その2
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講義が終わり、皆が講義室を出て行く流れの中で、杏梨は教壇にいる森宮を呼びとめた。
「森宮先生、今少しお時間ありますか?」
室内で話しかけられるとは思っていなかったのだろう。驚いたように瞬きを繰り返した後、森宮が問いかけてきた。
「質問ですか? 今日の講義わかりづらかったですか?」
不安げに尋ねてくる森宮へ杏梨は手を左右に振る。
「あ、違うんです。あの、すみません例のお話で少しお願いがあるんですが」
他の学生に聞かれぬよう声を低めると、森宮が小さく手を打った。
「ああ! 苔の! はい。なんでしょう?」
途端にうきうきした様子で質問を待つ森宮へ、杏梨は頼みごとを告げる。
「あの、裏山探索の件なんですけど、友人に話したらぜひ一緒に散策したいって言われてしまって。あと二人ほどご一緒してもよろしいでしょうか」
慎重に問うも、森宮の瞳がさらに輝いた。仲間が増えるのがとにかく嬉しいらしい。
「そうですか。いやいや、構いませんよ。それじゃあ、早速ですけど仁科さん、明日のご予定は?」
尋ねられ、杏梨は即座に答える。
「日曜日だから一日空いてます」
「それは良かった。では明日朝十時に温室へ集合ということで。準備しておきますから、ご友人がたにも伝えておいてください」
柔和な笑顔で応じられ、杏梨は安堵した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする。顔をあげると目を細めて微笑む森宮の顔が飛び込んできて、不覚にも胸が高鳴ってしまった。
(え? え?)
何故突然動悸がしてしまうのだろう。
(先生から離れなきゃ)
クリーム色をしたブラウスの胸元をぎゅっと握り締めながら、慌てて視線を逸らす。
「仁科さん?」
「では、し、失礼します!」
杏梨は動揺を悟られぬよう、急いで廊下へ出た。




