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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第二章 手がかり
32/79

その16

   ※※※


「さて、と。今日のご飯は何にしようかなあ」


 夕飯の買い出しのためスーパーへ寄った杏梨は、野菜コーナーでお買い得品を物色する。ふと、籠に置かれたジャガイモとニンジンとタマネギのセットが目に飛び込んできた。「野菜を摂ろう! 一人前の野菜!」と書かれたコピーを読み、まずますその気になってしまう。無難にカレーにするか。だが、この三点だけでは少し色味が足りない気もする。


「いや、もういいや。トマトと鶏肉の煮込みにしよう」


 お買い得品野菜セットとトマトを手に取り、炭酸水を買い込んだ。

 杏梨は手早く湯煎でトマトの皮を剥き、鶏肉とタマネギ、ジャガイモとピーマンを炒める。トマトは皮を剥かない方が栄養価は高いと言われてはいるが、杏梨はどうしても苦手なので剥いてしまう。杏梨は皮を剥いたトマトの緑色をした芯を綺麗に取り払うと、潰しながら入れ込み、クレイジーソルトと野菜ブロートを入れて味付けをし、じっくりと煮込んだ。その間にフライパンでバターライスを作る。できた煮込みをバターライスの上にかけ、コンビニで買ってきた一人分のサラダを置き、炭酸の入ったミネラルウォーターを注いだ。それから満足して並べた料理を眺め、いただきます、と口に含んだ。


「美味しい!」


 我ながら良い出来だ。トマトの酸味とタマネギと鶏肉の甘みが口内に広がり、杏梨は一人満悦する。ゆっくり噛んで味わい、炭酸水を一くち口に含むと、口の中にさっぱりとした旨味だけが残った。


「上出来だわね」


 ひとりごちて無言で食事を開始する。食べ物はきちんと噛むように、と美知子から重々言われているため、とにかくゆっくりと食事を進めた。


「ごちそうさまでした!」


 最後にきちんと手を合わせる。それも美知子から言われていることだ。それから動画サイトでカフェっぽい曲を集めたものを選び、聴きながら食器を片付ける。レディグレイティーを選んで淹れ、またテーブルの前に座る。ふいに思い出し、スカートのポケットから小さな指輪を取り出した。


「これなぁ……」


 自分の指だと薬指の第二関節辺りでとまってしまうくらいの小さいもの。小柄な人か、はたまた細身の人か。どちらだろうか。


「本当に、誰のなんだろう。いなくなった子で考えられるのは日番谷さんと、藤箕さんと、吉沢さんと美穂ちゃん、か……」


 それぞれの特徴を思い浮かべると、いつもペーパーバックを捲っている美穂の姿が思い浮かんだ。


「体型からすると美穂ちゃんっぽいかも」


 ピンクの天然石が似合うのはどの子もだが、美穂はクールに見えて結構可愛いものが好きそうな記憶があった。


「そういえば、一回話した時に身に着けてたのって、ネックレスじゃぁなかったっけ?」


 バラの形をしたプラチナのネックレス。可愛いね、と言ったらとても嬉しげだったのを覚えている。だが、だからと言って、この指輪が本当に美穂のものなのかどうかはまだ謎である。


「とりあえず、手がかりが温室で見つかったってことは確かなのよね」


 杏梨は発見した時のことを思い出し、溜め息を吐く。


「これがあったってことは、やっぱり森宮先生が犯人?」


 本当にそうだろうか。目を瞑り少しの間黙考する。もし自分が犯人だったら、どこへどうやって隠すだろうか。杏梨は目を開き、唇を親指と人差し指で軽く挟んだ。


「うん、やっぱり変。先生が犯人だとすると、かなり露骨よね。いかにも『自分が犯人だ』って言ってるみたいで却ってわざとらしい気がするし」

「高間君に訊いてみるしかないかなぁ……」


 だが、今の状態では自分が近づいて行っても、逃げられてしまう可能性の方が高い気がする。


「それにもしかすると、あの山我さんって人のかも?」


 森宮と仲が良さげだったから二人の記念に埋め込んだ、とか……。そこまで考えて、杏梨がかぶりを振る。


「そんなわけないか……」


 だとしたら、山我が犯人、と言うことは考えられないだろうか。山我が森宮に疑いがいくように画策したのだと考えられなくもない。


「何しろ苔女って呼ばれてるくらいだものね」


 だが、彼女も森宮同様、罪を犯すタイプには見えなかった。第一、動機がないではないか。


「でも」


 動機がないのは森宮も同じことだし、そもそもまだ二人のことをよく知っているわけではない。杏梨は机に突っ伏した。


「今ある証言だけじゃ何も見えてこないや」


 杏梨は指輪を翳しながら、盛大なる溜め息を吐いた。

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