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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第三章 苔のフィールドワーク
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その20

「俺、俺もアイツの気持ち少しわかります。今はとてもじゃないけど森宮先生と茶を飲む気分にはなれません。今美穂と会わせてもらえないのは意味があるからだって思いたいけど。でも、もし無理やり何かさせようとしてるなら、俺もアナタを許しません」


 燃えるような瞳で睨みつけてくる高間を前に、森宮が眉根を下げた。


「高間君」

「今日のところは失礼させていただきます」


 森宮が高間を呼びとめるが、高間は去って行く。


「おい! 待てよ、俺も行くから!」

「ついてくるな!」


 高間を追って駆け出そうとしたのは妹尾だが、高間自身によって制されてしまった。だが、二人のやり取りに気づいていないらしい千奈津が、振り返ってくる。


「あ! 行くならあたしも! ほら、杏梨も行こう?」

「え? わ、私は……」


 手を引いてくる千奈津に、杏梨は難色を示した。高間がついて来て欲しくないと態度で示していることもある。だが、それよりもまず先に叔父と話しておかなければならないことがあると思ったからだ。どうにかしてくれ、と視線で隆行へ訴えると、隆行が前へ出てきた。


「杏梨は例のアルバイトの件で俺と約束があるんだ。悪いな」


 叔父がフォローしてくれる。ほっと一安心していると、千奈津と妹尾の動きが同時にとまった。


「そうなんだ。ならあたしも残る。叔父様がいるなら色々聞きたいことあるし。パーカーのこと、ちゃんと話しておかないといけないし」

「俺も! 俺もそこらへんのところはっきりさせたい」


 そうだ。そのこともあった。気づいたばかりの自分の気持ちに手一杯で完全に失念していた。


「なんかあったのか?」 


 隆行が尋ねてくる。


「あ、うん。実は山の洞穴でこれを見つけたの」


 杏梨は自分のリュックに入れていた紫色のパーカーを取り出して叔父に見せる。


「美穂のパーカーなんです! だからこの森宮先生が怪しいのは確かなの! でも先生は認めてくれなくて……」


 捲し立てる千奈津の話を聞き終わると、隆行が視線を向けてくる。


「なるほど。杏梨、お前はどう思ったんだ?」


 隆行に尋ねられ、杏梨は己の願望を告げた。


「まだ、わからないと思う。ただそこに美穂ちゃんが忘れていっただけ、ってことも考えられるし」

「杏梨まだそんなこと言って! この森宮先生がやったことに決まってるじゃない!」


 千奈津に責められ、杏梨は一瞬言葉に詰まる。だが、負けられない、と反論を試みた。


「けど、じゃあいなくなった他のみんなはどこにいるの? 彼らを見つけない限り、怪しいって連呼ばかりしててもしかたないと思うよ?」

「ふむ。確かに杏梨の言う通りだな。ここはとりあえず保留にして、今日はもう解散した方がいい。陽も暮れたしな」


 隆行が沈んでしまった夕陽の名残を眺めながら結論付ける。側で成り行きを見守っていたらしい森宮が問いかけてきた。


「お茶、飲んでいかれないんですか?」


 とてつもなく残念そうに訊いてくる森宮へ、隆行が頭を下げた。


「すみません。まだ仕事が残っていますので」

「残念です。けれど、まさか仁科さんの叔父様が大学で清掃のお仕事をされているとは思いませんでした」


 柔らかな笑みを浮かべる森宮を前に、隆行が目を細めた。


「しがない派遣社員ですので、なんでもやりますよ。今はたまたまここで清掃を任されているだけですので」

「はあ、なるほど」


 叔父の言葉に森宮が首を小刻みに上下させる。森宮の反応を見つめていたらしい隆行が、おもむろに目を向けてきた。


「それじゃあ、杏梨。それから君たちも、帰るぞ」

『はい』


 杏梨は千奈津たちとともに一つ返事をする。そのまま歩き出した隆行が、小声で問いかけてきた。


「なあ、杏梨。一つ聞きたいんだが」

「なあに、叔父さん?」

「他に、隠してることはないんだな?」


 鋭い質問に、杏梨は息を詰める。


「……うん。ないよ」


 なんとか笑顔で応えると、しばらく瞳をじっと見据えてきていた隆行が吐息した。


「わかった。お前を信じよう。とりあえず詳しい話を聞きたいから、事務所に来てくれるか?」


 自分たちを見回して訊いてくる隆行に、杏梨は目を瞬いた。


「全員で?」

「できれば」


 杏梨は即座に二人を見遣る。もう二十歳にはなっているけれど、だからこそ心配なこともある。


「二人とも遅くなっちゃうかもしれないけど、平気?」


 とにかく千奈津と妹尾へ尋ねると軽い口調の返事があった。


「俺男だし、問題ないよ」

「あたしも大丈夫」


 二人の言葉に口元を綻ばせたのは隆行である。


「よし、じゃあいい機会だから夕飯も食べていってくれ。妻の飯は最高なんだ」

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