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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第五章 事件の終わり
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その9

「待ってよ! 妹尾君! 千奈津!」

「私も行くわ。これ以上お邪魔虫になりたくないから」

「や、山我先生まで……」


 席を立ち、さっさと歩き出してしまう山我に、妹尾と千奈津が続く。 どうにか身体を叱咤して千奈津たちを見ると、妹尾が手をあげてくる。


「頑張んなよ、杏梨ちゃん!」

「だってさ、杏梨」


 楽しそうに千奈津が妹尾の言葉に乗る。

 そんな千奈津の様子を見て、杏梨はもうこれ以上意地を通すことはできないことを悟った。それなら、腹を括るしかないではないか。


「千奈津! えー、……と……。あ、ありがとう」


 手をあげると、千奈津が親指を立て踵を返した。杏梨はチャンスをくれた親友に内心で礼を言い、勢いよく森宮を振り返った。


「も、森宮先生、 あ、あの!」


 声を裏返しながらも名を呼ぶと、森宮がそっと口元へ手をあててくる。


「いや、ここは僕からもう一度言わせてください」


 手で制され、杏梨は口を閉ざした。黙っていると、森宮の唇がゆっくりと動き出す。


「仁科杏梨さん。僕は、あなたが、好きです」


 一つひとつ、大切だと言い含めるかのように紡がれた言葉に、杏梨の心は喜びで震えた。


「わ、私も……。私も先生が、森宮先生が大好きです」

「あ、あ、ありが……とう……」


 顔を真っ赤にしてぎこちなく一礼してくる森宮が愛しくてたまらない。今までも幸せだったけれど、もう少しだけ欲張りになってもいいのだろうか。杏梨は両親と叔父の台詞を思い出す。


『チャンスがあるなら掴むべきだと思うわよ?』

『なあ、杏梨。「世間一般の普通」にこだわらなくても、幸せになる方法はいくらでもあるんだぞ?』


 そうだ。もう少しだけ、自分に素直になってみよう。杏梨は今一度、森宮を見つめ直す。


「先生、私決めました」

「何をです?」


 森宮が繋いだ手の力を強くしてくる。森宮から勇気を貰い、杏梨は森宮に向かい口元を綻ばせた。


「進路です。私、院を目指します」

「それはいい。あなたは研究者向きだと僕も思いますよ」


 一つ大きく首肯してくれる森宮を前に、杏梨は礼を言う。


「ありがとうございます。とりあえず、七月八日は生母の法事じゃなくて、音喜多ゼミのフィールドワークに参加することにします」


 決意を告げると、森宮が優しく両手を包んでくる。


「そうですか。あなたが決めたことです。二人のお母様もお父様もそれから叔父様も、皆さん喜んでくださると思いますよ」

「はい!」


 自身の思いを肯定してくれる森宮が頼もしく、愛おしい。


「あの、森宮先生……」

「なんでしょう?」

「大好きです」


 杏梨は恥ずかしさを押し退けて、不器用で熱い心を持った大好きな森宮の懐へ思いきりダイブした。慌てふためいた森宮が体勢を崩し、二人して苔の上へ倒れ込んでしまう。その振動に驚いたのだろうか。池の中心へ置かれた石の上にいた亀吉が、おもむろに顔と足を引っ込めた。



                                       了




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