その11
「杏梨ちゃん。あんな奴のこと信じちゃダメだよ。絶対に何か隠してるって」
訴えかけてくる妹尾を前に、杏梨は反論する。
「そうかもしれないけど。でも悪い人じゃないと思うわ」
はっきり宣言すると、妹尾が視線を外し千奈津を見た。
「波田はどう思うんだよ」
脅すように尋ねる妹尾へ、千奈津が肩を竦ませる。
「怪しい、かな」
「千奈津」
千奈津の言葉に杏梨は非難の声をあげる。だが、千奈津も引いてはくれなかった。
「だっていきなり私たちを放ってどっか行っちゃうし。雷鳴るし」
「雷は先生と関係ないじゃない」
それは濡れ衣もいいところだ、と言い咎めると、妹尾が名を呼んできた。
「杏梨ちゃん。やっぱり杏梨ちゃん、あいつのこと」
「え?」
妹尾が紡ぐ言葉の意味を計りかね首を傾げると、妹尾がそっと右手を握ってきた。
「杏梨ちゃん、前にも言ったけど。俺は杏梨ちゃんが好きだよ。あんな奴よりずっと前から杏梨ちゃんだけを見てきたんだ。自分の好きなことに一直線で、一生懸命なとこ、ずっといいな、って思ってた」
「妹尾君」
本気で言ってくれているのはわかる。だが、自分が妹尾を選べないこともよくわかっていた。この人ではない、と、頭のどこかで信号が点滅するのである。
「俺にしておきなよ。絶対に後悔はさせないから」
自信満々な様子で自らを親指で指さす妹尾を前に、だが心は少しも動かない。どう断ったものか、と思っていると、横合いで盛大な溜め息が聞こえた。
「あんたってデリカシーないわねー。あたしがいる前で二回も告白するなんて」
呆れきった声で発された言葉に、妹尾が肩を竦ませる。
「証人になって欲しくてさ」
「何それ。意味わかんない」
千奈津が眉根を寄せるが、妹尾が邪険に千奈津を遮った。
「どうでもいいよ。それより、杏梨ちゃん。俺じゃダメかな? 全然望みない?」
顔を覗き込まれ、杏梨は深々と頭を下げる。
「……ごめんなさい」
「なんで? あいつの方が危険だよ。やめた方がいいのに」
「そんなんじゃ」
「杏梨ちゃん……」
妹尾が右手を握り込んでくる。杏梨は妹尾の手から逃れようともがくが、びくともしない。立ちあがって後ろへ下がるが、妹尾もついてくる。すぐ壁際に追い詰められてしまった。




