その3
「だがなあ、君も君だろう?」
「どういうことですか?」
微かに穂澄の瞳が揺らぎ、杏梨は息を呑む。そのまま黙っていると、隆行が穂澄を見据えたまま問いかけた。
「君は美穂さんを好きだろう?」
「そりゃ好きですよ、たった一人の姉ですから」
肩を竦める穂澄を前に、隆行が手を横へ振る。
「いや、そうじゃなくて。一人の女性として見ているだろう? さっきもそんなようなことを吼えていたじゃないか」
「……確かに。僕は姉さんが好きです。女性としてとても魅力的だとも思っています」
穂澄が挑むような瞳で叔父を見返した。
「だが、お姉さんは嫌がっている」
隆行の確信をついた言葉を、穂澄が鼻で笑う。
「嫌がってなんか。姉は倫理的に反すると苦悩しているだけです」
穂澄の恍惚とした表情に、杏梨は戦慄する。なんなの、この人。眉根を寄せていると、隆行が吐息した。
「そもそも、どうしてそこまで実の姉に固執するんだい?」
先程とは打って変わった、優しい声音で尋ねる。張り詰めていた空気が少しだけ和らぎ、穂澄が口を開いた。
「姉さんは身体が弱かったんです。だから僕が護るんだと思ってきました。けれど、そんな時、僕が姉のことで学校の廊下の隅でいじめられてるところへ姉本人がやって来て、持っていたノートを相手に投げつけて助けてくれたんです。『私の可愛い弟に何するんだ』って。弱くて護らなくちゃならない姉が強く輝いて見えました。それ以来です。姉を精神的にも護れるよう強くならなくては、とずっと思って生きてきました。彼女は僕のすべてなんです」
夢見るように語られ、黙って聞いていた妹尾が呆れたような溜め息を吐いた。
「はあ……。これは……なんと言うか……」
「うーん。美穂、大変だっただろうなあ」
隣の千奈津も妹尾と同様な顔で呻く。杏梨も二人に深く同意した。
「そうね。だから森宮先生あんなこと言ってたのね」
しみじみと裏山でのことを思い返していると、隆行が視線を向けてきた。
「どんなことだ?」
「うーんと、それは弟さんじゃなくて高間君のことだったんだけど。『仮に元は彼氏だったのだとしても、彼女のことをちゃんと見てあげていたのかなあ』って。それって弟である穂澄君にも当てはまるわよね? だって女性として美穂ちゃんのことが好きなんだから」
わかりやすいように掻い摘んで話すと、隆行が首肯する。
「なるほど……。だからお前も見るからに落ち込んでるわけか?」
やにわに脈絡のないことを尋ねられ、杏梨は瞳を瞬いた。
「私、そんなふうに見える?」
「見えるな」
きっぱりと言い切られ、杏梨はふと吐息する。
(叔父さんには適わないなあ)
普通にしているつもりなのに、いつも見破られてしまう。
(それとも、私ってわかりやすい性格してるのかな?)
どちらにしても、これは正直に先刻気づいたばかりの気持ちを吐露するしかないだろう。杏梨は腹を括る。
「叔父さん、あのね」
言葉を紡ぎ出した時だ。隣で座っていた千奈津がいきなり立ちあがった。




