その6
「山我さん! いらっしゃいますか? 山我さん!」
裏山のログハウスに向かったのは翌日のことだった。慣れてしまうと、散歩道のように気軽な気分で辿り着くことができてしまった。大学からログハウスまで、約十五分といったところだ。
「あら、まあ。可愛いお客さんだこと。一人で来たの?」
出迎えてくれた山我が驚いたように目を瞠る。
「はい。色々とお訊きしたいことがあって」
正直に用件を告げると、扉を大きく開けてくれた。
「私に答えられることならなんでもどうぞ。あ、でも今、中にもう一人いるんだけどね」
「え?」
苦笑とともに中を顔で示され、杏梨は扉から室内を覗き込む。
「やあ! 仁科君」
「音喜多先生!」
そこには、音喜多教授がテーブル席に座っており、ティーカップに手を伸ばしているところだった。香りからして紅茶だろう。
「先生がどうしてこんなところに?」
問いかけると、音喜多が困惑げに首を傾げた。
「何って、お茶を飲みに来たんだが。まあ、いい。君も用事があるんだろう? 座りなさい。いいですよね?」
山我へ尋ねる音喜多へ、山我が頷く。
「もちろんです。さ、音喜多教授のお隣へどうぞ」
促され、杏梨は言われるままに着席した。
「あ、はい。失礼いたします」
「私はお茶を用意してきますね」
山我が音喜多へ挨拶してキッチンへと消えていく。二人きりになったリビングで、杏梨は音喜多へ声をかけた。
「あの……」
「何かな?」
音喜多がきょとんとした目で見てくる。
「音喜多先生は何故森宮先生のことを受け入れられたんですか?」
ずっと考えてきたことを音喜多へぶつけてみると、音喜多が苦笑した。
「来ていきなりそれか? まあ、いいけどね。ええっと、つまり簡単に言ってしまえば面白いから、かなあ。彼の持論が合っているかどうかは別としてね。調べることは無駄にはならないと思うからな」
音喜多の言葉に、杏梨は眉間に皺を寄せる。
「じゃあ、先生の仮説は間違っている、と?」
問いかけると、音喜多がかぶりを振った。
「それはまだわからないよ。何しろ普通の民俗学からはかけ離れているし、かと言って生物学としても半端だしね。帝都大を追い出されるのも無理はないかな、とは思うよ」
音喜多の発言に、杏梨はやんわりと異を唱える。
「私は紀要を拝読しただけですが、夢のある論だと思いました」
「確かにね。ただ今一つ説得力に欠けるんだよなあ。あいつの言ってる『苔』が見つかれば違うんだろうが。何しろあいつの博士論文は傑作だから」
おかしそうに肩を震わせる音喜多に、杏梨は訊く。
「そんなに変わってるんですか?」
「『蓑亀の苔から見る竜宮眷属たちの歴史』。苔から竜宮伝説を語る人間はなかなかいるもんじゃないよ。評価面談でなんて言われたか聞いたことあるかい?」
音喜多の問いに、杏梨は応じた。




