その13
「迎えに来ました。傘も持って来たんですが。雨も小降りになってきたので、山我さんの家まで行きましょう」
洞穴の反対方向を指さす森宮に、千奈津が吼える。
「そんなことより! これはどういうことなの!」
「はい?」
突然怒鳴られ森宮がきょとんとした視線を向ける。瞬間、千奈津がこちらの手からパーカーをもぎ取った。そのままパーカーを森宮へ投げつける。
「美穂のパーカーがなんでこんなところにあるのよ! あんたが監禁でもしてるの? 美穂を返して!」
叫ぶ千奈津を前に、パーカーを拾った森宮がふむ、と小さく頷く。
「僕は丸田さんの居所は知りませんよ。この服も、何故ここにあるのか理解できない状況です」
「そんな嘘誰が信じるもんですか!」
足を高く鳴らして森宮へにじり寄る千奈津に、森宮がごく平静な声音で説明を始めた。
「嘘じゃあありません。丸田さんのことを気にかけていたことは確かですが、それは彼女がこれからの行く末に悩んでいたからです。だから僕は苔の栽培を手伝っていただくという名目で、彼女の話を聞いていたんですよ」
淡々と紡ぐ言葉に、千奈津が唇を噛み締める。
「あたしは信じない。ここに残るわ」
木の根に座り、そっぽを向く千奈津へ森宮が珍しく厳しい口調で近づいた。
「駄目です。小さいですが、ここは山の中なんです。十四時過ぎると周囲の様子も変わってきます。ただでさえ山の天候は変わりやすいんですから。わがまま言わずついて来てください。さあ」
言うなり、森宮が千奈津の手を引っ張る。
「痛い!」
「おい! 乱暴はよせよ!」
千奈津の顔が苦痛に歪み、妹尾が割って入る。手を離した森宮がしばし俯いた後、顔をあげた。
「では、自分の足でしっかり歩いてください。行きますよ!」
「森宮先生……」
杏梨はいつにない森宮の態度に戸惑う。困惑が森宮に伝わったのだろうか。森宮がおもむろに視線を向けてきた。
「あなたも僕が誘拐犯に見えますか? それとも、人を取って食う妖怪にでも見えますか」
悲しげな森宮の声に、杏梨は首を左右に振る。
「いいえ。でも、そうでないとも言えません。ごめんなさい」
これが今の正直な気持ちだ、と内心で告げると、森宮が口を開いた。
「謝らないでください。あなたが悪いわけではないのですから」
ふっ、と微笑む森宮の表情を見て、胸がぎゅっと痛んだ。
(あ……)
瞬間、杏梨は悟った。
(私、先生のこと本当に好きなんだ……)




