その1
頬に土の感触がして、痛みに顔を顰める。慌てて自分の下を確認すると、美穂の身体があった。ほっとして起きあがろうと手をついた時、背中が重いことに気づく。慌てて見あげると、間近に森宮の顔があった。
「せ、先生?」
驚いて声をかけるが、身体をどかそうとすると森宮の顔が苦痛に歪む。
「先生! 森宮先生! 大丈夫ですか?」
相手はカッターナイフを持っていた。まさか怪我をしてしまったのだろうか。そっと森宮を立たせながら自分も身を起こすと、精気が戻ったらしい森宮が目をしばたたいた。
「あ、はい。平気みたいです」
だが、自身の腕を回そうとして、少しだけ表情を歪める。脱臼でもしたのかもしれない。
「怪我は!」
急いで尋ねると、森宮が腕の様子を確かめながら首を横に振ってくる。
「ありませんよ」
森宮の言葉にほっとして周囲を見渡す。美穂も美穂の父親に抱き起こされ、無事だ。奥に千奈津と妹尾、高間の姿も見える。音喜多と山我、それに肝心の穗澄はどこだろう。ゆっくりと視線を移すと、握り締められたカッターナイフを必死で阻止している隆行の姿が目に飛び込んできた。
さらに彼らの後ろには険しい表情の山我と音喜多の姿もある。
「叔父さん!」
叫ぶも、叔父が返答することはなく、隆行の視線は一心に穗澄へと注がれていた。
「君のやっていることは犯罪だ。許されることじゃない。わかるか?」
淡々とした声音で、叔父が穗澄を諭す。だが、穗澄はまだカッターナイフを握り込んだまま動かない。
「わ、わかってるよ……。けど……」
自分で自分のした行為に驚いているのだろう。いや、もしかすると、恐怖さえ覚えているのかもしれない。訴えかけるように隆行を見つめ返す穗澄へ、隆行が厳しい声で告げる。
「けども何もない。わかったらそれを下ろすんだ」
静かに叱咤され、おとなしく穗澄があげていたカッターナイフを下ろした。隆行は無言でカッターナイフを穗澄の手から慎重に抜き取る。杏梨はほっと肩の力を抜いた。項垂れた穗澄へ隆行に代わって近づいたのは、美穂の父親だった。優しく背中を叩くその仕草は、小学生の息子を慰めるかのようである。
杏梨は完全に立ちあがり、隆行の隣へ向かう。
「結局、森宮先生は穂澄君から美穂ちゃんを護るために保護してたってことになるの? 叔父さん」
問いかけると、隆行が大きく首肯した。




