その20
「千奈津。一度聞いてみたかったんだけど。その雪菜さんって、親友だって言ってたよね?
死んじゃったって話聞いたのは初めてなんだけど。相手の男の人に本当に殺されちゃった
の? それとも精神的に、っていうか、世間的にって意味の殺されたって意味なの?」
今までも雪菜という子の名前は聞いたことがあった。その話し振りが少し悲しげだったから、何かあったのだろうとは思っていたが。まさか会えない状況であるとまでは思ってもみなかった。ただ千奈津が話したくないのであれば、無理に聞き出さないでおこうと思っていただけだ。けれど、そこまで千奈津がこちらの行動に口出ししてくるのなら、知らないままでいるわけにもいかないだろう。そう思って尋ねると、千奈津が肩を竦めてくる。
「言葉のまんまよ。殴られ続けて、それでも『普段は優しいの』が口癖だった。『あの人の気持ちをわかってあげられない私が悪いのよ』とか『あの人の淋しさをわかってあげられるのは私だけだもの』なんて言ってた。でも違った。あいつは雪菜の稼いだお金を全部パチスロにつぎ込んで、さらに借金を重ねてた。リボ払いにしたから大丈夫、なんて雪菜には言ってたけど、逆に借金は膨らむ一方で。雪菜には家を出るよう再三言ったけど、いざ家出を決行しようという日に、運悪く帰ってきたあいつに見つかってナイフで刺された。私は約束の時間を過ぎても待ち合わせ場所に来ないから嫌な予感がして、アパートに行ってみたの。そうしたらアパートはパトカーと救急車と無数の野次馬でぎゅうぎゅうになってた。滅多刺しだったって大家さんから聞いたわ。私は本人かどうかの確認に警察へ連れて行かれたけど、顔しか見てないからどこをどんなふうに刺されたかはわからなかった。あの時私がアパートまで迎えに行ってたらって、今でも思う。私はもう後悔したくない。だから杏梨のことも放ってはおけないの」
杏梨は淡々と事実を語る千奈津の口が閉ざされるのを待った。それから、慎重に言葉を紡いでいく。
「千奈津の気持ちは嬉しいよ。でも、私は雪菜さんじゃない。見た目は知らないけど中身は全然違うはずだよ」
「でも杏梨……」
千奈津が今にも泣き出しそうな声を出す。だが、杏梨は言葉をとめることはしない。
「私はやっぱり森宮先生が悪い人には思えない。だから、先生と一緒に裏山へ行くことはやめないよ」
決意を告げると、千奈津が唇を最大限にすぼめた。涙が流れないよう我慢しているのだろう。杏梨は申し訳ない気持ちになりながら、それでも話を続ける。ここから先は、どうしても二人に聞いて欲しかった。
「けど、私にとっても二人は大事な友達だから、ついてきて貰おうとも思う。迷惑かけちゃうけどよろしくお願いします」
この時間だけで、頭を下げるのは何度目だろう。内心で自嘲しながらも、杏梨は二人に頼み込む。心配してくれるのは嬉しいし、本当は一人では不安な部分もあったのだ。
「杏梨……」
「杏梨ちゃん……」
二人が名を呼んでくる。そのまましばし沈黙が続き、杏梨は内心で吐息した。本当はやめてくれ、と言いたいのだろう。だが、この二人なら、今の中途半端な自分の気持ちをわかってくれるのではないかとも思えた。ひたすらに頭を下げ、答えを待つ。しばらくして、机を高く鳴らす音が聞こえてきた。
「任せて! あたしたちが絶対水虎の毒牙からあなたを護るから!」
納得しているわけではないが、とめることもしない。改めて宣言してくれる千奈津を前に、杏梨は顔をあげた。
「事態をややこしくはしないでね」
笑顔で軽口を叩くと、千奈津も笑顔で応じてくる。
「大丈夫よ! とにかく、後悔は一度きりで十分なの。それに、元はと言えばあたしが持ちかけた話でもあるしね」
目配せしてくる千奈津がやけに頼もしく思える。
「ありがとう」
杏梨は知らず入ってしまっていたらしい肩の力を抜き、二人へ礼を言った。




