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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第四章 ハンニンとツミビト
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その14

「待ってってば、美穂! なんで逃げるのよ! ……って、あれ? みんなどうしてここに?」


 温室に集合している面々を見てきょとんとする千奈津の後ろで、妹尾が頭を抱えた。


「おいおい! どうなってんだ、こりゃ。意味がわかんねぇー!」


 何度も首を横に振る妹尾を尻目に、高間が美穂を問い質す。


「美穂! 説明してくれ! そこまでして俺から逃げたかったのか?」


 高間の問いかけに、美穂の目が小さく見開かれた。


「敏樹……」


 美穂が呟く。すると、穗澄が美穂と高間の間へ割って入る。


「当たり前だ! お前は姉さんを傷つけてばかりいたじゃないか! なあ、姉さん! だから俺のところに来てくれたんだろう?」


 穗澄が美穂の腕を取ろうとする。だが、美穂が即座に穗澄の手を払った。


「さ、触らないで!」

「姉さん?」


 驚いて目を剥く穗澄に、美穂が吼える。


「そうよ! 私はあなたの姉さんなの! それ以上でも以下でもないわ!」


 きっばりと言い切る美穂に、高間と穗澄が同時に呟いた。


「美穂……」

「姉さん……」


 脱力する二人を見ていると、森宮がおもむろに一歩前へ進み出た。


「穂澄君、わかったでしょう? 気持ちを一方的に押しつけても、互いに不幸になるだけなんです。それに君は今正気を失いかけていると思われます。少し休んだ方がいいと僕は思います」


 森宮の静かな声音が温室内に響き渡る。重い沈黙が降りる中、美穂の父親も森宮に同意した。


「そうだ、穂澄。お前は今疲れているんだ。だから、家に帰って少し休もう。それから家族みんなで話し合おうじゃないか」


 穗澄の横に立ち背中を叩く美穂の父親を眺めながら、杏梨は隆行へ問いかける。


「叔父さん。美穂ちゃんのお父さんはもう最初から全部承知してたのね?」

「ああ」


 隆行が首を縦に振り、語り始めた。


「実の息子の姉への執着が常軌を逸していると、早いうちから気づいていたらしい。だが、奥さんに話を持ちかけたところ、『そんなことがあるわけがない』と奥さんが半狂乱になってしまったそうでな。そこで父親である丸田さんが、何か間違いが起こる前に二人を引き離そうとしたんだそうだ。ちょうどその頃美穂さんは美穂さんで悩んでいてな。美穂さんは森宮さんと山我さんに弟と彼氏のことを相談したんだそうだ」


 隆行の説明に、杏梨は質問を重ねる。


「失踪したいってことを?」

「いいや。彼氏と別れて弟とも距離を置きたい、と」


 隆行が一瞬口を閉ざす。杏梨は突然沈黙した叔父を怪訝に思い、隆行の顔を見遣った。そんな視線を受けてだろうか。叔父が深く吐息して、また話し出した。


「それで森宮さんが物理的、強制的に離れる方法を美穂さんに提案したんだ。了承したのは美穂さんだから、事件ではなく美穂さんの意志による家出、ということになるな」


 ああそうか。失踪ではなく、家出なのか。ということは、やはり森宮も山我も犯人ではありえない。そもそも犯罪者など存在しなかったのだ。杏梨は安堵して、肩の力を抜く。


(よかった……)


 心底安堵していると、前方で掠れた声が聞えてきた。


「そんなの……」

「穂澄?」


 美穂の父親が息子の変化に気づき、眉根を寄せる。


「そんなこと言われたって納得できるかぁー!」


 いきなり美穂へ突進していく穂澄を、美穂の父親が慌ててとめる。だが、穗澄は実の父親をも振り払い美穂へ向かっていった。その手には小さなカッターナイフが握られていた。


「美穂ちゃん! 危ない!!」


 杏梨は咄嗟に美穂を庇うため彼女へ向かってダイブする。


『杏梨!』


 美穂へ覆い被さるように倒れ込むと、刹那、自分の名を叫ぶ声が二つ重なって聞こえたような気がした。

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