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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第五章 事件の終わり
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その8

 だが、森宮の話は続く。


「ええ。だから嬉しかったし眩しくも感じたんです。悩むことから逃げないあなたを見ていると自分のしている研究は間違っていないのだと思えて勇気を得ることができました。それにあなたはご自分のこと以上に僕の行く末を案じてくれていましたね。確かに僕のことを心配してくれている人はたくさんいます。けれど、迷いなく僕の研究を信じてくれた人に出逢ったのは初めてでした。……なのにこの三日ほど、姿を見せてくれなくなってしまいましたね。正直とても辛かったです」


 それは山我のことを想う森宮を見ているのが辛かったからなのだが。杏梨は急いで森宮へ向き直ると、思った以上に真剣な目で見つめられた。


「え……、あ……」


 絡め取られたかのように身動きが取れなくなってしまい、杏梨は体温が急上昇していくのを感じる。


(ど、どうしたらいいの?)


 戸惑っていると、山我がからかいを多分に含んだ声をあげる。


「あらあら。なんだか私も無性に夫と子供に会いたくなっちゃったわ」


 ふふふ、と艶やかに微笑む山我に、杏梨は正気に戻る。そうだ。森宮の想いを山我に伝えるなら今しかない。これ以上からかわれる前に、彼の本当の気持ちを山我に届けてあげなくては。使命のままに、杏梨はわざとらしく手を打った。


「そうだ。森宮先生! 言うなら今ですよ! これまで募らせてきた想いを山我先生に伝えてあげてください! 悩んでいる学生たちを救ってきた森宮先生ならわかるでしょう? 先生だって前へ進むために大切な想いを告げないと。山我先生には一生届くことがなくなってしまいます。そんなの、先生の想いがあんまりにもかわいそうじゃないですか!」


 一気にしゃべりきってしまうと、森宮が空になったマドレーヌの包みをゆっくりと置いた。


「僕の想い? 伝えていいんですか?」


 森宮の言葉に、杏梨は深く首肯する。


「はい! もちろんです!」


 そうですか、と森宮が呟き、深呼吸をした。

 それから、ゆっくりと視線を合わせてくる。


「では仁科杏梨さん。僕はあなたが好きです。あなたが傍にいてくれないと、僕が僕でいられなくなるほど、あなたは僕にとって大切な人です」

「そうそう。って、え? わ、私?」


 杏梨は一瞬何を言われたかわからず、瞬きを繰り返す。


「そうです。杏梨さん、僕が好きなのはあなたです」

「じゃ、じゃあ、山我先生のことは」


 山我先生のことを本当に真剣に想っていたはずだ。だって……。とそこで思考がとまってしまう。杏梨は助けを求めるように視線を外そうと試みるが、森宮の瞳がそれを許してくれなかった。


「達子さんは僕にとって姉のような人で、そういった感情は一切持っていません。……その、つ、つまり、あなたに対して抱いているような、特別な、という意味でして……その……」

「あ……」


 森宮が言わんとしている意味をやっとのことで正しく理解して、杏梨は身を固める。身動きが取れずただ呻いていると、その隣で妹尾が席を立つ。


「さ、行くか」

「え? 邪魔しないの? 二人のこと」


 千奈津の声が聞こえる。意外そうな声音に、妹尾が告げた。


「いいんだよ。杏梨ちゃんに必要なのは俺じゃないってわかったから」

「ふうん」


 納得したようなしないような様子の千奈津へ対し、それに、と妹尾が続ける。


「俺に必要なのも、杏梨ちゃんじゃないのかも」

「そうなの?」


 尋ねる千奈津に、妹尾が答える。


「そ。だから行こうぜ」

「う、うん」


 千奈津が席を立つ音が聞こえる。これでは置いて行かれてしまう。杏梨は急いで声を出した。

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