その17
千奈津が美穂の両親と引き合わせてきてから、さらに一日が経った。
「おはよう」
『おはよう』
珍しく朝から大学へ来ていた千奈津と妹尾に声をかける。二人は何やら幾つものパンフレットの山を熱心に見つめていた。
「どうしたの? 二人して深刻そうに」
挨拶時も顔をあげずパンフレットに見入っている二人へ問いかけると、妹尾の方が先に視線を上向けてきた。
「波田の進路相談を受けてただけだよ、杏梨ちゃん」
「就職のこと?」
問いかけると、今度は千奈津が面をあげる。
「そう。あたしアフタースクールしようと思っててね」
千奈津の発言に、杏梨は感心する。
「へぇー、どんな学校行くの?」
興味津々で尋ねると、千奈津が答える。
「うん。あたしさ、今ドラッグストアの化粧品売り場でアルバイトしてるじゃない? それで先輩に聞いてみたんだけど。アパレル関係っていうか、具体的に言うとデパートの化粧品売り場で働きたいんだよね。でもそれだとそれなりに専門的な知識が必要みたいなのよ」
千奈津の話に杏梨は同意する。
「確かに。あれってお客さんに化粧してみせたりもしなくちゃならないものね」
「で、学校を探して色々見比べてるんだけど。どこがいいのかなあ、って」
それでこのパンフレットの山なのか。合点がいって、杏梨は千奈津へ問いかける。
「大手じゃダメなの?」
「別に悪くないとは思うけど。大学に通いながらだとさ。両立とかできるのかなって不安になっちゃって」
それも一理ある。両立できなければ、わざわざ夕方から学業を始めるというアフタースクールのメリットが台無しである。
「それでバンドとバイト掛け持ちしてる俺に相談してきたってわけ」
妹尾が千奈津の言葉を引き継ぎ、得意げに胸を反らせる。
「二人とも進路もう決めたのかぁ。妹尾君も?」
今度は妹尾へ尋ねてみると、妹尾が待ってましたと言わんばかりの表情で頷いてくる。
「ああ。俺は師匠についてドラムの修行。しばらくはバイト掛け持ちで食いつないで、その間に曲の方向性決めたいと思ってる」
「それって具体的に言うとどういうこと?」
質問を重ねると、妹尾が斜め上へ視線を送る。
「あー簡単に言うと大きく分けて、ロックかジャズか、みたいなものかな。あと俺みたいにバンド組むか、ソロでやるか、とかさ」
人差し指をクルクルと回しながら語る妹尾が眩しく思えて、杏梨は二人より下の座席へ沈み込む。
「私はまだどうしたらいいか悩み中だよ。就活するなら早くしないと間に合わないのにね」
自嘲気味に頬杖をつくと、そんなの、と千奈津が口元を緩ませた。
「難しく考えないでさ、したいことで業界決めてみたらいいんじゃない? あたしなんて
ノートに可愛いものとか写真とかをスクラップするのが趣味だからっていう簡単な理由か
ら、バイト先も進路も決めた感じだし」
「そっかあ。私は親のためには就職したいけど、研究していたい気もするんだよね。あともう少しだけでいいからさ」
講義室の高い天井へ目を向けながら言葉を紡ぐと、千奈津がおもむろに口を開いた。
「杏梨は院に行くの合ってると思うよ。ただそこに水虎がいるっていうのが気に入らないけど」
千奈津の言葉に、杏梨は半ばうわの空で答える。
「でも、森宮先生やっぱりいい人だったけど」
口に出した途端、千奈津と妹尾がいきなり身を乗り出してきた。




