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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第五章 事件の終わり
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その3

「わかったよ、美穂。中途半端な今の俺じゃお前に相応しくないよな」



 無理やりな笑顔を作って美穂を見つめる高間へ、美穂が涙声で呟く。


「敏樹」

「元気でな」


 手をあげる高間に、美穂が頷く。


「うん。さようなら」


 踵を返し去って行く姿を美穂が見送る。そんな二人を見つめていると、今度は穗澄が美穂へ話しかけてきた。


「美穂。俺、俺は……」


 美穂のことを諦めきれないのだろう。口惜しげに拳を握り締める穗澄を見て、隆行が静かに穗澄へと近づいた。


「穂澄君。君も一人の男として、きちんと今の現状を受け入れなくちゃならない。わかるか?」

「はい……。わかります……わかってはいたんです……ずっと前から……でも……」


 唇を噛み締める穗澄を気遣わしげに見遣る美穂の父親に、隆行が告げる。


「丸田さん。あなたたちは一度きちんと話し合った方がいい。もし荒れそうなら、然るべきところからカウンセラーを紹介しますので遠慮なく言ってください。もちろん話し合いは奥様も一緒に行ってください」


 厳しい口調で語る隆行を前に、美穂の父親が消沈した表情で首肯した。


「はい……。わかりました」


 美穂が自分の父親の言葉を受けてほっとしたのだろう。ゆっくりと近づいてきた。


「千奈津、仁科さん、妹尾君、色々ありがとう。心配かけてごめんなさい」


 詫びてくる美穂に千奈津が涙目で答える。


「本当だよ。どんだけ心配したと思ってんのよ」

「うん。ごめんね」


 美穂が千奈津の手を握るのを見てから、杏梨は美穂へ微笑みかけた。


「とにかく無事でよかった。ずっと何かあったんじゃないかと思ってたから」

「随分捜してくれたって先生たちから聞いてた。本当にありがとう、仁科さん」


 満面の笑みを浮かべて礼を言ってくる美穂に、杏梨はネックレスと指輪を見せる。


「このアクセサリーはどうする? 持って帰る?」

「ごめんなさい。わたしにはもう受け取る資格がない気がする」


 そう言うだろうとは思っていた。だが、まさかこのまま持って帰るわけにもいかない。高間も受け取ることはしないだろうし、どうしたものか。考え込んでいると、なら、と隆行が声をあげた。


「俺がパーカーと一緒にしかるべきところで処理して貰うかな」

「叔父さん! いいの?」


 隆行の助け船に杏梨は瞠目する。そこまでして貰っては申し訳ない気もして尋ねると、隆行がくすりと肩を揺らした。


「ああ。まあ、アフターケアってヤツだな」

「ありがとうございます」


 頭を下げる美穂に軽く会釈して、隆行がこちらに近づいてくる。杏梨は隆行に指輪とネックレスを手渡す。ほっと一息吐いた後、ふと気がつき改めて美穂を見た。


「これからどうするの?」

「家族で話し合って、自分のやりたいことをもう一度考えてみる。また大学受験し直さないといけなくなるかもしれないけどね」


 自嘲気味に微笑み肩を竦める美穂へ向かい、杏梨は大きく首を縦に振った。

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