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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第三章 苔のフィールドワーク
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その8

 その証拠に、森宮の話はさらに続いていく。


「ええ。これも前回お話したと思いますが、精神的な病でしてね。本当に生き血を求めて飼っている鶏や猫などを殺してしまう子供だったので、閉じ込めたんですよ」

「では、世間には嘘を吐いた、と?」


 嘘を吐いたからと言ってどうということはない。隠し事なら今の家庭にも普通にあるのだから。だが、村社会というのはもっと複雑らしく、森宮が小さく肩を竦めてくる。


「暗黙の了解、というやつです。だからこそ、僕らのご先祖は皆水虎の一族、と呼ばれるようになったわけです」


 知っていて、知らない振りをされていたのか。しかもそれを陰で伝えられ、徐々に社会から倦厭されていく。


(先生のご先祖様って、本当に辛い思いをされたのね)


 杏梨はふと吐息し、森宮を見遣る。


「本当にこの間おっしゃっていた通りなんですね。でも、先生はこの間、畏怖の対象にもなっているって」


 だからそこまで深刻な話だとは思っていなかったのに。半分責めるような口調になってしまい、しまった、と内心で後悔していると、森宮がまた苔へと視線を戻しながら肯定した。


「はい。それも前回お話した通りです。つまり浦島太郎は蓑亀を助けたのではなく、逆に亀に助けられた、というわけですね。興味深い話でしょう?」

「はい、とても」


 浦島太郎を研究したいと思っている自分には、とてつもなく魅力的な話だ。


(でも、先生の研究のお邪魔になっちゃうかも)


 研究対象が重なってしまうことで迷惑をかけては申し訳ない。四年になるまでにもっと勉強しておかなくては。密かに深く決意していると、森宮が苔を指さした。


「だからこそ、そんな蓑亀が本当にいたのか、それを調べる必要があるんですよ」

「ええっと。つまり『苔』ですか?」


 森宮の意図を計りかねて尋ねると、森宮が深く頷く。


「その通りです。まあ、誰も見向きもしてはくれない論ではありますがね」


 くすりと肩を揺らす森宮の声がやけに悲しく響いて、杏梨は胸が痛くなった。


「森宮先生……」


 森宮の名を呼ぶ。だが、当の本人は苔を探して地を這いずって奥へと進んでいってしまう。


(もしかして、一人でいたいってことかしら?)


 それなら邪魔はしない方がいいだろう。


(さすがに勝手に遠くへ行くってこともなさそうだし)


 杏梨は森宮から視線を外し立ちあがる。貰ったしおりを見ながら周囲にある苔を見て回った。木についている苔、日当たりの良い場所にある苔、岩についた苔……。

 だが一人になると、自然考えは行方不明になった美穂の方へ向かってしまう。


(美穂ちゃんもこんなふうに苔の散策をしていたのかな?)


 自ら出て行く人間ではない、と美穂の両親は言っていた。だとしたら、やはり何者かに連れ去られたと考えるのが妥当だろう。だが、一体誰に?


(高間君は、何か知ってるのかなあ?)


 昨日、廊下で指輪を見せた瞬間、高間は何かに気づいたようだった。

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