その7
「二人とも、どうして高間君と美穂ちゃんがいるところがわかったの?」
すると、千奈津の隣にいた妹尾が彼女の代わりに話し出す。
「それは偶然だよ。高間とは俺たちがもう一度知り合いへ美穂ちゃんの行方について聞き込みしてる時鉢合ったんだよ。それでお互いの情報を交換してた時、美穂ちゃんがコンビニから出てくるのを見てさ。それで慌てて三人で追ってきたんだ」
杏梨は事の顛末を聞き溜め息を吐く。と、千奈津が無言のまま妹尾を見遣った。妹尾が顔を上向け告げる。
「確かプロのイラストレーターになりたいって言ってたけど、どうなんだろうなあ」?
すると、千奈津がカップからお茶を一くち口に含んで語り出した。
「なりたいって切望してるんだけど、コンペで認められないのよ。それで美大に入り直したいとか言ってたらしいんだけど、勉強はまったくしてなかったらしいの。バイト掛け持ちして忙しそうにしてるみたいだけどさ。優柔不断で調子のいいところがあるし、美穂に言わせると優しい人柄だからすぐ相手に肩入れしすぎるんだって。それで浮気しちゃうんだから美穂としては堪んないわよね。美穂とは三度目の浮気がバレて別れたんだって。でも別れてから気づいたんだって。美穂だけは自分の絵を心から好きだと言ってくれていたんだってさ。それでヨリを戻そうとしてたみたいよ」
「じゃあ、美穂ちゃんに振られたの、相当キツかっただろうね」
杏梨は高間の辛そうな顔を思い出す。だが、千奈津がクールに言い放った。
「いい薬になったんじゃない?」
千奈津の言葉に、妹尾が同意する。
「まったくだな。俺も男だから気持ちがわかんないわけではねぇけど。でも美穂ちゃんいいコだからさ。もっといいヤツ見つけた方がいいよな」
「ちょっと構ってちゃんではあるけどね」
笑い合う二人の話を聞き、杏梨は小さく唸った。
「うーん。確かに……」
わざわざわかりやすいところに自分の持ち物を残しておくあたり、結構厄介な性格をしている気がしないでもない。
「とにもかくにも、皆さん幸せになろうと努力なさっていて、僕はそのお手伝いをさせていただいた、というわけなんですよ」
森宮が何故か得意げに話を締める。そんな森宮を見ていると、杏梨は急激に怒りが湧いてきた。
「だったら、なんでそのことをすぐに話してくださらなかったんですか!」
強い口調で問い正す。だが、森宮が悪びれた様子はなく、うーん、と腕を組んだ。
「だって、やっぱり本人の意向を聞かないといけないと思ったものですから……」
「そうなのよねぇ……」
森宮の横でお茶を飲んでいた山我も頬に手をあて、考え込むような素振りを見せた。杏梨はまったく反省の色がない二人を前に肩を落とす。
(もう何を言っても無駄みたい)
もう一度同じようなことが起こった際、この人たちはまた同じようにして彼らを助けるのだろう。
(悪いことしてるわけじゃないけど、まどろっこしいっていうか、なんていうか……)
こめかみを指で押さえていると、森宮が山我の手作りだというマドレーヌの包みを開けながら言葉を紡ぎ出す。
「何しろ僕の温室へついてきたのにご自分の悩みを話さない方は、杏梨さん、あなたが初めてでしたので。正直戸惑いました」
マドレーヌを美味しそうに頬張りつつ微笑まれ、杏梨は胸を高鳴らせてしまう。
「わ、私は、だってその、美穂ちゃんのことを訊かなくちゃと思ってて……」
急いで視線を逸らそうとするも、はい、と森宮の言葉がそれを阻む。
「それは察していましたけど、あなたは自らで解決しようとなさっていました」
しっかりと視線を合わせられ、今度は固まってしまう。
「じ、自分のことですから」
吸い込まれそうな瞳に胸がどぎまぎして、杏梨は無理やり視線を明後日の方へ向けた。




