その4
「今のところ、警察でも言われた通り事件性は低い気がします。それでも捜されますか?」
隆行の言葉に杏梨は内心で拍手を送る。美穂の母親も隆行の強い瞳を真っ向から見据え、力強く肯定した。
「はい。もし何かの事情で家に帰れないのでしたら、実際会ってその理由を聞き、話し合いたいです。今ここにはおりませんが、美穂の二つ下に息子がいるんですが。母親の私から見ても二人は本当に仲が良くって。あの子も心配していますし」
美穂に弟がいるとは知らなかった。まあ、元々そこまで仲がいいわけでもなかったが。ともあれ、家族皆が心配しているのだ。なんとか解決して欲しい。杏梨は誰にともなく祈る。すると、隣にいた千奈津がいきなり焦げ茶色をした丸テーブルを叩いた。
「それに、まだ事件じゃないとは言い切れないんです!」
「千奈津!」
杏梨は千奈津の主張を制する。まとまりかけた話を変に広げられたら面倒なことになると思ったからだ。だが、千奈津の剣幕は思った以上であり、制止などものともせず話し出してしまった。
「杏梨はいいから黙ってて! 実はうちの大学、このところ突然いなくなっちゃったって子が多くって。もう美穂を入れたら六人目なんです。みんな家出で片付けられてるけど、あたしはそうじゃないと思う」
「ほう? それはどういう理由で?」
隆行が興味を示してしまう。話が大袈裟なことにならなければいいが。ハラハラしている横で千奈津が捲し立てる。
「いなくなっちゃった子たちって、いなくなる前、みんなある先生の講義受けてて。どうも個人的にも会ってたみたいなんです。それがものすごく親しげで。でも、その先生ってなんか怪しくて、他の学生たちはあんまり近づかないようにしてるくらいなんです」
「なんか怪しいって言われてもなあ」
千奈津の話に隆行が困惑げに頭を掻く。
「民俗学を教えてて、みんなは『星浄大学の水虎』って呼んでます。とにかく、怪しいんです」
断言する千奈津を前に隆行が首を捻った。
「水虎?」
尋ねられ、杏梨は簡単に説明する。
「大きな河童みたいな妖怪のことよ」
「その教授がなんでそう呼ばれてるんだ?」
単純に興味をそそられたらしい叔父が視線を向けてきて、杏梨は吐息した。
「先生は教授じゃなくて講師。まあ、それはともかく、妖怪云々は先生自身が言うのよ。『僕は水虎の一族だから、近づいたら危ないですよ』って。でも、ゴマすって単位もらおうって感じの子にしか言ってないと思うけど」
講義の様子を思い出しながら言葉を紡ぐと、隆行が尋ねてくる。
「お前は言われたことあるのか?」
「ない。っていうか、個人的には話したこともない気がする」
頬に人差し指をあてながら考えるが、そういった記憶はなかった。ただ、講義自体は面白いと思ってはいるが。もう少し詳しく説明しようとした時だ。またしても千奈津がテーブルへ身を乗り出した。
「単位なんて関係ないって! あたし美穂が森宮先生と会ってるところ何回か見たし。それに他の子に聞いたら自分たちもいなくなった子たちが先生と親しげに話しながら裏山へ行くのを見たって。それに……」
唐突に言葉を濁した千奈津の顔を、杏梨は覗き込む。
「どうしたの?」
訊くと、千奈津が真剣な面持ちで問いかけてきた。