表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第三章 苔のフィールドワーク
37/79

その1

 土曜日、三限目。

 今日の講義は土曜なので四限までで終了だ。それなら他の大学に倣って休日にしてくれてもいいのに、との言葉もちらほら聞くが。杏梨にとっては楽しみな時間なので大学側には感謝している。まあだからと言って、さすがに一限から四限全部の講義を受講する気にはならないが。ともあれ三限目、いつものように教壇へ立つのは森宮敦弘講師であり、講義名は「竜宮伝説を読み解く」である。


「今日は竜宮伝説がいつ頃からどこで発生した話かどうかの検証してみたいと思います。ご存知の方いらっしゃいますか?」


 森宮がよく響く声音で尋ねると、右斜めの方から男子学生の声が聞こえてきた。 


「いつ頃からかはわかりませんが、中国だったかと思います」

「日本に近いところではそうですね。他にもミクロネシアが起源だ、とした研究書もあります。日本では『日本書紀』や『丹後国風土記』に出てくるものが一番古いです。西暦八世紀頃になりますね。一方中国の竜宮伝説は色々なバリエーションがあります。一番日本のものと似ている話は『洞庭湖の竜女』と言われる話で、長江流域に伝わっているものです。この話は、五世紀頃に書かれたものですから、少なくともそれ以前から話の源になった事象があったことになりますね。他にも竜宮信仰というものが存在していて、インドやイギリスの中にも水の中ある宮殿の話が出てきます。特にアイルランドで伝わる騎士オシアンの伝説はケルト神話であり、三世紀にまで遡ると言われています」


 森宮の柔らかな声が講義室内に響き渡る。


「さて、『丹後国風土記』では、『浦島太郎』ではなく『浦嶋子』であり、亀を助けるくだりはありません。また乙姫は亀の化身であり、『亀姫』と呼ばれていました。また『浦嶋子』はお爺さんになるのではなく、白い煙となって天へと昇り消えていきます。よく比較されている、鶴となって蓬莱山へ向かい亀に再会して夫婦仲良く暮らした、というお話は、室町時代に入ってからになりますね。ですから、一緒に暮らした、というのは完全なる創作であろうと僕は思います。けれど玉手箱を開けてお爺さんになった、という話から、僕は浦島太郎や龍王、乙姫と見られる人物や文化が、実は実存していたのではないかと考えています」


 流れるような森宮の講義をとめたのは、女子学生の質問だった。


「沖縄の与那国海底遺跡みたいなのですか?」


 女子学生の疑問へ森宮が嬉しげに頷く。


「そうです。竜宮伝説は他にも、神奈川県の横浜市、長野県の木曽山中、神奈川県の三豊市にもあります。ですが、それにはまたいくつかの仮説がありまして……」


 講義はさらに続いているが、杏梨は半ば耳に入ってこなかった。犯人は、森宮なのか。そうでなければ一体誰なのか。昨晩からそのことが頭をぐるぐると巡り、講義の内容があまり頭に入ってこない。こんな時のことも考えて、常日頃からICレコーダーで録音しているから大丈夫だが、それよりも重い問題が解決しないことには聴く気になれないこともよくわかっていた。


(今のところ、森宮先生以外に怪しい人って残念ながらいないのよね)


 まあ、山我も十分怪しい人物ではあるのだが。彼女の場合、単独でそんなことをする理由が見えない。

 一つ言えるとしたら、二人ともが犯人、つまり共犯関係である可能性がないわけではないということだ。


(森宮先生と山我さんが……)


 杏梨は学生たちに語り続けている森宮へ視線を向ける。やはり、今真面目な顔で講義を行っている目前のこの人物が、監禁や殺人なんて大それたことができるようにはどうしても思えなかった。


(身代金の要求はないから犯人の望みはお金じゃない。ってことは……)


 自ら失踪したのか。だがもしわいせつ行為などが目的なのだとしたら、美穂たちの身に危険が及んでいる可能性が高い。だとしたら、一刻を争うのではないだろうか。


(やっぱり指輪のこと、森宮先生に訊いてみる?)


 無理だ、できない。どうしてこんなに心が揺らいでしまうのか。


(意気地がないな、私……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



yado-bana1.jpg

相方さんと二人で運営している自サイトです。




― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ