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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第四章 ハンニンとツミビト
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その6

「山我さん! いらっしゃいますか? 山我さん!」


 裏山のログハウスに向かったのは翌日のことだった。慣れてしまうと、散歩道のように気軽な気分で辿り着くことができてしまった。大学からログハウスまで、約十五分といったところだ。


「あら、まあ。可愛いお客さんだこと。一人で来たの?」


 出迎えてくれた山我が驚いたように目を瞠る。


「はい。色々とお訊きしたいことがあって」


 正直に用件を告げると、扉を大きく開けてくれた。


「私に答えられることならなんでもどうぞ。あ、でも今、中にもう一人いるんだけどね」

「え?」


 苦笑とともに中を顔で示され、杏梨は扉から室内を覗き込む。


「やあ! 仁科君」

「音喜多先生!」


 そこには、音喜多教授がテーブル席に座っており、ティーカップに手を伸ばしているところだった。香りからして紅茶だろう。


「先生がどうしてこんなところに?」


 問いかけると、音喜多が困惑げに首を傾げた。


「何って、お茶を飲みに来たんだが。まあ、いい。君も用事があるんだろう? 座りなさい。いいですよね?」


 山我へ尋ねる音喜多へ、山我が頷く。


「もちろんです。さ、音喜多教授のお隣へどうぞ」


 促され、杏梨は言われるままに着席した。


「あ、はい。失礼いたします」

「私はお茶を用意してきますね」


 山我が音喜多へ挨拶してキッチンへと消えていく。二人きりになったリビングで、杏梨は音喜多へ声をかけた。


「あの……」

「何かな?」


 音喜多がきょとんとした目で見てくる。


「音喜多先生は何故森宮先生のことを受け入れられたんですか?」


 ずっと考えてきたことを音喜多へぶつけてみると、音喜多が苦笑した。


「来ていきなりそれか? まあ、いいけどね。ええっと、つまり簡単に言ってしまえば面白いから、かなあ。彼の持論が合っているかどうかは別としてね。調べることは無駄にはならないと思うからな」


 音喜多の言葉に、杏梨は眉間に皺を寄せる。


「じゃあ、先生の仮説は間違っている、と?」


 問いかけると、音喜多がかぶりを振った。


「それはまだわからないよ。何しろ普通の民俗学からはかけ離れているし、かと言って生物学としても半端だしね。帝都大を追い出されるのも無理はないかな、とは思うよ」


 音喜多の発言に、杏梨はやんわりと異を唱える。


「私は紀要を拝読しただけですが、夢のある論だと思いました」

「確かにね。ただ今一つ説得力に欠けるんだよなあ。あいつの言ってる『苔』が見つかれば違うんだろうが。何しろあいつの博士論文は傑作だから」


 おかしそうに肩を震わせる音喜多に、杏梨は訊く。


「そんなに変わってるんですか?」

「『蓑亀の苔から見る竜宮眷属たちの歴史』。苔から竜宮伝説を語る人間はなかなかいるもんじゃないよ。評価面談でなんて言われたか聞いたことあるかい?」


 音喜多の問いに、杏梨は応じた。

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