その11
※※※
それから、さらに翌日。
大学の講義がすべて終了した十五時過ぎに、杏梨はまた裏山のログハウスを訪れていた。
「また来ちゃいました」
「あら、杏梨ちゃん。いらっしゃい。最近音信不通で姿を見せないって、敦弘が珍しく愚痴っていったところよ」
さっきまでここに森宮がいたという情報に、杏梨は体温を急上昇させる。森宮とすれ違いだったことに少しほっとしながらも、どこかで会えなかったことを残念に思う自分がいた。顔を見たいけれど、会ってしまったらどんな顔をすればいいのかわからないのだ。杏梨はふと落ち込みそうになる己を叱咤して、山我を見遣った。
「あ、はい。そのいくつか確かめたいことがあって。その、これのことなんですけど。見覚えないですか?」
小さく可愛い指輪。これの持ち主を知っているということは、真犯人であることの条件を一つクリアしたことになる。
「あら、可愛い指輪ね。でも残念。初めて見る物よ。丸田さんの物なの?」
的確に尋ねられ、杏梨はやられた、と内心で吐息する。
「音喜多先生によるとそのようだと思われます」
正直に白状すると、山我がくすりと肩を揺らした。
「じゃあ、これを持っていた人間が犯人ってわけね」
「……そうじゃないかもしれないし、そうかもしれないです」
しばし黙考して答えると、山我が目をしばたたく。
「どういう意味かしら?」
問いかけられ、杏梨は事情を説明した。
「これを見つけたのって、温室の苔玉の中なんです。でも、なんだか見えるようにわざと埋め込んであったような気がして……」
「そうだったの……。で、音喜多君はなんて言っていたの?」
山我の問いに、杏梨は音喜多との会話を告げる。
「Bマイナだって言われました。真実を掠っていることは確かなんでしょうけど、それがなんなのかわからなくて……」
本当は山我がすべてを知っているのだと思っていたのだが。違うのだろうか。それとも誤魔化されているだけなのだろうか。探るように山我の瞳を見つめると、山我が組んでいた腕を解いた。
「これから用事ある?」
「いいえ」
山我に問いかけられ、杏梨はかぶりを振る。
「なら、お茶の用事するからテーブルに座って待ってて。詳しい話はその後にしましょう」
「はい」
頷くと、山我がキッチンへと消えていく。杏梨は席へは座らず、ところ狭しと並べられている苔玉や苔の顕微鏡写真などを眺めて回った。家族の写真は、ここには置いてはいないようだ。
(やっぱり、山我先生が犯人なわけじゃないのかも。だとすると……)
真犯人は、やはり森宮、ということなのだろうか。森宮のほんわりとした笑顔を思い出し、吐息する。何気なく窓辺の苔玉に目をやると、そこに見覚えのあるものを見つけた。美穂が写真の中でしていたネックレスだ。
「これ!」
知らず叫ぶと慌てたように山我がキッチンから戻ってきた。
「え? どうしたの?」
「このネックレス、美穂ちゃんのです! 私、指輪は気がつかなかったけど、この薔薇のネックレスには見覚えがあります!」
彼氏に貰ったとは言っていなかったが、とても気に入っていたことは覚えている。それをこんなところに置いて行ってしまうはずがない。ネックレスを握り締めると、山我が背中に触れてきた。
「杏梨ちゃん。とりあえず落ちついて。席に着いて話しましょう。敦弘はね、実はあの子た……」
「なんで、ここにこのネックレスがあるんですか! 美穂ちゃんはここにいるんですか!」
「だから、それは敦弘たちが彼女このことしんぱ……」
「それって! やっぱり森宮先生と共犯で彼らを監禁しているってことですか? そんな、そんなの!」
千奈津が、皆が言っていたように、二人で共謀して美穂をどこかに隠しているのか。だとしたら、このネックレスは美穂からのSOSに間違いないではないか。杏梨は山我の手を振り払い、扉へと向かう。
「杏梨ちゃん? 杏梨ちゃん! 待って! 違うのよ!」
信じたかった。信じていたかったのに。森宮が真犯人なのだ。それが何よりショックで、杏梨はログハウスを飛び出す。遠くから山我が自分を呼ぶ声が聞こえてきていたが、留まる気にはなれなかった。




