その14
「うん。でも出席しないとママが、ね。また皆にへんてこな嫌味言われちゃうようにしか思えなくて」
「そのことなら気にするな、って美知子さんも言ってたぞ」
隆行の言葉に内心で舌打ちする。
「結局話しちゃったんだ。待ってって言っておいたのに。……私、嫌なのよ。友恵お母さんの従兄妹さんたちとかの嫌味とか嫌がらせって陰湿なんだもの。お父さんのことだって『遺産が欲しかったからじゃないか』とか、『友恵と付き合ってた頃から浮気していて、美知子さんが幸也さんをけしかけたんじゃないか』とか」
亡くなった友恵お母さんが嫌いなわけではない。優しかった生みの母の記憶も、朧気ながら残っている。それでも自分は継母である美知子ママのことが大切なのだ。彼女は自分が虐められて学校にさえ居づらくなった時に、帰る場所を与えてくれた。「無理して学校なんか行かなくていいのよ。勉強も友達も学校じゃないとできないわけじゃないんだから」と言って泣きじゃくる自分を抱きしめてくれた。その時淹れてくれた甘いミルクティーの味は、一生忘れはしない。以来、杏梨は美知子ママを全身全霊で護ると決めているのだ。
「まあ、友恵姉さんは元々心臓が悪かったからな。幸也さんとの結婚も相当反対されていたし」
隆行が正論でいなしてこようとするが、杏梨は反論した。
「お母さんは病気で亡くなったのよ。お父さんのせいでもママのせいでもない。むしろお腹にいた私のせいじゃない。それなのに私じゃなくてお父さんと美知子ママの二人を責めるなんて」
思い出すだけでも腸が煮えくり返り、杏梨は片足を打ち鳴らす。隆行が苦笑した。
「こればっかりは相手の気持ちの問題だからしかたないとしか言いようがないな。それよりお前、美知子さんも幸也さんも進路のことを気にしていらしたぞ?」
叔父の言葉に杏梨は仁王立ちで答える。
「今まで迷ってたんだけど、叔父さんと話してて固まった。私就職するよ。その方がみんなと同じだからママやお父さんに迷惑かけないでしょ?」
一人頷くが、隆行の表情はまたしても暗いものになった。
「進路は迷惑かける、かけないで決めるものじゃないぞ。さっきついでに大学のお前の評判聞いたが随分熱心に講義を受けているそうじゃないか。やっぱり大学院に進みたいんじゃないのか?」
仕事以外のことまで聞き回っていたのか。杏梨は頬を膨らませ、でも、と異を唱える。
「そんなことしたらますます両親に迷惑がかかっちゃうじゃない」
それだけは容認できない、との意を込めて叔父を見遣ると、隆行が一瞬言葉を詰まらせた。
「それはそうだが……。二人にしてみれば、たまには迷惑かけて欲しいって思いもあるかもしれないぞ」
隆行の言葉に、両親たちから日頃言われている言葉が脳裏を掠めた。
「そうかもしれないけど……。みんなと同じ進路にいった方が波風立たないじゃない」
自分が我慢すれば家族が助かるのなら、杏梨はそれで十分幸せだ。それなのに、隆行の反論はやまない。
「就職したって波風は立つぞ。そもそもみんなと同じがいいってその後ろ向きな考えはどうなんだ?」
叱り口調で問い質され、杏梨は折れた。
「……ママと話してみるよ」
本当は知られたくはない話だったのだが。叔父が話してしまっている以上、もう逃げられない。肩を落としていると、隆行が優しげな声音で訊いてきた。
「夕飯食べてくか? お前が来ると知ったら冴香も由季も喜ぶと思うが」
魅力的な誘いではあるが、今はそんな気になれない。
「今日は帰るよ。実家に電話する」
鞄を肩にかけ直すと、隆行が空の缶コーヒーをゴミ箱へ滑らせた。
「そうだな。それが一番だよな」
静かな口調で紡がれた隆行の言葉に反論できず、杏梨はおもむろに窓の外へ視線を移す。心とは裏腹に抜けるような初夏の青空が広がり、杏梨は今一度肩を落とした。




