その1
浅間家に辿り着くと、そこには先刻の茶色い髪をした青年、美穂の弟が、所在なさげに立っていた。ついさっき森宮に捨て台詞を吐いていたのと同じ人間とは、とても思えない。それほど意気消沈して見えた。
「あ、あの……」
美穂の弟がためらいがちに声をかけてくる。
「丸田穂澄君?」
隆行が美穂の弟へ名を確認すると、穂澄と呼ばれた美穂の弟が深々と一礼した。
「さっきは頭に血が上ってしまって暴言を。大変申し訳ございませんでした」
殊勝な態度で縮こまっている穂澄に、隆行がかぶりを振る。
「いや、最愛のお姉さんが突然いなくなったんだ。取り乱すのもしかたがない。それで、わざわざさっきのことを謝りに来てくれたのかな?」
隆行が尋ねると、穂澄は首を左右に振った。
「いいえ。それだけじゃなくて、後で思い出したことがあって、こちらで待たせていただいてたんです」
「チャイムを押して事務所で待っていてくれてもよかったんだが」
隆行の言葉に穂澄が目を伏せる。
「なかなか勇気が出なくて」
穂澄の発言を聞いて、隆行の瞳の色が深まった。
「ほう……」
あれは信じていない時の目だ、と杏梨は思う。どうするつもりだろう。事態を見守っていると、隆行がふと息を吐いた。
「まあ、いいか。とにかく話は中に入ってからにしよう」
「はい」
隆行に促され穂澄が扉の中へ入る。杏梨は千奈津や妹尾とともに後を追った。廊下から事務所内へ通されると、隆行からソファを勧められる。
「好きなところに座っててくれ。お茶を用意してくる」
叔父が出ていこうとしたその時だ。事務所と自宅を繋ぐ廊下の扉から、ノック音がした。隆行が慌てて扉を開けると、はにかんだ笑みを浮かべた黒い髪をしたショートヘア姿の少女が立っていた。だが、その一方で服装は黄色のTシャツと踝すれすれの紺色をしたガウチョパンツといった、ほんの少しだけアンバランスな格好をしている。
「お茶とお菓子持ってきたよー」
明るい声音になんとなく重くなっていた空気が軽くなる。
「ああ、ありがとう由季。助かるよ」
「いいの。料理とか好きだし」
隆行の言葉に由季と呼ばれた少女が弾けるような笑顔で答えた。杏梨はお盆が丸テーブルに置かれるのを待ってから、挨拶をする。
「こんばんは、由季ちゃん」
「杏梨ちゃん! こんばんは! 今日は晩御飯までいられるんでしょう?」
年下の従妹が嬉しげに飛び跳ねてきて、杏梨は口元を綻ばせた。
「うん」
頷くと、由季がくるりと踵を返す。
「やった! じゃあ、私母さんを手伝ってくるね」
「ああ。よろしくな」
「はあい」
隆行の言葉へ後ろ手に手を振った由季が楽しげに去っていく。扉が閉ざされると、杏梨は隆行へ話を振った。




