その3
新宿区、市谷、砂土原町。
駅前の喧騒から離れること二十分ほど歩いた閑静な住宅街に、叔父の自宅兼探偵事務所はあった。庭付きの二世帯であるその住宅は、叔父が探偵をすると決めた時にリフォームしたものである。杏梨は白い塀に囲まれた白壁の家へ、千奈津と美穂の両親を連れて行った。自分の来訪に叔父の隆行は別段驚いた様子は見せなかったが、依頼人を連れて来たと話すと目をしばたたかせていた。
「そんなわけで、美穂ちゃんのご両親を連れてきた次第なんだけど」
事務所に招き入れられた杏梨は叔父に自分が聞いたことを説明する。だが、上手く話せていなかったらしい。隆行が硬い表情を崩さぬまま、問いかけてきた。
「すまんがよくわからん。どういうことなのか、もう一度整理して話してくれないか? まず依頼人は誰だ?」
「私たちです」
美穂の両親が答える。少し掻い摘んで語りすぎたようだ。杏梨はもう一度最初から説明し直そうと口を開きかける。だが、隆行の方が先に慣れた手順で話を聞き出し始めた。
「美穂さんがいなくなったのはいつ頃ですか?」
「十日前です。前期の講義が本格的に始まって、前期試験もあるからアルバイトは控えて勉強しなくちゃ、と笑って言っていたんですが。その朝大学に向かったまま帰って来なくなってしまって……」
美穂の母親が語ると、継いで千奈津が口を開いた。
「いつもなら、今から帰るとSNSでメッセージがくるそうなんです。でもなかったって。あたしも同じ講義取っていて、聞きたいことがあったのでSNSで連絡したんですけど。いつまで経っても既読がつかなくって。だから彼女の、美穂の元カレに連絡したんです。でも別れてからまったく連絡取ってないって言われちゃって」
千奈津の話をじっと聞いていた隆行がさらに質問を重ねる。
「朝の荷物はどうでしたか? いつもより大きいとかそういうことはなかったですか?」
「いいえ。鞄も紺のトートバッグです。テキストが入る程度の大きさでした」
美穂の母親が悄然と肩を落とすが隆行の質問は続く。
「アルバイト先に荷物を置いていたということは?」
「わかりません。ですが、大きな荷物を持っていたという記憶はございません」
美穂の母親がゆるゆるとかぶりを振る。彼女の隣にいた美穂の父親が気遣わしげに妻の膝へ手を置いた。
「警察には行きましたか?」
叔父、隆行の問いに今度は美穂の父親が頷く。
「はい。捜索願を出しに。けれど、事件性はないだろうと言われました」
「わかりました」
美穂の父親の言葉に首肯した隆行がそのまま下を向く。黙考しているらしい隆行に、それまで成り行きを見守っていた杏梨はためらいがちに呼びかけた。
「叔父さん……」
声が届いたのだろうか。隆行が顔をあげた。