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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第一章 きっかけは亀
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その7

 夜が明けた。

 昨夜は叔父の隆行から言われた言葉が頭を巡り、なかなか寝付けなかった。気のせいかいつもの講義に対しても、どことなく身が入っていない。

 杏梨は二限が始まる前に自販機でほうじ茶ラテを買い、一気飲みした。さすがに甘くて頭がツーンとしたが、同時に嫌な気分も吹き飛んだ気がする。


「さて、と。叔父さんからは千奈津の友人たちから証言を取れって言われたけど……。千奈津の交友関係って広くて浅いのよね」


 まずは今朝クラスにいなかった千奈津を捕まえなくてはならない。早速SNSで連絡を取ると、すぐに既読がついた。


『ごめーん。今日は早朝バイトだから午後に行く』


 メッセージが秒速で届く。


『了解。じゃあ、着いたら連絡ちょうだい』


 千奈津よりも数秒遅くメッセージを送ると、また瞬速で返事が来た。


『はーい』


 了解、のスタンプまでついてくる。最近気に入ってるらしいぶさかわいい犬のスタンプだ。杏梨はくすりとしたのも束の間、少し途方に暮れた。


(どうしたもんだろう……)


 二限は法律で必修科目だが、今日は出る気にはなれない。


(このまま一人で話を訊きに行く?)


 だが、千奈津なしで相手がどこまで話をしてくれるかどうか。顎に手をあて考え込んでいると、目の端に黒い影が走った。不審に思って視線を向けると、そこには人ではない生き物がのんびりと歩行していた。


「亀?」


 それは亀だった。しかもただの亀ではない。背中の甲羅に無数の緑色をした何かがびっしりと生えている。


「苔? 苔が生えてる……! って、これもしかして蓑亀みのがめ?」


 初めて本物を見た、と密かに興奮していると、ふいに前方から声がかかった。


「残念ながら苔じゃありませんよ」

「え?」


 杏梨は驚いて顔をあげる。眼前には講義で見慣れた顔があった。


「亀吉さん、だめじゃないですか。温室から逃げだしたりしたら」

「森宮先生」


 亀を抱きあげるその人物の名を、杏梨は呼ぶ。

 森宮講師。昨日散々千奈津から怪しいと言われまくっていた男性だ。


「こんにちは」


 森宮が黒縁のメガネ越しに笑いかけてきた。おっとりとした笑顔である。薄手の青いシャツとベージュのスラックス姿だが、細身のせいかダボついて見えた。紺のスニーカーは年期が入っており泥だらけ。黒の短髪の後ろ側にはぴんっと立ったひと房の寝癖があった。


「こんにちは。この亀、先生が飼ってらっしゃるんですか?」


 当たり障りのない話題を振ると、森宮が笑顔のまま首肯する。


「はい。従姉に貰ったんですよ」


 穏やかな口調で答えられ、毒気を抜かれた。

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