その18
「はあ?」
「へ? なんで断定してんの? まさかまた直接話したのかい?」
杏梨は慌てて頬杖を解く。
「……あ、う、うん。ちょっと成り行きで苔玉作りに誘われたから。でも本当にちょっとの間だけだよ」
本当はがっつり三十分はいたと思うが口にせず、いきなり躙り寄ってきた二人を宥めにかかる。だが、千奈津の怒りは留まる気配を見せなかった。
「それが奴の手なのよ! またなんか変なことに誘われたりしてないでしょうね?」
「あー……。うーんと、それが実は『苔を探しに裏山へ行きませんか』って」
視線を明後日の方向へ逸らしながら白状すると、千奈津がまたしても机を叩いた。
「誘われたのね! あの森宮水虎に!」
「うん」
「絶対ダメ。反対です! 血を吸われちゃう!」
周囲を気にもせず怒る千奈津を前に、杏梨は困惑する。
「吸われるって、大げさな……。反対されてももう約束しちゃったし。新しい手がかりも得られるかもしれないじゃない」
反論すると、そもそも、と千奈津が半眼で詰問してきた。
「勝手に会いに行くなってあたし言ったよね? なのにわざわざ温室に行くなんて!」
「そんなこと言っても。どうしても怪しい人には思えないんだもの。何か隠してる気はするけど……」
千奈津の剣幕に押されながら言い訳すると、さらに彼女の顔が硬いものへと変化していく。
「隠してることって?」
低い声で問われ、杏梨は首を捻った。
「え? うーん、わかんないけど……」
「聖っち!」
千奈津が突然妹尾の名を呼び、妹尾が眉を顰める。
「なんだよ、ガミガミ女」
よほど呼ばれたくない名なのだろうか。嫌味っぽい口調で応じる妹尾を前に、千奈津がこちらを指さしてくる。
「聞き捨てならないこと言われた気がするけど今はいいわ! そんなことより、杏梨が水虎と裏山へ行くってことの方が問題だしね!」
千奈津の発言に、妹尾の瞳の色が深くなった。
「それだけどさ。本当に本気なの? 杏梨ちゃん」
「うん……」
責めるような口調で尋ねてくる妹尾へ、杏梨はためらいがちに首肯した。
「あの講師一番怪しいって言われてるのはわかってるんだよな?」
「うん」
念を押すように問いかけてくる妹尾へ、杏梨は首を縦に振る。
「でも行きたい、と」
「うん」
妹尾の問いにすべて肯定の意を表すと、妹尾がさらに訊いてきた。
「俺の答えはわかってるよね?」
「うん。反対。千奈津と一緒でしょ?」
質問に応えると、妹尾が頷く。それから尋ねてきた。
「ああ。それでも行くんだよな?」
ひたと見据えてくる妹尾の瞳を杏梨は真剣に見つめた。
「うん。行きたい。行ってどんな人なのか、自分の目で見極めたいの」
すると、妹尾がおもむろに姿勢を正した。




