白セリフを考えていなかった。
何が正解なんだ。
頭が混乱で爆発しそうだ。
「……あのさ、あの百合だけど」
「あ〜、あの百合ですね心配しないでください。枯れてしまっていても、私に怒る気なんてありませんよ。あれはもう、ユーリ様の物になったんですから」
「違う。枯れてない」
「……そう……なんですか?」
「ちゃんと僕が世話して、今日花が咲いた」
「それは……良かったです!」
エミリア王女があんまり良い笑顔で笑うものだから、思わず頭を撫でてしまった。無意識で。
クリーム色の髪はサラサラで、触り心地が良かった。太陽の下にいたからか、ほんのり温かく、掌に熱を伝えてきた。
エミリア王女は一気に頬を赤く染めあげて、次に恨めしそうな目で見上げて来た。
綺麗な若草色の目は、今ばかりは少し恐ろしげだ。
「ユーリ様、懲りてませんね。また、私が本気になってしまったら、どうするつもりなんですか?」
「……結婚するとか?」
「ふぇっ!冗談でも言っていことと悪いことが―――」
「冗談じゃないよ」
「え、え?」
「君を想って百合の苗を世話し、花が咲いた時、君の顔が頭によぎった。悪足掻きに見事にやられてしまったんだ」
「つまり、どういうことですか!」
もうとっくに分かっているだろうに、エミリア王女は答えを求めてきた。
真っ直ぐに好意を伝えるのは、何とむず痒いものなのだろうか。エミリア王女は尊敬に値する。
「僕が……エミリア王女のことを好きになったということ、だよ」
「〜っ!」
「もしも、エミリア王女がまだ僕のことが好きだと言うなら、僕と結婚してください」
エミリア王女は言葉にならない声で歓喜し、びっくりするほどはしゃぎまくった。
その姿を目の前で見せられると、羞恥と喜びで、内心グチャグチャになりそうだ。
ようやく落ち着いたエミリア王女は言った。
「断るはずがありません。その言葉を聞く為に、ずっと待ち続けていたんですから」
僕とエミリア王女は婚約を結んだ。
ガルディスはのたうち回って反対したが、国王夫妻は賛成してくれた。
僕達二人が婚約した経緯に、ガッツリ関わっているガルディスが反対というのも不思議な話だと思った。
僕が外交官として一人前になった頃、エミリア王女と結婚し、結婚二年目で息子が生まれた。
暴れん坊の我が家の問題児だ。
寝顔は天使のようだが、起きている時は悪魔のような子だ。僕とエミリアも手を焼いている息子。
こぼれでるのは、僕の口癖。
「全く、面倒臭いなぁ」
そう言いながら、笑みを浮かべてしまうのは、幸せだからに違いない。




