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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第三章 苔のフィールドワーク
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その9

(あ、駄目だ、この推理……)


 どうしても森宮犯人説が色濃くなってしまう。なのに、何故こんなにもその推理を否定したいのだろう。


(わーもう、やめっ!)


 杏梨は一人かぶりを振る。せっかく苔の散策に来たのだ。少しでも楽しまなくては損というものだ。杏梨は手近にあった苔へルーペを翳す。


「あ、これ。本当に綺麗」


 楕円形の葉がらせん状につき、先端が白い蕾のようなものをつけている苔を木の幹に見つけた。苔も花をつけるのだろうか。考えつつ、森宮を呼ぶ。


「先生。この苔はなんていう苔なんですか?」


 だが、返事はない。そんなに離れた場所まで移動したつもりはないのだが。顔をあげて森宮の姿を探すが、元いた場所に森宮の姿はなかった。


「ねえ、森宮先生は?」


 杏梨は、近くでそれなりに苔の観察を行っていたらしい千奈津と妹尾へ呼びかける。


「んあ? あれ? いねぇなあ」


 顔をあげた妹尾が辺りを見回して眉根を寄せた。


「あの人、あのまんまの格好でどっかに行っちゃったのかしら?」


 千奈津の問いに、妹尾の片眉があがる。


「あの格好でか? もうほとんどホラーだな」

「まったくよね」


 千奈津と妹尾が笑い合ったが、杏梨はそれどころではなかった。


「捜さないと!」


 走り出そうとすると、妹尾がのんびりとした口調で言葉を紡ぐ。


「そのうち戻ってくるんじゃないかな? ここらへんで待ってようぜ」

「賛成!」


 妹尾の提案に千奈津が即座に乗る。


「でも……」


 いくら慣れているのだとしても、離れ離れは良くないのではないだろうか。杏梨はもう一度周囲を見渡すが、やはり森宮の姿は見えない。まさか他の学生たちと同じく行方不明になってしまっているのでは。想像するだけで身震いがして、杏梨は両腕を自ら抱きしめる。だが、二人の友人は何も気にしていないようだった。


「いいから、いいから」


 妹尾が肩を叩いて宥めてくる。それでも不安は拭うことができず。どうしたものかと思案していると、ゆっくりと妹尾が空を見あげた。


「あれ?」

「何よ?」


 千奈津の問いかけに、妹尾が答える。


「雨じゃないか?」

「ええ? 傘持ってないわよ!」


 岩に座していた千奈津が叫んで立ちあがった。


「今は登山仕様なんだから、少しの雨なら大丈夫よ」


 レインコートも入ってるし、と杏梨は採取用バッグの中から、森宮の用意してくれた半透明なレインコートを取り出してみせる。その時だった。バケツをひっくり返したような雨が降り出し、杏梨は身を固めた。


「うわ! こりゃやばい!」


 妹尾が急いでパーカーのフードを被る。さっきまであれだけ晴れていたのに。慌ててレインコートを着ていると、同じくレインコートを着込んでいた千奈津が声をあげた。


「どっかで雨宿りしましょうよ」


 提案した途端辺りが暗くなり、雷が山全体に鳴り響く。


「キャ!」


 千奈津が短い悲鳴をあげた。


「おい! いきなり抱きつくなよ!」


 うろたえる妹尾に対し、千奈津が激しく首を横に振った。


「ごめん! 雷だけは苦手なの!」


 千奈津の発言に吐息した妹尾が、千奈津にしがみつかれたままの状態で視線を向けてくる。


「杏梨ちゃんは平気?」

「うん。でもこのままじゃみんなずぶ濡れになっちゃう」


 レインコートもこの雨では効果がないらしい。杏梨は辺りを見回して身を隠す場所を探す。


「どっか雨をしのげる場所がないかな」


 半ば独り言のように問うと、妹尾が手を打った。


「探そう!」


 怖がる千奈津を引き剥がすこともせず、妹尾が踵を返す。杏梨は千奈津ごと歩き出した

妹尾に少し驚きつつ、彼の背中を追った。

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