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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第一章 きっかけは亀
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その9

 案内された温室は、キャンパス内で四角い池のある中庭の、さらに奥まったところにあった。知っている人は知っている場所なのかもしれないが、杏梨は足を踏み入れたことがなかった。建てた人物がよほど気に入っていたのだろうか。周りには大学入口の並木道同様に銀杏の木々が立っており、青葉の木漏れ日が輝いていた。


「仁科さん」


 名を呼ばれ、はい、と慌てて温室に入る。温室はすべてがガラスと白い木枠でできていた。木枠のペンキがところどころ剥がれ気味になっているところからして、随分年代が経っているように思われた。


「どうです?」


 自慢げに問われた言葉に、杏梨は視線を下へ向ける。そこは苔の森、いや海だった。緑、翠、黄緑、深緑、碧色をした植物が地に根を張っていて、寄せては返す波のように見える。自分のところまで迫ってくるかのようだ。


「これ全部が苔?」


 呟くと、隣にいた森宮が胸を逸らした。


「そうですよ。僕の自慢の庭なんです。と言っても、仮住まいですけどね」

「はあ……」


 確かに大学側から借りているのだろうが。もう私物化しているとしか思えない。


(でも、ちょっと綺麗かも)


 水をあげたばかりなのだろうか。緑色の鮮やかさが際立って見える。苔の海に魅入っていると、森

宮が抱いていた亀を苔の上へ置くのが目の端に映った。


「あの、じゃあ、この亀吉さんも苔繋がりで?」


 尋ねると、森宮が照れたように頬を掻く。


「あー、まあ、従姉はそのつもりだったのかもしれないですねぇ。まあ、からかい半分だった可能性が高いですけどね」


 くすくすと肩を揺らす森宮を前に、杏梨はふと我に返る。目の前にいる人間はもしかしたら犯罪者かもしれないのだ。直接探るようにとは言われていないが、チャンスを逃す手はない。


「あのぅ、森宮先生。森宮先生って下の名前なんておっしゃるんですか?」


 まずは自分のことを知ってもらわねば、と杏梨は話を苔から転じる。


敦弘あつひろです。平敦盛たいらのあつもりの敦に弘前の弘で敦弘ですよ。仁科杏梨さん」


 森宮の言葉に杏梨は目を見開く。


「えっ! なんでご存知なんですか?」

「なんでって、いつも前の方で講義を聴いてらっしゃるじゃないですか。しかもさっきもちゃんとお名前呼びましたよ?」


 おかしげに告げられ、杏梨はそういえば、と羞恥で頭に血が上る。温室に入る前に名を呼ばれていたのに、疑問にも思っていなかった。

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