その8
「俺も同感です。実は彼の研究が成就することを願ってるんですよ」
無理だとわかっていても、と息を吐く音喜多の言葉を受けて、杏梨は問う。
「森宮先生、なんでそこまでしてご自分のルーツにこだわっているんでしょうか」
唇へ人差し指の第二関節を置いたまま訊くと、山我が答えた。
「あの子お祖母さん子だったから。話は聞いたことある?」
尋ねられ、杏梨は肯定した。
「はい、少しだけですが。それより、以前から気になってたんですけど、山我先生には旦那様がいらっしゃるんですよね? それじゃあ、森宮先生とはどういったご関係なんですか?」
少しだけ責めるような口調になってしまったかもしれない。内心で唇を噛み締めつつ問うと、山我が不思議そうに首をかたむけた。
「え? ああ、敦弘は私の従弟よ。あの子から聞かなかった?」
「いいえ。でも、それって。じゃあ、森宮先生は今……」
本当に実らぬ片想いに苦しんでいるということか。
(従姉で結婚し、お子さんもいるのに好きになっちゃうなんて)
なんて辛いことだろう。
(でも、想いだけじゃどうにもならないものね)
自分だって森宮からしたら想われても迷惑なだけかもしれない。吐息していると、音喜多がおもむろに口を開いた。
「じゃあ、山我先生って、母方のご一族がドイツの苔女で、父方のご一族が水虎の末裔ってわけですか。なかなかしんどそうですね」
紅茶のカップをゆっくり回しながら、音喜多が感想を述べる。音喜多の発言に、山我が首肯した。
「そうね。苔女の伝承もなかなかハードだから」
「そんなに辛い思いをされてたんですか?」
海外でもそんな思いをしている一族がまだ存在しているのか。憤りを覚えながら問うと
山我が首を横に振った。
「私は全然。でもそうね。先祖は苦労していたと思うわよ。一時期は魔女狩りの対象になったりもしたらしいわ。まあ、早い話が森の薬草を使って村人を助けるレンジャーみたいなことをやってただけなんだけど。それがいつの間にか山に棲む魔女で人心を惑わし、旅人の荷や馬欲しさに彼らを騙したり襲ったりする、なんて言われるようになっちゃったわけ。私たち一族からすればいい迷惑だわね」
魔女狩り、という歴史上のワードが、初めてすとんと心の中に落ちてきて、杏梨は息を呑んだ。人助けをしていただけなのに、理解を示すどころか訴えられるなんて。可哀想なんて安易に言えるほど簡単なことではない。山我も森宮も、そんな迫害を受けつつ生きてきた一族の末裔なのだ。尊敬の念を込めて山我を見つめていると、横で音喜多が首を上下させた。
「なるほど。つまり、山我先生もやはりまだご自分のルーツにこだわりを持っていらっしゃるんですねえ」
音喜多の言葉に、山我が微苦笑する。
「……まあ、否定はできないかもね。と、そんなことより、仁科さん。あなた何か私に用があってここに来たんじゃないの?」
突然話を振られ、杏梨は面食らう。
「あ、あの、はい」
慌てて首肯すると、山我が口元を綻ばせた。
「何かしら?」
「あ、あの、美穂ちゃ……じゃなくて、丸田さんのことでちょっと」
そうだ。自分は己の力で真実を見極めようと山我のところへやって来たのだ。半ば忘れかけてたことを内心で恥じていると、音喜多が小さく呟いた。
「彼女なら気にしなくても大丈夫なんじゃないかなあ」
「音喜多先生、何か知ってらっしゃるんですか?」
驚いて音喜多を見つめると、音喜多が頭を掻いた。




