その15
「もしもし」
意を決して実家の継母へ連絡をする。コール一回目で出た美知子の様子に、杏梨は連絡を待たせていたことに気づいた。
『はい。どうしたの?』
心配げな美知子の言葉に、申し訳なさが募る。
「ママ、ちょっと今話せる?」
『ええ、もちろんよ』
美知子の柔らかい声音に安堵して、杏梨は問いかけた。
「ママ、法事に行くの?」
『行くわよ、幸也さんと引き合わせてくれたのは、絶対に亡くなった友恵さんのおかげですもの』
美知子の言葉に、杏梨はやはり、と吐息する。
「そうだとは思うけど。また文句言われちゃうよ?」
杏梨は心配事を口にする。だが例年通り、美知子が聞き分けてくれることはなかった。
『構わないわよ。私は今十分幸せに生きてるんだから』
「ママ……」
美知子の意志の硬さは日本一だと思う。恐らくこれ以上粘ってみても、今年も美知子の気持ちが変わることはないだろう。その証拠にそれより、と話を転じてくる。
『あなたはどうなの? 進路は決まった?』
美知子の問いに、杏梨は結論を告げる。
「うん。就活しようと思ってる」
先刻決めたばかりの進路に対し、美知子が唸った。
『うーん……』
お気に召さなかったらしい。
「なあに?」
話を促すと、美知子が話し出す。
『杏梨が後悔しないならそれでいいんだけど。私とお父さんは大学院へ行ってみたらいいんじゃないかってね』
「でもそれじゃあ、ママたちに負担が」
大学院へは就職した後でも行く気さえあれば行けるものだ。美知子へ説得を試みようと口を開きかけた時だ。美知子が自分より先に言葉を畳み掛けてきた。
『行きたくても行けない人もたくさんいるんだから。チャンスがあるなら掴むべきだと思うわよ?』
美知子の言葉に、今は納得して貰えそうにないことを悟る。
「うーん、わかった。よく考えてみる」
しかたなく話を切りあげると、美知子が追い討ちをかけてきた。
『ええ。よく考えてね。法事に行く、行かないも、その後で決めていいようにしておくから』
これでは進学以外の結論が出しにくくなってしまう。そうは思ったが、杏梨は素直に返答する。
「はい」
『じゃあね』
「うん、またね」
通話を切ると、手近にあったベンチに座る。
(本当に、どうしたらいいんだろう?)
皆が幸せになる方法、それだけを考えているのに。
(上手くいかないなあ)
杏梨はスマホをショルダーバッグの中に入れると、人目も憚らず青空へ向かって大きく伸びをした。




