その6
「それってやっぱり少し民俗学からズレている気もします」
こうでも言わないと、森宮の本気が理解されないだろう。事実、森宮の瞳が一際輝いた。
「そうでしょうか。僕にとってはすべてが一つなぎになっているように思えます。僕の一族は竜宮の眷属でありながら人の血を喰らう水虎という妖怪だと忌み嫌われてきました。けれど、謂れにはそれ相応の意味があったわけです。僕は竜宮伝説のことをもっと深く知りたい。蓑亀の苔と称されている部分が藻ではなく、本当に苔が生えていたとしたらどうでしょう? そもそも海水でも耐えられる苔が存在するのかどうか。蓑亀が淡水に多く生息しているということはわかっています。でももし海水に耐えられる苔があったとしたら、きっと竜宮伝説にある竜宮は本当にどこかに存在していたという事実に近づくことができます。それは僕にとってとても意味のあることなんです。僕たち一族は実際は何者だったのか。竜宮伝説で苔や藻のことを調べていくことはその一環です。そしてこの研究はきっと『人間はどこからきて何処へゆくのか』という命題に答えていく一歩にもなると思うんです」
「森宮先生……」
そうだ。この情熱だ。自分にも学んで行けばいずれ同じような情熱を持つことができるだろうか。
(森宮先生と同じものを見てみたい!)
どんどんと熱くなっていく胸を鎮めるため、知らず胸元へ手を置く。すると、こちらが身動ぎしたことで我に返ったのだろう。
「失礼、少々熱くなりすぎたようです」
森宮がきまり悪げに咳払いをした。
「いいえ、お話が聴けて嬉しいです」
感動のままに告げると、ふいに横合いから声がかかった。
「おいおい、朝から何熱弁奮ってるんだ? 仁科さんたち、森宮君の説は民俗学においては相当な異端だから。安易についていくと苦労することになるぞ」
驚いて視線を移すと、そこには丸首の白いシャツと黒いスラックスを身につけた音喜多が立っていた。
「音喜多先生! どうしたんですか?」
教授も一緒に行くのだろうか。だが、その割には靴が黒い革靴なのだが。杏梨は目を見開いたまま尋ねる。音喜多が首を横に振った。
「いや、別に用事はないんだが。ただ入るなり森宮君の熱弁が聞こえてきたから様子を見に来たんだ」
「すみません」
森宮が恐縮そうに縮こまると、音喜多が頭を掻いた。
「ただでさえ他の教授たちからの風当たりも強いんだから。持論を述べる時は気をつけろよ。すべては確証を掴んでこそのものだからな」
「はい」
音喜多の忠告に森宮が素直に首肯する。それで満足したのだろう。音喜多がで、と話を転じてきた。
「裏山へ行くのか?」
「はい」
音喜多の問いに森宮が首を縦に振る。
「今のお前の立場的にこの時期学生を連れていくのは控えた方がいい気もするが。まあ、ちょうど暇だから俺が留守番しておいてやるよ」
意外な申し出だったのだろう。森宮が瞳を瞬く。
「鍵もかけますし、必要ないと思うんですが」
首を傾げながら告げる森宮に対し、音喜多がしっしっ、と手を前後させた。
「いいから。留守の間に誰かが来たら困るだろう? それに俺だってちょっと一息入れさせて欲しいだけだ。ここは俺に任せてお前らは山へ行ってこい」
音喜多もこの苔の温室を気に入っているのだろうか。
(植物にはあまり興味なさそうな先生だと思ってたんだけど……)
杏梨は意外に思いながら、森宮へ視線を移す。森宮も同じように思ったのか、はあ、と曖昧に首肯した。
「まあ、そういうことでしたらよろしくお願いします。では、皆さんお待たせしました。早速苔の探索に向かいましょう」
『はい!』
杏梨は千奈津とともに気合いを入れて返答する。
「へーい」
だが、妹尾だけは面倒臭そうな声音を隠そうともしなかった。




