表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第三章 苔のフィールドワーク
39/79

その3

   ※※※


 講義室から出て廊下を走っていると、意外な人物とすれ違った。


「え? あなた……」


 驚いて足をとめると、その人物が振り返る。


「え?」

「高間君、だよね?」


 杏梨はぎざぎざした黒い長髪の青年に近づく。振り向いた青年はこちらの姿を認めると、明らかに肩の力を抜いた。


「ああ、波田の友達の……」

「仁科です」


 もう一度簡単に名乗ると、ふいと視線を逸らされる。


「知ってる。昨日聞いたし」


 視線の先を追うと、窓の外に山我が暮らしているという裏山が見えた。


「ここで何してるの?」

「別に何も……」


 スケッチでもするつもりだったのだろうか。さりげなく手元を確認するが、今日はスケッチブックを持ってはいなかった。ふと気がついて、慎重に言葉を紡いでみる。


「美穂ちゃんなら、まだ見つかってないわよ」


 前髪で隠れがちな面に向かい報告すると、高間が拳を握った。


「……別に……どうでもいいし……」


 千奈津の情報によると、高間は経済学部である。学ぶ棟も違うのに、何故こんなところにいるのか。美穂のことがどうでもよかったのだとしたら、こんなところにいないのではないだろうか。杏梨は少しの間黙考する。


(指輪のことを訊いてみる?)


 これは案外いい機会かもしれない。杏梨は内心で首肯し、高間へ問いかけた。


「あの、ちょっと訊きたいことがあるんだけど。いいかな?」

「何を?」


 視線を山へ向けたまま、高間が尋ね返してくる。やっぱり難しいかな、と少し怯みながらも勇気を出しポケットから指輪を取り出す。


「これ、見て欲しいの」


 面倒臭げに視線を向けてきた高間が、指輪を見た途端固まった。


「……どこで見つけたんだ?」


 睨み据えてくる高間を前に、杏梨は微笑する。


「やっぱり美穂ちゃんのなんだ。あなたがあげた物なの?」


 尋ねると、高間が拳を壁へ打ちつけた。


「どこで見つけたんだよ。言えよ!」


 苛烈な目で見据えられ、杏梨は息を呑む。怖さに足が震えそうになるが、負けず睨み返した。


「森宮先生が借りてる温室だけど」

「……先生の……」


 森宮の名を出すと、高間が悔しげに唇を噛み締める。


「畜生!」


 吼えるなり、踵を返す。


「え? ちょっと、高間君!」


 まだ訊きたいことがあるというのに。


「高間君ってば!」


 杏梨は叫ぶも、走り去ってしまうまで高間が振り返ることは一度もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



yado-bana1.jpg

相方さんと二人で運営している自サイトです。




― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ